惚れ直しましたよ




この国の姫は武道の鍛錬をほぼ毎日のように行っている。
一般兵など囲まれたところで臆しないほど彼女は強い。
それじゃあ武にしか精通していないのかと思えば、琵琶や二胡に加え
古箏も人並み以上の腕を持っていた。
人前で見せる事などほとんどないのでこの事実を知らない人間の方が圧倒的に多い。
それはこの男にも言えたことで。
扉が開きっぱなしになっている部屋の前で彼は固まった。
「何してるんですか?」
「何って、見てわからない?」
回廊で固まる彼に、珍しく華美な衣装を纏った尚香が持っていた二胡を軽く降る。
彼女の周りには他にもいくつかの楽器が並んでいた。
半ば信じられないものを見たように彼の瞼がパチパチと瞬きを繰り返す。
そんな彼を苦笑しながら部屋の中へ招き入れ、自分の前に座らせた。
「たまには鳴らしてあげないと、この子達も可哀相でしょ?」
弦を弾く音が小気味良く響く。
「手入れは侍女達がちゃんとしてくれてるんだけどね」
そう言いながら奏でる音の一つ一つが優しい。
「似合わないって思ってるでしょ?」
「いや、似合うんだけど以外っつうか」
「褒めてるのか貶してるのかわからないわ」
クスクスと綻ぶ様に笑う彼女に照れて頬を掻いた。
「ねぇ、一曲聴いていく?」
「姫の演奏が俺を邪魔としないんならね」
「ほーんと皮肉屋よね、公績って」
「それは、」
「褒めてるんじゃないのは確かよ」
先を言われて言葉に詰まると、子供の様に笑う彼女に共鳴したかのように吹き出した。
一頻り笑いあった後、呼吸を整えた彼女はそれじゃ弾くねと二胡を抱え直す。
弓を手にした尚香の表情が一瞬で変わる。
子供の様に笑っていた彼女が、刹那に楽人の顔となった。
揺れる翡翠の瞳は真剣で、弓を自分の手足のように自在に操る姿は美しい。
彼女が奏でる雄大で壮麗なこの曲を自分は一生忘れないだろうと何気なく思った。

曲を弾き終えた彼女は、ふぅと大きく一呼吸。
「どうだった?」
「・・・驚きました」
「何が?」
「っつうか、惚れ直しましたって言ったほうが早い」
「それって、好きな相手に言う言葉なんじゃないの?」
「だから、惚れ直しましたよ」

まったく、俺ばっかり惚れ直してちゃ割が合わないってのに。
あぁ、でもそこで真っ赤になるあなたが心底好きだと思うから。
もう一度、囁くように言わせて貰おう。

「惚れ直しましたよ」


<了>