東海村白方公園

2007.04.28 TOPへ
 天気予報どおり夕方、雷と雨となった。東海村の白方公園の前を通るたび、寄ってみたいと思っていた。溜池といわれる池が二つあり、その一つの中央に噴水が間歇的に作動していた。
 志田諄一著の「東海村の今昔」によれば、南北朝時代の1343年に写したという鹿島神宮の神領に白方十四町半と記載があるという。当時、白方は常陸国吉田郡白方郷とよばれ、常陸大掾(だいじょう)一族の一人、吉田興幹(おきもと)が土着していた。白方次郎とも呼ばれ、白方郷の地頭であった。
 溜池は、吉田興幹によって管理され、その後も子孫に伝えられてきた。白方公園の西手の高台には高さ三メートルの土塁が残る館跡もあるという。
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