離さない




宵闇の中、僅かに燈る燭台を頼りに回廊をゆっくりと進む。
足音も衣ずれすら聞こえないように。
自分の部屋にたどり着き、扉を閉めて大きく一息をつく。
「なぜ俺を避けていた?」
暗闇の中から突如問いかけられた声に驚き、小さく悲鳴を上げた。
幸い周りには人の気配も無いので気づかれることは無かったが、驚かされた事に対して
少々怒りを覚える。
「孟起、驚かさないで」
非難を含めた声で未だ暗闇の中で動かない人物へ声をかける。
寝台に腰を掛けていただろう彼が立ち上がる、近づく衣ずれの音がやけに大きく聞こえた。
「答えろ、なぜ俺を避けていた?」
「避けてなんか、ないわよ」
思わず後ろに一歩引いてしまう。
「嘘をつかないでもらおうか」
反対の足でもう一歩下がった。
「嘘なんて」
壁に背がついてしまい、逃げられない事を悟る。
刹那、「尚香」と彼が呼んだ。
「!・・・・・・ずるいわよ」
「・・・」
「私が名前で呼んでって言わないと、呼んでくれないくせに」
泣きそうな声で再度ずるいわと漏らす。
俯く彼女の顎を持ち上げ口づけをした。
両手でしっかりと抱きしめる、彼女に逃げる姿勢はもう見当たらない。
髪はしっとりと濡れ、湯浴みをしてきたばかりだと容易にわかる。
だが服から微かに香る彼女のものではない香に、あぁそうかと心の中で頷いた。
「殿に、抱かれたのだな?」
はっと顔を上げて泣き出しそうに瞳が潤んだ。
「ごめん、なさい」
「お前が謝る必要は無い」
そう、謝る必要などない。
君主の妻である尚香は、劉備の誘いがあれば応じなければならない。
たとえ、違う人間を愛していても。たとえ、他の男に抱かれたくても。
「だから、俺を避けていたのか?」
「・・・離れられなくなるもの」

あなたの姿を見ただけで
あなたの声を聴いただけで

「私、あなたから離れられない」
決して認められない関係だとわかってる。
それでも、お互いを愛して愛されるこの糸を切りたくは無い。
それはきっと我侭で、自分勝手な欲望。
あなたはどう思うだろうか?
「孟起、後悔してる?」
「愚問だな」
何を今更とばかりに抱き寄せる。
「望んでこうなった、後悔など無い」
頬を軽く撫で上げ深く口付けた。
唇を割って舌を入れ、尚香の舌を絡めとる。
呼応するような彼女の舌に体の熱が上がっていく。
力が抜けそうになった体を抱き上げ寝台に寝かせた。
「お前の心を抱けるのは俺だけだ」
耳元で強く優しく囁くと、嬉しそうに彼女は微笑んだ。
「あなた以外、いらないわ」
馬超の手を取り自分の頬へ持っていき、ウットリと目を閉じる。
それに応えるように口付けをした、角度を変えて何回も何回も。
唇の間から漏れる水音が愛しく聞こえる。
脱がした衣服の下の白磁の肌に、赤い斑点を見つけた。
僅かに曇った瞳に尚香は視線を逸らす。
不安で目を開けられずにいたが、知っている痛みに襲われ思わず彼を見る。
赤い斑点の上から更にきつく吸われ、より鮮やかになった赤に目を奪われた。
「俺以外の印なぞ、お前の体には無い」
元よりここには彼の印しかないような振る舞いに、彼女は目を細める。
嬉しいと、心より嬉しいと思った。
体も、心も、彼以外満たすものなどいない。


体中を愛撫され、頬が紅潮するのと同時に息が上がる。
「んっ!・・・はぁっ」
既に濡れている秘部に指が入る感触に、ビクリと体が揺れた。
其処から溢れているであろう蜜音が部屋に響く。
「相変わらず、感じやすいんだな」
ほら、と眼前に出された指がテラテラと光を弾いた。
「やっ、やだ!」
視線から外れるように馬超の手をとる。
変わりに見たのは嬉しそうに唇の端を上げる雄の表情。
意識が緩んだ一瞬に彼の物が入って来た。
「あぁっ!」
快感が体を駆け巡る、これを待っていたと心から思った。
上に乗っている男が本当は欲しく欲しく仕方が無かった。
「孟起、あなたでいっぱいにして」
熱が篭った艶声に、馬超は応える。
細腰を支えにして何度も貫いた。
「んぁ、ふっ・・・あぁ」
彼女を乱れさせているのは自分だと思う程に、高揚感が増していく。
きつく締め付ける感触が頂点まで引っ張っていった。
「あっ、はぁ・・・孟起ぃ!もう、もう私」
「くっ!・・・はぁっ」
ほぼ同時に達成し、出し切った刹那彼女の体に落ちる。
肩で息をするような状況で、それでも彼女の体を抱きしめた。
馬超の首に回された細腕も熱い。
「・・・私を離さないで」
「離すものか」


気だるい体もそのままに、眠りにつこうとする彼女の名を愛しげに囁いた。
程無く自分も深い眠りへと落ちていく。
彼女を追って、彼女をその腕に抱きしめるために。

「尚香、お前を離しはしない」


<了>


馬尚初書きがこっちだなんて(^^;)