エッセイ




 2    スター
更新日時:
2008/02/12
 親に対する呼称が、わが国には幾通りあるのだろうか。
 我が家では、当初、パパ、ママだった。
 幼い我が子が、一番言い易い、それだけの理由からだ。
 だから、小学校高学年になった次女が「お父さん、お母さん」変更しましょうと提案した時、「ではそうしよう」と現在に至っている。
 
 呼称などは、どうでも良い。
 どうでも良いが、実は、重要な意味がある。
 つまり、我が子が屈託なく従来の呼称を使わなくなった時、その時が親子の断絶の始まりと言うことだ。
 
 勿論、その責任は100%親にある。
 何故なら、オギャーと生まれた我が子にとって、両親の存在は、100%スーパースターだからだ。
 
 問題は、その子が歩行を始め、言葉を覚え他者と接触していく過程で、スーパースターの条件を、どの程度維持しているかだ。
 
 たとえば、中学生ぐらいの時点で、屈託なく呼んでいれば、スーパースターの地位は陥落しても、いまだスター並みの存在だと安心して良い。
 
 現在、我が家では、子供達が一日でも連絡を怠ると、私が叱る。
 「お母さんに、お前達を生んで良かった、と思わせる程度の反応はしなさい」と。
 即座に対応するところをみると、私も、スーパースターとスターの中間クラス位には、いるようだ。
 
     3月
 「お母さん」が東京で花見をしませんかと、私を誘った。
 プランは、都電荒川線の旅。
 早稲田〜三ノ輪橋 12.21km 13km/時 で約50分間。
 乗り気ではなかったが、10円饅頭がありますよの言に乗った。
 花より団子だ。
 
 さっそく、子供達にメールを送信する。
 日時とともに、例の如く費用は、子供達が負担する旨を。
 良いのでしょうかと「お母さん」は言うが、スターの観賞代金だよと、一笑に付す。
 
 次女のマンションに集合。
 狭い部屋に大人5人。
 だが圧迫感はない。
 
 私は子供部屋を与える余地があったにもかかわらず、与えずに、リビングルームで生活をさせた。
 成人した長女が、その経済性を賞賛したが、集合してこそ家族ではないかとの、単純発想からだ。
 
 一人になりたければ、別室もある。
 布団の中もある。
 トイレもある。
 そもそも、一人でいたければ、家族など作らなければ良い。
 
 ちなみに、息子の大学受験の最後の追い込みの際 
  「お前、部屋を作れよ。」
  「は?」
  「だから、リビングルームの中に部屋を作れよ」
  「どうやってですか?」
  「ダンボールで作るんだよ」
とシャレで言ってみたのだが、コタツと座る空間の、ひとつの部屋が完成した。
 
 話を旅に戻す。
 次女の案内で、昼食を取る。
 安いか、旨いか、センスはあるか。
 まあ、及第点。
 その後、都電荒川線の旅に出る。
 
 「お母さん」の感想によれば、電車は細かに出ており、バスのような感覚で電車を乗り降りしているのが、不思議で良かった。
 懐かしい駄菓子屋で、懐かしく買い物。
 10円饅頭を購入。
 駅のホームで行儀悪く立ち食い。
 あちこち歩きまわり、都電もなかも食す。
 
 私たちの小旅行は、いつも、歩いて、歩いて、歩いて、食す。
 ただそれだけだ。
 
 それだけだが、私は子供達、特に息子の姿は視界の端に入れておく。
 
 ある駅で、若い妊婦が乗ってきた。
 座席で姉と肩を寄せ合って寝ている息子を、起こす。
 妊婦に気づいた息子が、さり気なく立ち上がり、私と一瞬目を合わせた。
 
 席を譲ったわけではない。
 席を空けたにすぎない。
 小声でありがとうございますと言う妊婦を無視するかのように、私達は小さくうなづき、互いにそっぽを向いた。
 
 夕食後、息子は所用があるのでと中座する。
 母親と姉二人の言葉に、軽く挙手して、息子は出口に向かう。
 
 去り際に、私にささやいた息子の言葉で、私のスターとしての地位も、当分は保持できそうだと確信した。
 
 視界から消える息子の背中に、息子の残した言葉をつぶやいてみた。
 「あとは、三人をヨロシク」
 
 


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