パキスタンからの贈り物 水戸グル−プ 阿部
Assalam-o-alakum
I have a happy news for our Dr. waheed has got freedom. He has got bailed at 7th Jan.
2002. His case is transferred to session court Badin. He is at home. I am his sister.
Thank you. He is looking forward for your reply.
救援していた「良心の囚人」ワヒド・アフマドさんの釈放を知らせてきたのは、お姉さん
からグル−プへの電子メ−ルであった。事実の確認が行われ、国際事務局より関係する
すべてのグル−プへ喜びのニュ−スが伝えられた。 このことによって、我々の2年半に及
ぶ活動に一区切りがついたが、今回のアクション・ファイルもめまぐるしい展開があった。
以下に特徴的なことを整理し、記録として残しておきたい。
■ 家族の愛
収監中のワヒドさんの名前でグル−プへ手紙が届いたのは99年7月であった。妻と二人
のお子さんがおり、両親は健在であると書かれていた。我々からの手紙は本当にうれしか
ったとのこと。あたりさわりのない内容であれば、彼との交信は可能と思われた。
やりとりは数度続いたが、実は英語のできないワヒドさんのために父親が代筆していたと、
00年6月の手紙でワヒドさんが知らせてきた。その父親は数日前に亡くなり、今後は
慣れないながら自分で書いて連絡を取り合いたいと。以前、パ−ルに装飾が施され、それ
に包まれた万年筆がグル−プへ送られてきたことがあったが、父親からのプレゼントで
あることが分かった。現地の報道では、「残された家族は村での迫害に耐えかね、カラ−チ
市へ逃れた。父親の突然の死は、息子の境遇への心痛と迫害によってもたらされた可能性
がある」とのことであった。
■ 手作りのアクション・ファイル
ワヒドさんは宗教上の理由で収監された。アムネスティの情報では、同様な事情で約30人
が拘束又は投獄されているが、実数は正確には把握できていないという。我々がワヒドさん
と交信を始めてまもなく、同じ刑務所に収監されていた16人からSOSの手紙が届いた。
彼らはワヒドさんを通じてグル−プのことを知り投函してきたのだが、宗教冒涜罪の罪で
死刑、終身刑の求刑を受けている人もいる。国際事務局からは、事実の確認を急ぎたいが、
新たにアクション・ファイルが作られる場合でも数ヶ月はかかるとの返事であった。従い、
それまでは間は、我々のグル−プで代行するしかなかろう、とのことで急遽、手作りのアク
ション・ファイルが実行されることになった。一人に囚人2〜3名を割り当ててハガキを書
く。千葉のグル−プの方にも協力を頂けることになった。多分、このときがグル−プが発足
以来、最も多くのハガキを出した時期ではなかったかと思われる。
やっと00年2月に正式なファイルが数カ国のグル−プに配布されたとの連絡があった。だ
いぶ後になって知ったのだが、ファイルは神奈川のグル−プにも配布されていた。01年は
神奈川のグル−プと情報を共有しての活動となった。
■ 緊急手術
収監される前からワヒドさんは心臓に問題があった。血液を送る弁の内、片方は殆ど機能し
ていないとのこと。長期間の劣悪な環境での収容で症状が悪化し始めた。我々の呼びかけが
あって、市中の専門病院で診察が行われたが、かなり厳しい状況にある。01年5月に至り
国立病院へ移送され、数時間に及ぶ心臓手術が行われたと同房の囚人が知らせてきた。
これを受けて国際事務局は、現地の弁護士さんへ連絡をとりフォロ−を始めた。手術は成功
、しばらく日にちを置いて、もういっぽうの弁の手術も検討される模様。アクション・ファ
イルとしては単に即時釈放を求めるだけでは不味いとのことで、今後の状況を注視し、進め
方の再考に入った。我々は入院先へ激励の手紙を書き早い回復を祈った。釈放後の本人への
インタビュ−では、「手術中も手錠をかけられていました。病室は常に数人の兵士が監視し、
病院関係者と家族以外は立ち入りを禁止されていました。」と答えている。
■ 国際機関での審議
以下は、グル−プ運営者の通信文である。
「グル−プのみなさん。ワヒドさんは国際機関の支援を期待したのでしょうか。返信で
ユネスコへの希望を書いてよこしました。他の方達も同様でした。以前も報告しましたよう
に、アムネスティ本部へ支援の依頼を送りました。その後、思いがけずユネスコから手紙
が来ました。通報シ−トでの取り組みが必要とのことです。今月になりユネスコから連絡
がきて、この件は5月の委員会で許容性審査を行い結論を出すとの事です。国際事務局の
メ−ルでは、ユネスコに対し人権関係でこのようなアプロ−チをアムネスティが行ったの
は創立以来はじめてではなかろうか、と大変関心をもっているそうです。」
結局、17人について通報(申し立て)が受理され、約2年間に亘る審議が委員会で行わ
れ、審議の終了を待たずに全員の釈放が01年1月に相手国政府より通知された。時期的
に、米国の対テロ戦争の名の下、「国際協調」を問われた当該政府の判断が、この委員会で
の対応にもなんらかの繋がりがあったと考えている。いずれにしても、我々のハガキによる
嘆願とあいまって大きな成果として結実することができた。
■ ゴ−ルは、道遠し?
アクション・ファイルにはLong term goals(長期目標)がある。今回の場合は、囚人達
の釈放、宗教を理由とした迫害や差別的情況の改善、法律面の見直しを相手国政府に求め
実現することにある。ワヒドさんたちが釈放されたのと時期を同じくして、選挙権の差別
の廃絶が決定され、国際事務局長と内相の会談では彼らの宗教を違法とした法律の見直し
検討が約束されている。しかし、現実には迫害は止まない。釈放された囚人と家族の何人
かは外国へ移住を始めている。
当該国の一層の努力が求められると同時に、今後も多数のグル−プがこの問題に地道にとり
くめば、近い将来、ほんとうのゴ−ルが見えてくるものと確信している。