愛し愛され4
泣き崩れる孫権の周りはいまだ呆然としているものが多く、事態を把握しきれていない。
陸遜は何も言わず、何も語らず一筋の涙を流す。
そこへ尚香の侍女達が毅然とした表情で現れた。
孫権の側使いが近くに呼ぶ。
「殿、侍女達が戻って参りました」
彼女達が理由を知っている、逸る気持ちを抑え孫権が問いかけるのを陸遜は待った。
だが彼は尚香の体に顔を埋めたまま聞こうとしない。
しかしそれを悟ったのか年長の侍女の方から歩み出た。
「孫権様、こちらを姫様からお渡しするよう頼まれました」
そこでやっと顔をそちらへ向ける。
「これは尚香の耳飾り」
そしてこちらも、と差し出されたのは孫権宛への手紙。
受け取ってしばし考え、また侍女に渡した。
「すまないが、読んでもらえないか・・・私が読んだら汚してしまう」
それに今はこの手を離したくない。
と続けた彼に、侍女は優しく微笑んだ。
「では、失礼して読ませていただきます」
権兄様へ
今、兄様は泣いている?それとも怒ってる?
もしかしたらどっちもかしら?
このような結果になった事を私は後悔していない
孫呉という国に生まれ育ち、劉玄徳の妻になれた私は
誰よりも誇りを持てた
この結末を選んだ事を
不憫とか悲劇だとか言う人もきっと多いでしょう
でも私は
誰よりも幸せでした
愛するものが多すぎて
貰った幸せが多すぎて
私の手からどんどん零れ落ちていく
そんなのは嫌だから
私なりのけじめをつけました
嘆かないで、愚かだと思わないで
私が私でいられる事を望んだだけだから
ねぇ、兄様
最後になってしまったけどこれだけは伝えたかった
私は
孫呉の国を、町を、人々を
心の底から愛しています
孫尚香
読み終えた手紙をそっと畳んで一礼をする。
呉軍陣地内は地に膝を着いて泣く者や、必死に顔を拭うが涙が止まらない者で
一杯だった。
尚香の真意を知った陸遜含め近しい者は、実に尚香らしいと感じ。
また同時に来世の彼女には戦の無い時代を生きて欲しいと願うばかりだった。
今宵流れた涙の数は
やがて天へと昇り
天の川という星々となって
あなたのために輝くでしょう
<了>