望月のぞみづき




私は望む

暗い闇の世界で

たった一つの光を手に入れる事を



秋風が吹き、残暑の暑さも肌に感じなくなった。
この季節は空に浮かぶ月がより美しく目に映る。
誘われた感がある宵の散歩の途中、見知った後ろ姿を見つけた。
「こんな夜分に一人で散歩か?」
突然声を掛けたので肩を竦めるぐらいには驚くと思ったが、声を掛けられた人物は
悠然と流れるような仕草で振り返る。
「こんばんは、孟起」
まるで自分が来る事を知っていた様に思えた。
それは次の言葉で現実となる。
「何となく、あなたに会えるような気がしたの」
月光を背に浴びて笑みを湛える彼女は美しい。
平素から見目美しいとは思っていたが、今の彼女には欲情さえ覚えた。
悟られないように意地の悪い笑みを作る。
「それは誘っているのか?」
「ふふ、そうかもしれないわ」
てっきり怒るのかと予想していたのは見事に裏切られ、彼女は笑みを崩さない。
「・・・本当にどうしたんだ?」
「さぁ、どうしたのかしらね?」
「疑問に疑問で返すのはおかしいだろ」
そういえばそうねとさらりと流され憮然とする。
そんな彼に気づいて苦笑しながら彼女は答えた。
「月のせいかもね」
「月の魔力に酔わされたって言うのか?」
古来から月には不思議な力が宿っていて、癒したり狂わせたりと様々な言い伝えが残っている。
迷信だと思う、しかしその反面月を欲して宵の散歩をするのも事実であった。
そう考えていた刹那、彼女の表情が変わる。
「孟起は、月に似てるわね。熱くて直情だからどちらかというと太陽に見立てる人が多いでしょうけど」
「だったらなぜそう思う?」
「たまに寂しそうな目をするじゃない。孤独を感じているけど知られたくない・・・そんな感じ」
だから戦場では感情を昂らせ、声を必死に張り上げ、自分を鼓舞しているのでしょう?
そう続いた言葉に返す言葉が見つからない。
「それに」
「まだあるのか?」
馬超のげんなりとした声にあと一つだけよと笑う声が漏れた。
「艶っぽいところも理由の一つだわ」
しばし呆然として、大きく溜め息をつく。
「最後のは奥方の事だと思うが」
「奥方って呼ばないで!」
言い終わらない内に尚香の叫びにも似た声が重なった。
「・・・あなたがその呼び方をするのは何よりも嫌い」
宵の下でも潤んだ翠の光がよく見えた。
動悸が早まるのを身体全体で感じる。
固まった様に動けないでいると尚香が側へと近づいて来た。
そっと伸ばされた手に困惑する。
「怖い?君主の妻に触れるのは」
透き通る様な白い手が頬に触れた。
払い除ける事もその手を掴む事も出来ない。
ただ視線が交わるだけだ。
綺麗な容の唇が言葉を続ける。


「誰だったか覚えてないけれど、私の事を向日葵に例えたの」

太陽を向いて大輪の花を咲かせ、夏の暑さにも負けない皆に愛される花。

「嬉しかったのも事実、でもね・・・私の本心は違ったわ」

私を見てくれる人は一人で良い、私を愛してくれるのも一人で良い。

「月に愛でてもらえるのなら、一晩だけ花開く月下美人になりたい」

みんなに愛される花でなく、あなたにだけ愛される花が良い。


「もう一度聞くわ。私に触れるのは怖い?」
真摯な瞳の強さにクラクラする。
「・・・ばれたら斬首ものだな」
ようやく溜め息交じりの声が出た。
刹那、離れていく彼女の手を自分の無骨な手が追いかける。
「勘違いするなよ、怖いとは一言も言っていない」
「怖く、ないの?」
「欲しいものを手に入れるのにその感情は塵以下だ」
掴んだ手も、驚いた様に開いた翡翠の瞳も全てが愛しい。
「まさかそっちから来るとは思わなかったがな」
意地悪く笑んだ馬超に対し、頬に赤みをさした顔が照れたようにそっぽを向いた。
「私にだってどうしても欲しいものくらいあるわ」
「で、それが俺だと」
「・・・これ以上言わす気?」
上目遣いで睨まれたがそれさえも心地良い。
掴んだ手を自分の方へと引くといとも簡単に腕の中に収まる。
俯いて額を胸に当てた彼女が泣いているのを体で感じた。
「・・・ずっと、こうしたかった」
か弱い呟きに、背中に回した腕に力を込めた。


私は手に入れた

暗い闇の世界で

私だけを見つめる明るい光を



<了>
望月は満月と同義語でもちづきと読むんですが、この作品ではのぞみづきと読みます。
意味は、読んでくれた方なら理解できるのではないかと(^^;)
恐らく蜀にいた時間からしても、すごく短い恋になるのかな〜ってことで
月下美人も出してみました。