サラサラ、と砂のように、零れていく。
それは記憶。
私の記憶。
あなたの記憶。
誰かの記憶。
僕の記憶。
俺の記憶。
愛しい愛しい、あの世界の記憶。
失うことはあまりにも辛すぎたから、
だから、せめて、舌の上で転がすように、微かな思い出を愛でる。
藤森 奏楽 23歳。悲しいことに就職浪人中。
現在、異世界コンビニで店員しています。
もう店長と会話したくなくて、店の外の鬱蒼とした森を眺めていると、店長が
「外、出てみたい?」
とニヤニヤしながら聞いてくる。
人の気持ちを悉く無視する男だ。そんなんだから嫁の貰い手どころか彼女も出来ねえんだよ、と内心思う。
「ていうか、内心思う……とか言いながら、ブツブツ口に出してるのは、ワザとなの?
ワザと俺に聞こえるように言ってるの?」
「嫌ですよ。外出たら二度とこっちに戻ってこれないのに、何で出なくちゃならないんですか」
「うわ、すごいスルースキル。容赦ねぇ……」
イケメン29歳。違うそれは『残念な』が抜けてます、の店長。小林アレイ
「でも、もう断れないんだ、ごめんね?」
はい? 今、何に対して謝った。このバカ店長。
店長は手を後ろで組みながら、「だ、か、ら」と言葉を区切る。
本当、無駄にイケメンで腹筋われてそうなのに、どうしてこんなに動作がキモイのか。つくづく残念すぎる。
だけど、残念なのはその言動だけじゃなく、頭の中も、だったらしい。
「試しに異世界コンビニに連れてきちゃったんだけど、体調、全然大丈夫でしょ?」
ニッコリと微笑まれて言われたことが、さっぱり理解できずに私は唖然とした。
思いがけず、異世界コンビニの店員になってしまった私。
だけど、異世界だけあってお客さんも曲者揃い。
王子
「おい、お前、この『こんびに』というのは、誰の許可を取ってこの地に建てている!」
偉そうな王子に対して、店長は一応の礼儀を持って恭しく応対し始める。
「これはこれは、キザク国第5王子、ハクサ殿下」
姫
「ラフレ姫……」
「あら、お久しぶりです、ハクサ殿下」
ラフレと呼ばれた女の子が凛とした声でそう言った。
声を出す前は、意志が弱そうに思えたけれど、響いた声は意外に力強く、気が強そうに思えた。
傭兵
「ジグさん、ジグさん、店長が二人だけをいいことに、私をオカソウとする。助けて」
「ちょ、待て──! 今の会話の何処にソラちゃんの身の危険があったのっ?!」
ジグさんは私と店長を交互に見ながら、
「アレイはしつこいらしいからな、気をつけろよ」
と私の頭をぽんと叩いた。私はジグさんの背後に隠れて、思わずドン引きの目で店長を見てしまう。
「やだ、しつこいって何がしつこいの、店長。キモチワルイ」
「……、泣いていい? 泣いていいかな、俺?」
「で、今日は何の話をしてたんだ、お前ら?」
触手?
「伝説の触手 ギリギンテ……?!」
王子が何か中2病みたいな名前で触手を見て呟いているが、私は聞かなかったふりをする。
あの触手が外で何と呼ばれていようが、私には知ったことじゃない。
あれは、言いにくいが、防犯カメラ触手ちゃん──ボウちゃんだ。
よし、ボウちゃんにしよう。
今決めた。
楽しくお気楽コンビニライフ!
のはずが……
「変な世界だよねー。でも、勇者とか言われて、ビビったよー」
ベラベラと自分のことを不用意に話してしまうケンタは、年齢よりも子供じみている気もした。
私は声が震えそうになりながら、必死にそれを堪えてケンタに尋ねる。
「君、いくつなの?」
「15歳。中3」
日本に帰れる私。
日本に帰れない勇者。
「俺、怖いよ……。何か、色々無くしていってる気がするし……。
何だろう、何か大事なものが勝手に消えてっちゃってる気がするのに、それが何だか分からないんだ。
このまま、俺、どうなっちゃうのかな? ソラさん、こっちの世界で暮らすって決めて、辛くなかった?」
立て続けに問われる内容に、私は何も答えられない。
答えられるわけがない。
だって、私は帰ればお母さんの作った夕飯がある。
姉が姪の授乳をしながら、寝不足気味な顔でどうでもいいようなことを話し掛けてくる。
父が姪にデレデレしながら、「里帰り、延ばしていいぞ?」なんて言っているのを眺めている。
ケンタが失ったものを、私は、何一つ、失っていない。
「どうして私だったんですか?」
私でなくてもよかったはずだ。
確かに異世界なんて、バイトできる人は限られてくるかもしれない。
それでも、私を選んでなんか欲しくなかった。
ケンタに嘘なんか吐きたくなかった。
店長と日本(あっち)の店で働いていたかった。
店長は、泣きそうな私の顔を見て、「参ったなあ」と独り言のようにぼやく。
「日本から離れられない人を選んだから、ソラちゃんだったんだよ」
ラスボスは、多分、勇者(チートあり)。
何それ、笑えない。
異世界で、どうしてコンビニが必要なのか。
売る相手もそれ程多いわけではない。
コンビニが必要なのか?
それとも、コンビニではない何かが必要なのか?
それは誰の為に、準備されたものだったのか。
「ごめん、泣かせたくて連れてきたわけじゃないんだ」
「泣いてない……っ」
「ごめんね、ソラちゃん」
「さいてー……」
「私、ここ、辞めたくないです……」
呟いた願いが叶わないだろうことは、きっと私より、店長の方が分かっているはずなのに、
それなのに、私を触れ合う程度の距離でしか抱きしめられない店長は言うのだ。
「うん、俺も辞めてほしくない」
それでも、私に辞めろと言うのは、他の誰でもない、この店長なんだろうな、と漠然と理解した。
この人は、優しい。
でも、とても、残酷だ。
異世界コンビニ
作;榎木ユウ
イラスト:chimaki
発刊 アルファポリス
価格1200円+税
1月23日出荷予定!!
よろしくおねがいします!
「いらっしゃいませ!
ファンファレマート 異世界プルナスシア店へようこそ!」
※本文中で使用した文章は全てweb掲載時のものです。
実際の書籍とは文章が違う部分があります。ご了承ください。