届かない
私はあの時、あなたへ伝えられなかった事を今でも悔やんでいます。
「尚香様を劉備の妻に?」
「そうだ、本当は劉備の暗殺も考えていたのだが・・・先の事を考えてな」
呉と蜀が強く団結しなければ強大な魏にやられてしまう。
だから只の同盟にならないように、ある意味人質として呉の姫君を蜀の劉備の下へ送ると
周瑜が提案した。
「尚香様はそれを・・・」
「承知の上だ、それが呉のためならとあっさり頷いたよ」
「・・・そうですか、ならば私から言う事は何もありません」
初めは反対していた孫権も、呉の未来のためにと言われては頷くしかなかったし、
本当は反対したかった陸遜も尚香自身が良いと言ったのなら反対は出来なかった。
ほぼ報告だけの軍議はすぐに終わり解散となる。
自然と足は向かっていた。
急いでいるわけでもない、焦っているわけでもない、なのにどんどんスピードが速くなる。
廊下ですれ違う兵や将にも目もくれずにとにかくあの人の下へと進んでいた。
目的の部屋の前、ノックをしようとして何を言うつもりなのか考える。
おめでとうございます?
向こうへ行ってもお元気で?
戯言だと思わず苦笑した。
こんな自分が何か言える立場ではないと思い、そのまま立ち去ろうとした。
だがこんな時に限って、いとも簡単に目の前の扉は開いてしまう。
「・・・やっぱり伯言だった」
扉を開けたのは他でもない尚香で、中の部屋にも人の姿は無い。
何も言えずに立ち尽くしていると手を引かれた。
部屋の中へ促され、扉が閉まる音でようやく我に返る。
「・・・尚香様、劉備に嫁ぐそうですね?」
「うん、そうよ」
簡単に返されてしまった。
なぜ承諾したのですか?と聞けなくなる。
私とあなたの今までの時間は何ですか?交わした想いは夢だったのですか?
触れようと思っても腕が上がらない。言葉が出てこない。
尚香は真っ直ぐに陸遜を見据えた。
「おめでとうもいらないし、元気でなんて言葉も要らないわ」
「・・・私から言える言葉が無くなってしまいますよ」
「いいの、あなたからは何も聞きたくないから」
「なぜ、ですか?」
決まってるじゃないと彼女は泣きそうに微笑んだ。
「あなたが好きだから」
思わず抱きしめようと伸ばした手は空を切る。
「ごめんね、もうあなたの胸には入れない」
何も言えなかった、出来なかった。
そのまま彼女は蜀に渡り、陸遜の時間はあの時のまま。
声が枯れるほどに「好きです」と伝えていたら
未来は変わっていましたか?
あなたは私の側にいてくれましたか?
思っても思っても
もうこの想いは届かない
<了>