河 原 子 八 景

河原子八景は、江戸時代末期、当地の史家によって設定され(作者不詳)
のち、明治初期には宮田破魔太郎によって、若干選定地の異なるものが
つくられた。また土産物として商店から販売された。明治37年7月発行の
「常陸河原子八景之真図」がある。これには「河原子海水浴場の景」を
画面中央に、周囲には区面して新しい和歌を入れた、八景の風景画が配
されている。(画家の人物不明)選定地は江戸末期、景観の原画
(選定地から眺めた風景)は、明治37年のもので紹介します
@津の宮の帰帆

A梶沢の晴嵐

B孫沢の夜雨

C日向の夕照

D田名保の落雁

E那知の晩鐘

F新地の秋月

G東福寺の暮雪
  河原子八景の碑(烏帽子岩)
  
    
昭和54年9月吉日
  
日立市河原子老人クラブ
          連合会建立

参考文献

@ 地名を訪ねて      瀬谷房之助(昭和56年)

A 河原子いまむかし  河原子連合自冶会(平成10年)

B 郷土ひたち56号   郷土ひたち文化研究会(平成18年)

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