落下流水らっかりゅうすい




朗らかで聡明で、強い輝きを放つ瞳に出逢った瞬間捕らわれた。
その時既に彼女は違う人の妻になる予定で、それは自分の主で。
想いは心の奥底へと埋没させて、彼女の護衛役を仰せつかる。
彼女の護衛役としての生活は色々と問題あるものの、順風だったと思う。
あの熱い想いを思い出しさえしなければ。


子龍と呼ばれ、はいと返事をするだけで彼女は嬉しそうに微笑んだ。
普段の彼女は快活で、周りまで元気にしてしまうような笑顔を振りまいている。
しかし側に居るからこそ自分だけが知っている表情があった。
たまに見せる寂しげな表情が、杭を打たれるかの如く胸に痛い。
そんな時のあなたは、砂上の楼閣のようだ。
二人きりで他愛もない話をしながら、暮れ行く空を見上げる。
そっと斜め前の彼女の様子を伺う。
ほら、まただ。
あなたのその顔が、影を負う。
「後悔・・・しているのですか?」
「えっ?」
趙雲の言葉に驚いて振り返る尚香。
一瞬翠が弾ける光となった。
落ち着いてみれば彼女の瞳は穏やかな光を放っているだけで、
自分の目の錯覚に心中で苦笑する。
「こちらへ来た事を、です」
自分の口から出している言葉が、自分を傷つけているのには痛さを通り越して笑いそうになる。
それを見越してか、尚香は優しく微笑んだ。
「後悔してないわ」
静かに、それでもはっきりと言い切った彼女を真っ直ぐに見据えた。
見詰め合う時間は短かったのか、長かったのか。
沈黙を破ったのは彼女が先だった。
「でも・・・」
言いかけて口を噤んだ彼女は寂しそうな、切ない瞳で趙雲を見つめる。
「あなたに出逢ってしまった事は少し後悔している」
「・・・なぜですか?」
口の中がからからに乾いていた。
今の自分は酷く情けない顔をしているのだろうと、心の隅で感じ取る。
彼女の言葉がどんな刃よりも痛みを齎すのだ。
「理由を知ってしまったら、もう会えないわね」
「意味が、わかりません」
眉根を寄せて、言葉の真意を探ろうとするが何を言わんとしているのかわからない。
「だってあなた、真面目すぎるんだもん」
「真面目である事と関係あるのですか?」
「あるかもしれないわ」
だから怖くて言えないの、とまた切なげに笑うのだ。
強めの風が吹き、彼女が肩を震わせる。
気づいた時には想いが言葉で溢れ出していた。
「・・・触れたいと」
「?」
「あなたに触れたいと、ずっと思っていました」
「っ!?」
瞬きをする前とした後の景色はがらりと変わり、気づいた時には逞しい腕の中。
「子、龍?」
「初めてお会いした時から・・・ずっと」
あなたを愛しているのです
耳元で囁かれた声が、頬を掠った唇が、彼女の身体に熱を持たす。
「いけない事だとはわかっています。それでも私は諦められなかった」


あなたの全てが愛しくて

あなたの全てが狂わせる


思いの丈を述べた後、抱き締めていた彼女を離す。
「すいません。護衛役は降ろしてもらいますから」
ただこの気持ちを知っておいて欲しかったのです。と彼らしからぬ笑みを漏らした。
呆然とする彼女を置いて背を向け歩き出す。
刹那、尚香は大きく息を吸った。
「私はまだ何も伝えてない!」
背中にぶつけられた泣き声に後ろを振り返る。
大きな瞳からぼろぼろと粒が滑り落ち、落ちる度に透明な光が反射した。
「しょ、尚香様?」
「私、私は」
止まらない涙を拭おうともせず、必死に声を張り上げる。
「子龍が好きなの!!」
正面で固まったように動かない趙雲を見上げる。
「ずっと、ずっと好きだった」
頬を紅潮させ、両手をぎゅっと握り締めた。
そのまま未だ動く事も言葉を発する事もしない彼を見つめる。
沈黙がきつい。
冷気を帯びた強い風が二人の間を通り過ぎるように吹いた。
その風が彼を動かす。
一歩一歩ゆっくりと歩を進め、身体が触れるか触れないかの瀬戸際まで近づいた。
「泣かないで、下さい」
恐る恐るという風に伸びた指先が優しく涙を拭う。
「無理よ。だって、あなたの手・・・優しすぎる」
趙雲の指先に自分の指を絡ませる。
「・・・大好きなの」
呟く様に囁かれた声は恋慕の情に満ちていて、思わず彼は口に出していた。
「抱き締めても良いですか?」
至極真面目な顔で尋ねる趙雲に対しほんの僅かに眉が動く。
「だからあなたは真面目すぎるっていうのよ」
くすりと微笑むと彼の胸に身体を預けるように飛び込んだ。
「・・・抱き締めて」
そっと背中に回された腕が次第に力を込めて彼の方へと寄せる。
「了解なんか取らなくて良いの。あなたがしたいと思った時にこうして」
私もこうして欲しい時には飛び込んで行くから。
目を瞑って身体を預ける尚香に微笑みかけてから「御意に」
と何時もの声で囁いた。


落ち行く花は清水の流れを望み

流水は自分の上に花を希望した

望みは叶い 二人の想いは交じり合って溶けて行く

落花流水の如しと


<了>
「カウンタ10000越えて嬉しいぞ企画」で龍姫さんから頂いたリクエストの趙尚小説です。
龍姫さんのみお持ち帰り可ですよ〜。