Whatever is able in case of for you
例のあの日が来るまでもう一週間もない。
内心焦りながら子龍は雑誌に目を落とす尚香をじっと見た。
彼女が見ているのは女性用のファッション雑誌、どうやら小喬に借りたものらしい。
もしかしたらその中に尚香が欲しい物があるのかもしれないと神経を集中させていたが、
中々そこには行き着かなかった。
だがチャンスは急に訪れる。
ページを捲った彼女が嬉々とした声を上げた。
「あ!これ可愛い〜」
目を輝かせてそのページを子龍に見せる。
「ね!これ可愛いよね?」
「欲しいのかい?」
心の中では、ガッツポーズを決めながらも穏やかな口調で尋ねた。
しかしその喜びは次の尚香の言葉によって脆くも崩れ去る。
「ううん、小喬に似合いそうだなと思って」
「・・・そ、そう」
「やっぱ小喬にはこの感じよね、こっちは大喬に似合いそう」
にこにこと微笑む尚香とは逆に子龍は落ち込む事となる。
なぜ彼女は他人を優先するのか?
そういうところも好きだけど、今は、今は自分の事だけ考えて欲しい。
「尚香は欲しい服とかないの?アクセサリーとか」
気づいたら言葉に出して聞いていた。
少し焦ったのがバレたかもしれないと思ったが尚香は気づかずに淡々と答える。
「ん〜・・・ない」
「な、何で?」
「欲しくないから」
キッパリと言われてしまえば、それ以上尋ねる事も出来なくて、
子龍の小さな一歩は崖下へと転がる一歩となってしまった。
「で、結局私に泣きつくんだ?」
「ご、ごめん」
丁度用事があって職員室に行った折に偶然居合わせた小喬に、
すぐに保健室に来てもらって頭を下げた。
プレゼントをあげるなら、巷で流行っているような物や定番の物ではなくて、
彼女が本当に欲しい物をあげたい。
「とにかく知りたいんだ」
「はいはい」
尚香といい趙先生といい、手が掛かるんだから!と言いつつ
楽しそうな小喬は快く子龍の願いを聞いてやる。
「ま、可愛い尚香の為だし頑張っちゃうよ」
「ありがとう」
「その代わり!尚香の事よろしくね。泣かせたら・・・ぜぇったい許さないんだから!!」
笑っていたけど目が本気の彼女に、苦笑しながら答えた。
「尚香を想う気持ちなら、誰にも負ける気はしないよ」
「言う〜!」
茶化す口笛を吹きつつ小喬は嬉しそうに笑う。
「それじゃ早速行ってくるね」
期待して待ってて!と走り去る後ろ姿に深く頭を下げた。
昼食を食べ終わった後、小喬は自分は何が欲しいとか話題を振りつつ核心に迫った。
「尚香ってば、欲しい物ないの?」
「何よ急に」
「助け舟ぐらい出してあげないと可哀想な人がいるからさ〜」
「・・・助け舟?」
「あっと、こっちの話。で、何かないわけ?」
う〜んと小さく唸りながら人差し指をほっそりとした顎に当てながら考える尚香に
期待した眼差しを送る。
しかし彼女の答えは素晴らしい程に淡白だった。
「・・・ない」
「え〜!?一つぐらいあるでしょ!」
「ないんだってば!」
「嘘嘘嘘〜!絶対あるはずだよ〜!!」
「・・・なーんかしつこくない?」
じっと翠の瞳に見つめられ、うっと後ろに仰け反ってしまう。
「小喬〜?」
ずずいと迫られて小喬は降参といった風に両手を上げた。
「わかったわかった・・・ある人がね、尚香の欲しい物知りたがってるんだよ」
「何で?」
「尚香ってばホワイトデーの事忘れてるでしょ?」
「あ、もうそんな時期だったっけ?」
やっぱり忘れてたんだ。と、じと目を向ける小喬にあははと乾いた笑みで返す。
