その眼に墜ちる




この城にいるほとんどが眠りについた頃、この部屋に一人の来訪者が現れる。
扉をノックする前にこっちから開けてみた。
ちょっと驚いたような表情の彼女は、小首を傾げて彼に尋ねる。
「どうしてわかったの?」
「愛の力ってやつですよ」
「嘘ばっかり」
「本当ですって」
どうかしら?と軽く睨んでみるが、彼の表情は至って緩い。
「まぁ良いわ、それよりも」
私がして欲しい事わかるでしょ?とばかりに両手を広げた。
そんな彼女を待ってましたとばかりに抱きしめる。
彼女の全体から鼻腔をくすぐる良い香りがした。
いつもと少し違う香り、でも嫌な感じはしない。
「良い香りがする」
正直な感想を耳元で囁いた。
「・・・湯浴みしてきたばかりだから」
「それだけじゃないでしょ。髪はほとんど乾いてるし」
「・・・香をね、焚いていたの」
あなたが好きそうなものを選んだつもりよ、と恥ずかしそうに頬を染める彼女が可愛い。
首筋に唇を当てて舌でそのまま首筋をなぞる。
ビクっと体が震え、凌統の背中に回された細腕が僅かに力を込めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「嫌ですよ・・・我慢できるわけ無い」
「明日は興覇と鍛錬の約束をしたの、だからあまり遅くなると・・・」
性急に唇を奪われ続きを言えなかった。
そのまま寝台の上に押し倒される。
「他の男の事なんか聞きたくないんでね」
怖いぐらい熱い視線が注がれた。

ほらその眼、その眼のあなたが見たかった。
わざと他の人の話題を出すのは、あなたのその眼が見たいから。
私はその眼で堕ちてしまうの。

「公、績」
「そう、あなたが呼ぶのは俺だけで良い」
深い深い口付けに頭の芯がぼぅっとする。
部屋の明かりはいつの間にか消され、窓から僅かに差し込む月明かり。
そして自分を組み敷く愛しい男。
出来すぎた世界に思わず笑みが零れた。
「何で笑ってんですか?」
服を脱がしていた両手が尚香の頬にそっと当てられる。
「あなたが・・・」
「俺が?」
「あなたが好き過ぎて、たまに怖くなる」
凌統の手に自分の手を重ねた。
愛されている自覚もある、だけどやっぱり怖い。
あなたに触れて、触れられる、この暖かさを失いたくない。
「姫様」
「尚香って呼んで」
素肌で抱き合うこの時くらいは、名前で呼んで欲しい。
「・・・尚香」
名前を呼んでもらった瞬間に、自分から唇を合わせた。
「あなたが好き」
いくら言っても足りないくらいにあなたが愛しい。
ここまで溺れる自分がいたなんて予想出来なかった。
怖いぐらいの情熱が体を駆け巡る。
それでも、この快楽と愛しさは手放す事が出来ない。
それは尚香だけでなく、凌統にも言える事で。

「俺にも言わせて貰って良いですか?」
「別れ話し以外なら何でも聞くわ」
彼女の答えに苦笑する。
「やっと手に入れたあなたを手放す気は更々ないんですけど」
唇を重ねて、しっかりと視線を合わせた。
「あなたを誰よりも愛しています」
だから、俺も怖いんですよ。と続いた言葉に翡翠の瞳から涙が一粒零れ落ちる。
「同じ、なのね」
「同じなんです」
それが良いのか悪いのかわからないけれど、それでも嬉しい。
口づけを交わし、吐息が混じる。


「「誰よりもあなたを愛してる」」


そして二人はシーツの海へと沈んでいった。



<了>