回廊の角を曲がった所で、見慣れた人物が立ち尽くしている。
その様子が余りに不自然で声を掛けた。
「姜維、諸葛亮殿に呼ばれて急いでいたのではないのか?」
「ば、馬超殿、あれを見てしまったのに通り過ぎる事など出来ません!」
青ざめた表情で指をビッと塀に向けた。
「あれ?」
姜維が指差した方向に目をやる。
「・・・・・・あんの阿保奥方」
彼等が目にしたのは、塀の上で猫と向かい合わせになって戯れる尚香の姿。
「何をしてるんだあいつは」
まったくと語尾に付けて額に手をやった。
「どうしましょう?下手に声を掛けて落ちてしまっても」
おろおろする姜維が余りに不憫で馬超は溜め息をつく。
「お前は執務へ向かえ、奥方の事は俺が何とかする」
「お任せしても宜しいのですか?」
「あぁ、構わん」
「で、では、お願いします!」
余程急いでいたのだろう、何時もは回廊を走る事などしない姜維が一目散に
執務室へと向かって行く。
あいつも可哀想にと心中で同情し、溜め息一つをついて彼女の元へ向かった。
「何をしている?」
問われた彼女は驚きもせず、姿勢そのままに首から上だけを此方に向ける。
「あら、見てわからない?」
「わからないから聞いているんだ」
憮然とするとようやく猫と同じ姿勢を止めた。
「この子と遊んでるに決まってるでしょ」
「塀の上で遊ぶ事無いだろう?」
「気づいたら此処に居たのよね」
「・・・阿呆」
「あ、ひっどーい」
ねぇと隣の猫に同意を求める表情は不機嫌の不の字も無い。
その後姿勢を馬超の方に向けて座り直す。
「孟起、この猫飼わない?」
「猫は一匹いれば十分だ」
「猫なんか飼ってないじゃない」
きょとんと首を傾げると、隣の猫も一緒になって首を傾げた。
何故だかその猫の容姿が気になる。
銀色の被毛に金目の瞳。
猫から尚香に視線を戻す。
「とにかく、降りろ」
「えー?もうちょっと・・・あっ!」
猫が飛び降りたのを見て、反射的に手を伸ばした尚香の身体が前へと傾く。
もう駄目と思った彼女が目にしたのは、下で手を広げる彼。
一瞬だったのはずの映像はゆっくりに見えて・・・
「で、人に手を煩わせといて、何を笑っている?」
「だって、何か・・・嬉しかったのよ」
馬超を下敷きにした状態でそのまま抱きついた。
「あなたが抱き止めてくれるって思ったら、嬉しくて」
くすくすと笑う彼女の横で先程の猫が一鳴きして去って行く。
「あーあ、行っちゃった。欲しかったんだけどな〜」
「諦めろ、それに猫は一匹いれば良い」
「猫なんて、か・・・」
続きは唇を塞がれて言えなかった。
「っ・・・」
「お前以外、要らないと言ってる」
「・・・それって相当な殺し文句よ」
「知ってるさ」
お前の顔見ればな、と笑う彼に勝てる言葉が見つからなくて、
照れ隠しに額を肩に当てた。
「・・・あのね」
「ん?」
「あの猫が欲しかった理由はね」
「あぁ」
肩から額を外し視線を交じらせる。
一呼吸置いてから花の咲くように笑った。
「孟起に似てたからなの!」
<了>
猫の小話を好きだと言ってくれたラジヲさんへの誕生日プレゼントとして
贈らせて頂きました(^^)ラジヲさんおめでとー!