宴の後で
「本当に驚きましたよ、まさか舞姫が尚香様だったなんて」
「ごめんね、兄様が良いというまで声を出すなとか言うもんだから」
大騒ぎとなった宴もお開きとなり、その騒ぎの原因だった尚香と庭で涼んでいるのは陸遜だ。
「髢(かもじ) を付けると印象が全然違うもんなんですね」
「そうみたいね、それで兄様が絶対ばれないから黙ってろって。
子供みたいにはしゃいでたから付き合ってあげてたってわけ」
私も少し楽しんでたんだけどね、と彼女は悪戯っぽく笑う。
「殿のための宴ですから、楽しんで貰えればそれで良かったんです」
確かに驚かされたけど、彼女の新たな一面を知れた事は大きい。
それが自分だけでないというのは惜しまれるが。
ふと宴の最中の出来事を思い出す。
「そう言えば、甘寧殿に何て言っていたんですか?」
「聞きたい?」
ここでも彼女は子供のように笑んでいる。
その表情も惹かれるものではあるけれど。
「えぇ、是非」
と返すと彼女はこほんと軽く咳払いをし、真面目な顔でこう言った。
「「興覇、私は二人もいないわよ」って」
「もしかして、私達の・・・」
「ぜーんぶ聞こえてたわ、私って耳も良いから」
穴があったら入りたいっていうのはこういう時なんだと初めて実感した。
顔を真っ赤にしていると、くすくすと彼女は声を上げて笑う。
「嘘よ嘘、聞こえたのは興覇が二人に挟まれたいとか言ってたとこだけだもの、後は音楽であまり聞こえなかったの」
「本当ですか?」
「本当の本当よ。でも伯言が狼狽するなんて・・・何を話していたの?」
興味津々といった様子が見て取れる彼女に、ため息を一つ。
「・・・秘密です」
「何よそれー!私に言えない事なの!?」
言えるわけ無いじゃないですかーーー!と大きく叫びたい所だが、
ここは落ち着いて「男にも色々あるんですよ」とだけ伝える。
「それじゃわからないわ」
「後々わかるようになりますよ・・・多分」
「本当に?」
尚香を狙う男がこの国には数え切れないほどいるのだから、そのうちわかるはず。
自分も含めてこれから先のアプローチ合戦は幾度となくあるだろうと安易に予想が出来た。
いくら鈍感な尚香でもわかるだろうと、多少不安ながら大丈夫だと伝える。
「本当ですよ、だから今は聞かないでください」
「わかったわよ、今は聞かないでおいてあげる」
多少納得がいっていないながらしぶしぶ了解してくれた。
「お二人さん、こんな所で何を話してるんですか?」
そこに現れたのは陸遜の恋敵である凌統。
「さっきの宴の話をしていたところ。公績も一緒にどう?」
「お邪魔でなければ、是非ご一緒させていただきます」
「邪魔なわけないじゃない、ねぇ伯言?」
「えぇ、全然邪魔なんかじゃないですよ」
笑顔の裏に隠されている本音は尚香にはわからないが、凌統にはよく伝わっている。
同じ人を愛するが故だから、その気持ちもわかるが譲れない。
「ねぇ、それで二人に聞きたいんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「あのね、私の舞って・・・どうだった?」
恥ずかしそうに頬をほんのり朱に染めて陸遜と凌統の顔を交互に見る。
「あんなに大勢の前で舞った事初めてで、変じゃなかった?」
「変なんかじゃなかったですよ、とても綺麗でした」
凌統に真顔で褒められ嬉しそうに尚香は微笑む。
「伯言は?」
「甘寧殿と話していて、あまり見れなかったので」
「そう。残念だわ」
「ですが、視線をあなたに向けた瞬間に見とれてしまったのも事実です」
凌統に負けない台詞をさらっと言ってしまう陸遜に、尚香は本当に照れてしまう。
真っ赤になった頬を両手で押さえて「ありがとう」とやっと聞こえるぐらいの声で礼を言った。
そんな彼女が可愛らしくて思わず二人も微笑んでしまう。
舞っているあなたも、今ここで真っ赤になっているあなたも
あなたであることに違いはなく
どちらのあなたも好きですと
伝えられる日は遠くない
<了>