幸運にも庭がある。
小さな庭だ。
子供達が幼児の頃に、実の成る苗木を植えた。
りんご、梅、梨、プルーン、柿、みかん、桜、ブルーベリー、etc.
最も成長したのが、鳥が種を運び、放っておいた名も知らぬ木。
やはり自然の理には勝てない。
子育ての「管理と放任」のさじ加減にも通じるのか、などと考えながら、その木の一部を伐採した。
庭に陽が戻った年末、子供達が帰省した。
玄関にどかっと腰をすえた息子が、何やら作業を始めた。
何をしているのかと問えば、夏に母親が欲しがっていたのでと、予め工具を揃え、インテリアとしての杵と臼を作るという。
「怪我に注意しろよ」の一言は添えるが、あとは「放任」するのは、幼児の頃から一貫している。
おかげで息子は、大型のぬいぐるみ作りから、家電品の修理、パソコンの設置等々、ずいぶんと役立ってくれている。
高校の同級生から「良い亭主になるわよ」「良い父親になれるんじゃん」と評されたのも、うなずける。
私も、言っておこう。
良い息子だ、助かるぜ、何せ私は棚ひとつ作れぬ男だから。
恒例のクリスマス会。
そして、もちつき。
今年は、すべてを子供たちに任せた。
私は、息子の作ったおもちゃのような杵と臼で、もちをついてみた。
「おい、もちができたぞ」突けば当然できる。
そうは思っていても、実際にできあがるとなぜか笑える。
そんな私の姿を、妻が写真に残す。
遊んでいる私たちのそばで、息子が本物の杵を振り下ろし、長女がへっぴり腰で、もちをひっくり返す。
「つけていない部分を、中心に集めるんだよ」と、私が口をはさむ。
次女は、もちの成型のために待機。
「最後に、もちを少し残して、お湯で伸ばせよ」
「どのくらいお湯を入れるのですか」
「適当だよ、テキトー」
妻が持ってきた蒸れたもち米を臼の中に入れ、こねる、突く、ひっくり返す。
すべてを一人でこなしたのが、最初だった。
木のしゃもじで、もちをひっくり返すと言う知恵すら出ない初心者だった。
もちは熱い!
時には、生後数ヶ月の息子をおんぶして、もちを突いたこともある。
杵を振るたびに、カクン、カクンと息子の首が前後していたことに気づくのが遅かった。
後々、悪影響が出るのではと、新米父親の私は、内心動揺していたのだが、多分、悪影響は出なかったーーと思う。
もし今後出たら、この場で息子に、謝罪しておきたい。
スマン。
次女にも謝っておこう。
数ヶ月前、東京で会い、別れる間際に土産を渡された。
私は「荷物になる」と、言わずとも良いことを言う。
が、帰宅後に、電話をしている妻には、伝言を頼む。
「納豆専用の箸と器。これは、ウケルゼ」
息子がもちを突き、長女が補助をし、次女と妻が、のしもち、鏡もちなどの成型をしている間に、二階の一番陽あたりの良い部屋で、昼食の準備を私がする。
「納豆専用の箸と器」も加わり、毎年恒例の、つきたてもちの昼食が始まる。
20数年間の、いつもの光景だ。
そして、いつもの大晦日、いつもの正月を迎える。
ただひとつ、異なるのは、正月の宴が終わり、子供達三人を見送ることだ。
外で見送る妻、二階の窓から見送る私。
この光景も、やがては変わる。
変わるのは当然だが、変わらぬものもある。
子供達よ! 息子よ!!
私は妻に、お前達が、この地で高校を卒業するその日まで、一日も欠かさず、見送ることを義務づけた。
一日も欠かさずだ。
だから、君達の母親は、屈託もなく自然に「気をつけて行くのよ」と、手を振れる。
「またね」と、君達も、微笑むことができる。
この心象風景は、変わらないはずだ。
やがては息子が父親となり、二階の窓から子供達を見送るだろう。
やがては娘達が母親になり、子供達に手を振るだろう。
それは、永遠に・・・・・いつもの正月・・・・・だ。
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