思い差し




吐く息が白い、そんな真冬の夜。
凌統は一人、誰も通らない回廊に座り込んで酒をちびちびと飲んでいた。
自分の部屋から漏れる明かりが背中から外をぼんやりと照らす。
誰か知り合いを尋ねてみれば何人かは一緒に酒ぐらい飲んでくれそうだったが、
今日はそういう気分ではない。
一人で気楽に飲んでいるのが良いらしい。
ほっとしたような気楽な笑みを漏らしていた。
だがそれは意外な訪問者によって別の嬉笑へと変わる事となる。
回廊を凌統へと向かって進んできたのは、愛しいあの人。
驚いた事は驚いたが、彼女が普通の女性とは少し違うんだって事ぐらい知っている。
「姫、こんな時間にどうしたんですか?」
「誰か起きてるかな〜と思って歩いてたらあなたの部屋から明かりが見えたから」
「眠れないんですか?」
「何だか頭が冴えちゃって、しばらく眠れそうにないわ」
その言葉通り尚香の瞳はパッチリと開かれ、とても眠そうには見えない。
「ふぅん」
「何よ、意味深な」
「もしかしたら俺が姫を呼んだのかなと思いましてね」
ちょっとだけ人の悪い笑みを浮かべて言ってみても、言われた方はきょとんとして大きな瞳を
くりくりとさせた。
「呼んでたの?呼び出しの伝言とか貰ってないけど」
「いや、そうじゃなくて・・・心が繋がったっつうか」
ねぇ、少しくらいそっちの反応を示してくれても良いんじゃないですか?という
頭の中の問いは簡単には言葉になってくれない上、
当の彼女も気にしてはくれないのだから仕方がない。
「ねぇ、其処座っても良い?」
白く細い指が凌統の側を指したので、苦笑して「どうぞ」と答える。
「じゃあ遠慮なく」
にこっと笑って尚香は身体が密着する程近くに腰を下ろす。
「・・・姫?」
「寒いんだもん」
「寒いのに居てくれるんですか?」
「公績は居て欲しくない?」
一人の方が良い?と上目遣いに尋ねてくるあなたは、もしかしたら気づいてるんですかね?
酒は自分の為でなく、亡き父に捧げていたんだって事。
他の人間だったら無理やりにでも帰していたかもしれないけれど、あなたは別格。
「居てくれませんか?」
「もちろん」
その為に来たのよと微笑む尚香に微笑み返す。
「公績、杯を出して」
言われた通りに差し出すと優雅な仕草で酒を注がれた。
華美な衣装を身に纏ってるわけでも、真っ赤な紅を塗っているわけでもないのに
彼女は優美で艶やかだった。
持って生まれた才能と、幼い頃からの環境が覚えさせた事は知ってるのに、
胸に高鳴りを絶えず与えてくるのは毎回の事で、治まる気配は無い。
「これはあなたの為の思い差し」
今度は自分の為に飲みなさいと小さな一言が後に添えられた。
その言葉に従って、自分の為に杯を干す。
「しかと思い取りました」
そう言うと尚香はありがとうと言ってはにかんだ。
それって俺の台詞なんですけどと言いかけた凌統の目に白いものが映る。
空から音もなく静かに降ってくる淡く儚い白い物体。
「雪ですよ・・・姫・・・」
隣の彼女に囁く様に告げれば、翡翠の瞳はそっと空を見上げる。
「本当、どうりで寒いわけよね」
「中入りますか?」
「ううん、もう少しだけこうしていたい」
密着している体は更に深く近づいて。
少しでもあなたに触れる外気から守りたくて、華奢な肩に手を回した。
「寒いのは嫌いでしょう?」
「嫌いよ、でも公績がこうしてくれるならずっとこのままでも構わないわ」
「嬉しい事を言ってくれますねぇ」
嬉しすぎて締まらない表情になってしまったので、尚香の方は見ずに言った。
「だから、ね。もう少しこのままで」
凭れてきた頭の重みに幸せを感じながら回した手に力を込める。
「あなたの言葉のままに」

静かな一時を降り続ける雪花だけが見ていた。



<了>
冬をテーマにした凌尚小話です。