姜維から借りた軟膏を手に自分の部屋に戻った馬超は
寝台の上で背を丸めて眠る人物を目に止めて軽く苦笑した。
「噂をすればなんとやら、だな」
どうやら書物を読んでいる内に眠気に誘われるがまま眠ってしまったらしい。
手の先に最近手に入れたばかりの書物が風でパラパラと捲れていた。
穏やかな寝顔を見つめているのも始めは良かったが、なんだか悔しくなってくる。
今は閉じている緑の宝玉の光をこの目に映したくて、またその光の中に
自分の姿を入れて欲しくて、気づけば白磁の頬に手を伸ばしていた。
「奥方、起きろ」
柔らかな感触を楽しみつつ痛くならない程度に叩く。
三、四度繰り返したところで整った眉根が不満気に寄せられた。
起きるのが嫌なのかそのまま反転してしまう。
「・・・良い度胸だ」
僅かに眉を動かして、眠る姫君の側による。
体を密着させ、後ろから抱きしめながら耳朶を噛んだ。
起きそうで起きない尚香の首に息を掛ける。
「いい加減に起きないと・・・襲うぞ」
刹那、腕の中の彼女がゆっくりとではあるが瞼を上げた。
「やっとお目覚めか?」
意地悪い笑みを向けると、抱きしめる腕とすぐ側にある馬超の顔を交互に見つめて我に返ったようだった。
「な、何で孟起がいるの!?」
「阿呆、ここは俺の部屋だ」
そういえばと思い返すように思考に暮れる尚香を抱きしめている腕に力を込める。
「ちょっと孟起!」
「これぐらい良いだろ」
林檎のように赤く染まった頬に口付けを一つ落とす。
「ちょっ!?」
文句を言いたかったようだが言葉が出ない尚香を見つめて苦笑した。
抱きしめていた腕を解いて問いかける。
「嫌だったか?」
「・・・嫌じゃないけど」
尚香の額にコツンと軟膏を当てて軽く笑う。
「・・・軟膏?」
「どっかの猫が爪痕を残していくもんだからな」
ほらとばかりに上着を脱いで背中を見せる。
「責任取れよ、猫娘」
後ろの彼女が真っ赤に染まった気配を背中で感じた。
<了>
猫シリーズ