そんな夜2
「さて、それじゃ何処に行く?」
手を繋いだまま彼女は屈託なく笑いかけるもんだから、
間者を捕らえに行くなんて簡単に忘れてしまいそうになる。
このままデート出来たら最高なのにとか、姫を連れて部屋に帰りたいとか、
欲望ばかりが溢れ出てまいったなぁと思わず声に出てしまった。
「何がまいったの?」
「いやいや、何でもありませんよ」
「?」
訳が分からないと小首を傾げる尚香が可愛くて、またトリップしかけるが
今度ばかりはやばいと思って真面目に答える。
「それじゃ、軍師殿の策があるんで教えましょう」
何とか顔を引き締めて人差し指を尚香の顔の前に立てる。
「策は至って単純、近日中に戦があるという噂を広げ、陸遜殿と呂蒙殿が今夜はこの城にいないと吹聴しておいて、
夜中動き出した妖しい奴を囲むってやつなんですけどね・・・あの?姫様、ちゃんと聞いてます?」
折角説明しているというのに、彼女は凌統を通り越して遥か後方に視線を向けている。
繋いでいる手に力が入り、心なしか震えていた。
「こ、公績、後ろ見て」
不思議に思いながら背後を見ると、僅かに明かりが動いている。
「ひ、火の玉とかじゃないよね?ね?」
手を離したと思ったら腕にぎゅっとしがみ付いてきた。
そして思い出した、彼女は怖いものが苦手だったという事を。
「大丈夫ですよ姫、何が来ても俺が守りますから」
「・・・うん」
素直に頷いた彼女を確認し前を見据える。
明かりは小さく、漂っている感じはするが人魂とかの類ではない事は明らか。
恐らく細く小さなろうそくに火を灯して持って歩いているといった所だろう。
間者か?それとも策を実行している人物の内の誰かか?
とりあえず手近な場所に滑り込んでしゃがんで身を潜めた。
気配を殺して、じっと相手を伺う。
近づいてくる気配に鼓動が早まりつつあった。
目の前を通り過ぎて行く人影には見覚えがある。
「あ、れ?」
凌統の口から間抜けな声が漏れた。
隣の尚香も瞼をパチパチと瞬いている。
「今のって・・・興覇、だよね?」
「でしょうね、上半身裸で歩いてる馬鹿はあいつしかいない」
半ば呆れた様な声に、尚香も頷く。
「とりあえず、出ますか?」
「そうね、興覇相手に隠れてもしょうがないもんね」
凌統が先に出て、手を引いて尚香を回廊へと導いた。
手を繋いだまま甘寧の後を付いて行くか、違う方向へと間者を探しに行くか
思案に暮れる。
凌統が何か言おうとした時、爆音が聞こえ炎が二人の目に飛び込んできた。
甘寧が向かって行った武器庫方面で。
思考が定まる前に走り出していた。
「興覇ぁーーー!!」
尚香の叫びが宵闇に響く。
まだ孫呉の夜は明けそうにない。
続く