2006年11月17日 ハッサン・バイエフ医師講演会 in 水戸












定員60名の会場を用意しましたが、ほぼ満員の集まりでした。

チェチェンの戦地で、敵味方・人種・宗教のくべつなく、超人的な医療活動を続けたバイエフ氏は、アムネスティと
共通項が多い。講演の趣旨に同意し、準備をしてきた。講演では、亡命後初めてこの2月に現地潜入したときの、
チェチェンの現況の報告があった。長い戦時下で、負傷、環境汚染で障害を受けた子ども達を、なんとか助けたいと、
熱く語る姿が印象的であった。

「チェチェンの子ども達国際委員会」(ICCC)日本語版サイト:
http://www.chechenchildren.org/baiev/baiev_iccc.htm

「大きな戦闘は停止しているものの、外の世界からの支援の殆ど無い中、何とか昔の暮らしを取り戻そうと自暴自棄の試みをし
ている様でした。戦後の後遺症は時に戦闘以上に悪い影響をもたらしています。人々は疲労困憊し、近親者を失った悲しみに打
ちひしがれ、生活環境の激変に起因する精神的・肉体的病と闘っています。幾つかの学校や病院は修復されていますが、医師、
看護婦、教師の数は、需要を満たしていません。・・・」



講演会場ではがきを書いてくれたのは7人、切手代として290円。カンパ、総計35,352円(教訓 カンパの箱は大きいのに限る)
本の販売; ”誓い”20冊完売、止められない戦争2冊、プーチニズム3冊、チェチェンで何が起こったか3冊、チェチェン屈せざる人々
2冊、田中さん持ち込みの私の人生これなあに、3,4冊


講演の後、二次会で、韓国の焼肉を突っつきながら夜遅くまで、バイエフさんと歓談し、感動的な一日となりました。


参加者より:

■ あらかじめ「誓い」を読んでいたせいもあるでしょうがハッサン・バイエフさんのお話は胸に迫る物があり
あの地獄のような修羅場を人間性を失わずに生き抜いてきた人が目の前で私たちに話しかけているのだという事実に
目頭が熱くなりました。
翌日も気持ちが引きずられていました。この旅行が彼にとって実りある物となるように祈っています。
そしていつかチェチェンに帰れる日が来ることを。

■思ったより、多くの方がいらしてくださったので、ほっとしました。広報を、もう少し出来たらと思う部分がありました。やはり、
後のことを考えると県内の新聞紙面に、もう少し載る努力をしたほうが良かったかな、、、。
でも、最後にみんなでお茶を飲んだり、食べ物があったりは、あの時間帯では良かったと思います。

■「ノッポさん」が、17日のことをブログに書いてくれました。

「会場には30分ほど遅れて到着した。彼については柔道家ということもありもっとコワモテかと予想していたが全く違った。聡明な感じで、良い意味での弱さすら感じさせた。そして僕にはアゼルバイジャン系イラン人にあたる在日難民の知り合いがいるが、彼の白い顔とグレーの髪は、彼と同じ民族的特徴であることがすぐに見て取れた。

講演は(当然ながらだが)極限状況下での医療活動がスライドと共に淡々と紹介されていた。周囲にロシア軍による地雷が敷設される中を突っ切っての脱出を強いられる人々、医療に必要な器具類も底を尽き、大工仕事用の糸ノコで手足を切断手術する状況、また医療用具にアルコールを垂らし、火をつけて消毒する様子…。またチェチェン戦争がもたらした深刻な環境汚染や、出生時の先天的障害率の高さ、視覚ないし聴覚に障害を抱える子供が40%にも上ることが述べられ、氏は「何とか、民族の未来を担う子供たちだけでも救いたい…」と強調していた。僕はいつした、かつて岩波ホールで観た映画『大地と自由』の冒頭シーンを思い起こしていた。

当日来られていた、視覚障害者であり精神科医を目指す大里晃弘さんも、熱心にダウンの子供が多いと述べられたことなどについて質問していた。彼は講演会の後、会場で販売された『誓い』などのチェチェン関連書籍を携えて帰っていった。」

『ノッポの日記』
http://nopposan.cocolog-nifty.com/blog/


 





【関連情報】

チェチェンの惨状、新生児の3割に障害…来日医師訴え[11/19 読売]
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061119i415.htm?from=rss


『JANJAN』11月18日
チェチェン人医師の訴え「子供を避難させなくてはならない」(田中龍作)
http://www.janjan.jp/world/0611/0611174834/1.php


バイエフさんの講道館での初稽古。画面右肩の「スライドショ−」をクリック!
http://album.nikon-image.com/nk/NK_AlbumPage.asp?key=938514&un=65958&m=2&s=0


