被害者の救援(アドプション・ケ−ス)


■2002年の1月に、わたしたちの関係したアフマディアの囚人十数名は幸いに釈放され、現在はそれぞれの道を歩んでおられますが、
変わらぬ迫害・経済的事情等により海外へ移住された方が多く居ります。
そのうちの一人、 Rさんから4月に入って手紙が来まして、ロンドンに到着し、U.K.Home Officeに 難民申請をした由。認可された場合は、ビザをとり、家族をロンドンへ呼ばれる
とのことです。


■アドブション・ケ−スのファイルとは・・

  ロンドンの国際事務局から被害者のファイルが送られてきます。現在、グル−プではパキスタンのワヒド・アフマドさんのケ−スを担当しています。実はうれしいことにワヒドさんは今年1月に保釈となりました。
ワヒドさんは宗教上の理由で迫害をうけ、冤罪で約3年間も投獄されていました。裁判は続きますので、わたしたちの活動もさらにがんばらねばなりません。

 救援活動としては、相手国政府や刑務所当局への手紙書き、その他のひとびとにも協力を呼びかけていきます。ワヒドさんへもはげましの手紙を書きますし、ワヒドさんの家族と連絡をとったりすることもあります。
ワヒドさんのケ−スは宗教であり、文化の問題とも考えられます。わたしたちは「ワヒドさんたちが、多数派とは異なる教えを信じているからといって、迫害するのはやめてほしい!」と訴えてきております。これはパキスタン政府への内政干渉ではなく、文化の多様性を尊重してほしいということであります。



釈放されたワヒド・アフマドさんに、この度アムネスティ調査団が面会し
ました。体調はすこしづつ回復されているとのことです。

刑務所









刑務所に収監されていたときのワヒド・アフマドさん。


アムネスティ調査団によるインタビュ−から:
「わたし(ワヒド)は投獄されたとき、ひどい扱いを受けるものと覚悟しました。 .....心臓病を患っておりましたので、手術のため入院することになりました。しかし、入院中は手錠をかけられており、手術中もそうでした! わたしが刑務所に入れられている間に父が亡くなりました。それで、特別に許可をうけて葬式に出ることになりましたが、たくさんの警察官が家の周りを取り囲み、わたしはやはり手錠をかけられたまま式に臨みました。刑務所はひどい環境でした。そこで過ごした日々は悪夢としかいいようがありません。しかし、いまは許します。だれも憎んではおりません。アムネスティの方々からたくさんの手紙をいただいたことを感謝しております。とくに、日本からは・・ありがとう!。」



 

やはり宗教上の理由で、ワヒド・アフマドさんと同じ刑務所に収監されていたNさんです。わたしたちも励ましていましたが、訴追の誤りが認められ6月に無罪釈放となりました。




今回の救援では国際的な動きもありました。



− パキスタン最大の英字紙であるDAWNにも国際連合での動きや背景にある宗教冒涜法のことが掲載されました。

http://www.dawn.com/2000/09/22/nat16.htm



− ワヒドさんたちが釈放されたことに対しアムネスティでは歓迎のメッセ−ジを出しました。国際事務局長との会談で、パキスタンの内相は冒涜法の見直しが必要であるとの認識を示しました。

http://web.amnesty.org/web/wire.nsf/March2002/Pakistan