安南国漂流物語
2008.2.17 TOPへ
◇今日、資料を整理していたら、安南国漂流物語のメモが目に付いた。日本が鎖国の時、1765年磯原村の廻船が小名浜から銚子に米俵を運んだ帰り、銚子沖で暴風にあい航行不能となって、安南国(現在のベトナム)まで乗組員6名が漂流し、安南国役人の好意で滞在が許された。翌年の1766年にも同じように別の廻船が小名浜沖で暴風にあい、乗組員6名のうち3名だけが生き残り、同じコースで安南国に漂流した。この2組は合流して滞在したが、磯原村からの2人は死に全部で7名となった。たまたま、長崎港に回る清国の船があったので、乗船させてもらい長崎港に彼らは戻ることができた。磯原村の帰った4人は、同じ磯原村の長久保赤水が引き取りに行き、1年8ヶ月ぶりに帰った。その時、話を聞きだし長久保赤水が記録したのが安南国漂流物語で、水戸藩に提出されたものとみられている。
◇写真は、昨日のウェルサンピア日立で、中央右に赤いクレーン(船)が見える。
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