雷鳴かみなり




凌統が一日の仕事を終えて自分の部屋でくつろいでいると扉が忙しげにノックされた。
次いで聞こえた声に急いで扉を開けると何処か怯えるような表情に、
どうしました?と尋ねる。
凌統の顔を見た途端少しほっとした表情を見せて
無言で彼に抱きついてきた。
「ちょ、どうしたんですか?」
「・・・来てるのよあれが!すぐそこまで来てるの!!」
取り乱しはしないものの、語気を強めて彼女は腕に一層力を入れた。
「来てるって、まさか賊!?」
回廊へ顔を出して周りを見渡してみたが、誰一人騒いでいない。
今日の城内は静かで、何かが起こっていたらすぐにわかるはずだ。
一向に離れようとしない彼女に問いかける。
「姫?」
「賊じゃないの・・・公績、聞こえない?」
何が?と聞き返そうとした刹那、目に映った稲光。
そして続いた爆音に近い轟音。
次いで彼女の叫び声。
「まさか、これ?」
凌統の力の篭らない声に、ぎゅっと目を瞑ったまま何度も頷く。
この時期これが来るのは当たり前みたいなもので。
あ、また来たな、くらいにしか思ってなかった凌統は
彼女がこんなに苦手としていたなんて知らなかった。
とにかく部屋の扉、窓を全部閉めて燭台に火を灯す。
それでも雷鳴は部屋の中でも大きく響いた。
ふと気づいたら彼女の姿がなく、辺りを急いで見回すと、
寝台の上でシーツに包まり震える物体が目に入る。
「そんなに怖いんですか?」
寝台に腰掛けて尋ねると、泣きそうな顔だけ見えた。
聞くだけ野暮だったかな?と思いつつ、普段は快活で強気な姫君に
雷鳴が怖いという弱みを知った事に笑みを漏らす。
「何で笑ってるのよ!」


そんな目で睨まれたって

そんな声で文句を言われたって


可愛いだけなんですけどと心の中で囁いて、
外で騒ぎ立てる雷に小さく悲鳴をあげて両耳を押さえる彼女を優しくあやす。
「ひーめ、大丈夫。俺が側に居ますから」
「公績ぃ」
もう殆ど涙目の彼女は子猫が擦り寄るように凌統に体を預ける。
美味し過ぎる展開に、裏があったり?なんて考えたりするものの、
人を騙す事が苦手な彼女に出来るはずもなく。
だったらこんな機会を与えてくれた、天に感謝するのみ。
しかしここで、ふと思考が濁る。
「俺、結構姫と長いんですけど」
「・・・そうね」
何が言いたいのかわからないといった感じのまま、何となく返事をする。
「今まで雷鳴が苦手だったなんて全然気づかなかった」
「だって、いつもは兄様とか子明とか伯言の所に行くんだけど、
 今日に限ってみんないないんだもの」
そういえば、殿達は城下及び近隣の地域を見てまわるといって出かけているし、
呂蒙と陸遜は次の戦の下調べといってここより遠く離れた地へ赴いている事を思い出した。
ん?と尚香と自分の言葉を思い出してみる。
あの馬鹿の名前が出てこなかったのに捕らわれて、何か逃しているような・・・
殿達、呂蒙殿、陸遜殿・・・陸遜殿!?
「い、今までは陸遜殿の所にまで行ってたんですか!?」
そうよと至極素っ気無く返って来た返事に冷や汗をかく。
「やばいですって陸遜殿は!!」
「どうして?いつも優しいわよ、眠るまで手を握ってくれたりとか」
やばい・・・マジで。
あの腹黒狼の所に子羊を投げ込んでた様なものだ。
「あの、今の今まで何もありませんでした?」
「何って何よ?」
「いや、だから、その」
あー!聞くに聞けないっつうの。
しかも行くなって言ったって理由が理由だし。
うーんと考え込んでいる間に、雷鳴が近くに落ちたようで凄まじい音が聞こえた。
途端、息を呑んで胸に縋る様に抱きつく彼女。
華奢な肩が震えて何時もより小さく見える。
そんな姿を見てしまったら、考えていた事はどうでも良くなっていて。
彼女の体を出来るだけ優しく抱きしめた。
普通だったら心臓が飛び跳ねて、大きく鳴り響く自分の鼓動を悟られやしないかと
焦る筈なのに、今は何故か不思議なほど落ち着いている自分を自覚している。
髪を優しく撫でて、そっと耳を塞いでやると大きな目を更に開いて驚いた様に彼を見る
尚香の瞳と視線が交わった。
聞こえないのを良い事に小さな声で囁いてみる。
「あなたを守る冥利を俺だけにくれませんか?」
微笑むと尚香の頬に赤みがかかって、隠すかの様に凌統の体に顔を埋めた。
「もしかして、聞こえました?」
「・・・馬鹿」
照れを含んだ小さな声に
「期待しても良いんですかね?」
と尋ねると耳朶まで赤く染まった彼女。
肯定の意と受け取って、感謝と共に彼女の唇を頂いた。


雷鳴の音はもう聞こえない。



<了>

あっまー!口の中で砂糖がジャリジャリするぐらい
甘いものになった