「あんまり気にするイベントじゃないから」
「向こうは気にしてるんだけど〜」
「私、子龍以外には家族にしかあげてないわよ?誰だか知らないけど貰うわけにはいかないわ」
「良いの良いの、向こうが勝手にあげたいだけし」
「・・・・・・」
「尚香が欲しい物全然わからなくて困ってるみたいだったからさ」
「あー・・・だって、欲しい物なんてないんだもん」
「本当に物欲ないなぁ、でもそれじゃ困るんだって」
片手は腰に手を当てて、もう片方の手は人差し指をピっと尚香の鼻先に向ける。
「とにかく、一つ言ってもらうからね!」
「ちょ、ちょっと待っ」
「待たない!」
言葉も途中で遮られ、強気な態度を見せる小喬に逆に今度は尚香がうっと呻いた。
「ほらほらほら、正直に言っちゃいなって!」
「正直にって言ったって・・・あ」
何かを思いついた尚香は頬を僅かに染めて、視線を逸らす。
「あるんでしょ?」
「でも、子龍以外の人には無理よ」
「・・・一応聞かせて」
顔をグイっと覗き込まれ逆らえない事を悟った尚香は、
周りに人が居ない事を確かめた上で小喬の耳元に口を近づけた。
「あのね・・・」
照れた声が届けられ、その答えに小喬は満足した笑みを浮かべる。
「趙せんせ〜」
保健室の前で呼び止められた子龍は振り返る。
走って近づいて来る小喬の表情を見て、例の物がわかったんだと頬を緩ませた。
「わかったのかい?」
「もっちろーん!尚香の扱いなら任せてよ」
満面の笑みを浮かべる小喬に軽く笑った。
「さすが親友だね」
「でしょ!」
「それで、何が欲しいって?」
「物じゃないんだよね〜」
「え?」
「趙先生ってば幸せ者だよ。尚香はね・・・・・・・だって」
「っ!」
「そういうわけだから!ちゃんと叶えてあげてよね」
じゃね〜!と軽快な足音を響かせて去って行ってしまった小喬の後ろ姿を見送って、
子龍は赤い顔に手を当てる。
「そう、くるとは思わなかったな」
ホワイトデー当日、夕方から子龍と尚香はドライブデートを楽しんでいた。
カップルに人気のある夜景が見える場所。とやらに来ているのだが、外は生憎の雨で
車内でじっとしているしかない。
しかしこれも好機かもしれないと子龍は思う。
そっと左手を尚香の方へ伸ばし、彼女の右手を掴んだ。
「子龍、もしかして震えてる?」
「え?そ、そうかな?」
「うん、震えてる」
繋いだ手は暖かいのに震えてて、尚香は小さく笑った。
「ふふ、ちょっとカッコ悪いよね」
「・・・ごめん」
落ち込む子龍に尚香は柔和な口調で語りかける。
「でもね、そういう所も大好きよ」
気づけば頬にキスをされた。
「尚・・・」
「プレゼント、悩んでくれてありがとう」
「気づいてたのかい?」
「子龍の様子を見れば・・・ね」
それに、小喬も可笑しかったし。と、くすくす笑う。
「でも、ちゃんと欲しかったモノくれて嬉しかった」
尚香が望んだものは子龍と手を繋ぎたいという小さな願い。
今まで一緒に歩いたり抱きしめられたりした事はあったけど、手を繋いだ事は一度もなかった。
今回それがようやく叶ったのである。
「子龍の手、暖かいね」
呟いて微笑む彼女が愛しい。
あぁ、その笑顔が見たいから
君の為なら何でも出来るんだ
そう思わせる君が隣に居てくれるだけで
誰よりも幸せなんだ
「・・・愛してるよ」
瞳を閉じた彼女を抱き寄せて、限りない想いを込めたキスをする。
雨に反射された夜景の明かりだけが優しく見守っていた。
<了>
ホワイトデーのパラレル趙尚でした。
ちなみにまたしても例の設定をお借りしております(笑)