-----------------------------------------------------------------------

                   ハッサン・バイエフさんの言葉

                  戦争はあらゆる人間に、チェチェン人にもロシア人にもひとしく、途方もない荒廃をもたらした。

                  国土の破壊にとどまらず、精神まで荒廃させてしまった。戦争は人間の本性をあらわにする。

                  あらゆる人間に多かれ少なかれ、残虐さと憐憫の情がともに存在するとわたしは思う。

                  そして極限状況におかれたとき、わたしたちは初めて人間の真実を知ることになる。

                  信じられないような同情心と勇気を示す人もいるし、残酷で卑劣な行為をする人もいる。







++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
敵も味方もない。
私は傷ついた者を
救いたいだけだ。

戦争に勝者はない

チェチェンの戦火を生きたひとりの外科医
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ハッサン・バイエフ講演会

 日時 11 月17 日(金)
 開場 午後6時
 開演 午後6時30分
    (午後8時30分終了予定)
 会場 あむねす みと2F
       (ハングルアカデミー大教室
       =水戸市桜川2丁目1―2
        水戸駅南口から徒歩1分)

 入場無料

 主催 アムネスティ・インターナショナル日本
        水戸グループ/つくばグル−プ
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 アムネスティ・インターナショナル日本 水戸グループと
つくばグループはこの度、「ハッサン・バイエフを呼ぶ会」
の協力を得て「誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医
師の物語」の著者、ハッサン・バイエフ氏を招き講演会を開
きます。バイエフ氏の訪日は今回が初めてで、水戸が最初の
講演地となります。
 第2次大戦後、ヨーロッパで起きた最も悲惨で過酷な戦乱
であるといわれているロシア/チェチェン戦争で、ひとりの
外科医は何を見、どう生き延びたのか。時として「イスラム
過激派のテロとの戦い」だけが伝えられ、その裏にあるチェ
チェンの歴史や人権問題など日本の私たちには見えないこと
が多いようです。どこで起ころうとも、多大な犠牲者を生む
戦争の現実に触れ、今一度、平和について考える機会とした
いと思います。


 ※チェチェン難民の子どもたちの絵画も同時展示します
  (展示資料協力:チェチェンの子どもを支援する会)
http://www7.plala.or.jp/deti-chechni/event/2006_06_18.html


水戸講演の問い合わせ/.0299-48-2695 (徐) 
会場/.029-231-8151 (ハングルアカデミー)
http://www.net1.jway.ne.jp/abeusr1/


【列島縦断講演日程予定】※変更する可能性もあります
11 月18 日横浜/21 日長崎
  /23 日広島/25 日京都
  /26 日弘前/28 日東京


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ハッサン・バイエフ氏

 Khassan Baiev (外科医、柔道家)
 1963 年、チェチェンの首都グロズヌイ
の郊外、アルハン・カラで生まれる。1977
年、ソ連邦ジュニア柔道大会で優勝。以後
多くの柔道大会で金メダルを獲得した。
1985 年、クラスノヤルスク医科大学を卒
業。チェチェンに帰国し、グロズヌイで形
成外科医として勤務。1994 年、ロシア/
チェチェン戦争が勃発。野戦外科医として
活動した。戦場でも医学の祖ヒポクラテス
の「助けを求める患者を差別してはならな
い」という誓いに従い、敵・味方、民間人・
戦闘員の区別なく医療活動を続けたこと
で、ロシア連邦軍とチェチェン過激派双方
から命を狙われる。2000 年、米国へ亡命。
同年11 月、米国NGO・ヒューマンライ
ツ・ウォッチから「2000 年人権監視者」
の栄誉を受けた。

「誓い〜チェンチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語〜」

        (ハッサン・バイエフ著 天野隆司訳 アスペクト刊行 2004 年 2,940 円)





チェチェン戦争とは

 ロシア南部に位置するチェチェンは、19 世紀にロシアが併合した
地域で、先住民族のチェチェン人が人口のほとんどを占めています。
1991 年のソ連邦崩壊の際、チェチェンは独立を宣言しましたが、94
年ロシア政府は武力侵攻を開始しました。その後、3年間の休戦をは
さんで、泥沼の戦争が続いています。この戦争で、人口100 万人の
うち、すでに20 万人の民間人が犠牲になったといわれており、今も、
15 万人のチェチェン人が難民となっています。




詳細の問い合わせは「ハッサン・バイエフを呼ぶ会」へ
ハッサン・バイエフを呼ぶ会
http://tci.sakura.ne.jp/Baiev-project.htm


共同代表:林克明(フリージャーナリスト)
岡田一男(映像作家)
連絡先:112-0001 東京都文京区白山2-31-2-101岡田一男気付
baiev@zau.att.ne.jp http://tokyocinema.net/baiev.htm