もうとっくに
静かな朝、そろそろ目を開けようと思い始めた矢先、
部屋の扉を急かすように叩く音に飛び起きた。
隣で眠る彼女を起こさないように気を使いながら寝台を降りる。
振り返って衝立で扉側から彼女の姿は見られないだろうと確認し、
軽く手近にあった服を下半身だけ着て未だ音が止まない扉へと進んだ。
「はいはい、どちらさん?」
「凌統殿!今日は早朝軍議があると言っておいたはずですが!?」
聞こえてきたのは陸遜の怒りを含んだ声。
はっと思い出して、扉を開ける。
呂蒙辺りにでも呼んで来るよう言いつけられたのだろう、陸遜の顔は焦りと怒りが濃い。
「悪い、忘れてた」
「とにかく!殿ももうすぐお見えになりますから急いで下さい」
「あー、わかった・・・すぐ行く」
お願いしますよ!と再度促してから陸遜は去る。
凌統は彼を見送る余裕もなく、扉をすぐに閉めて溜め息を吐いた。
やばいなぁと頭を掻く凌統の後ろから白い細腕が抱きしめるようにして生える。
回された腕は胸から上へと移り、首を撫でるように動いた。
「どういう事かしら?」
「あ、聞こえちゃいました?」
「そりゃあね。で、今日は一日お休みじゃなかったっけ?」
つんつんと爪を首筋に何度か立てられる。
「・・・怒ってます?」
「うん、怒ってる」
口調は軽いが、その怒りは本物だろうと恐る恐る首から上を背中に向けた。
ぴたりと背中に張り付いている為、彼女の表情は伺えない。
「姫?」
「嘘よ。怒ってるんじゃないの・・・ただ、寂しいだけなの」
尚香の腕をとったまま彼女の方を向く。
夜着を羽織って腰を帯で軽く締めただけの出で立ちは、朝から刺激が強い。
だが敏感に反応してしまっては、軍議に行けないだろうと理性が働く。
そんな思いとは裏腹に彼女の手を放せなくて、潤む瞳と視線が交差した。
「でも、そうね・・・行けないようにしたくなっちゃった」
紅も引いていないのに瑞々しい唇はにぃっと上がる。
ぞくぞくするような翠に吸い込まれ、身体が動かない。
先程爪を軽く立てていた首に、生温い舌がなぞる。
「うぁ、駄目だって姫」
「いやぁよ。こうでもしないと行ってしまうのでしょう?」
「・・・職務ですから」
「どっちが大事?なんて聞かないけど、あなたを離したくない」
耳元で囁かれる切ない声は理性の箍を外そうとする。
「俺、本当に我慢できなくなりますよ」
「そうして欲しいのよ」
凌統の長い髪を遊ぶようにさらりと揺らして、しなやかな手が徐々に肌を伝いながら下がって行く。
為すがままってのもいただけないとは頭で思うが、ここで手を出したら
本当に止まらなくなる事を重々承知している為耐えた。
「や、やっぱ駄目だって!」
理性をかき集めて何とか彼女の手を掴む。
「っ、軍議始まっちまいますから」
息が荒いのは仕方がない。
何せ既に己自身は固くなりつつあるのだから。
むっと眦を上げて、そっぽを向いた彼女は完璧に機嫌を損ねたようだ。
「拗ねないで下さい我が姫。俺だってこのままってのは辛いんです」
あぁ、このまま押し倒してずっと抱きしめていたいってのに。
しかも愛しい姫の機嫌を損ねて何やってんだ?と自分に問いたい。
「すぐに、戻りますから」
「・・・長引いたら、浮気しちゃうかもよ?」
「それは困る、折角手に入れたあなたを逃したくないんでね」
「じゃあ私だけを見てよ・・・他には何も目に入らないぐらい」
そんなの、そんなのは・・・
「もうとっくに俺はあなたの虜なんですけどねぇ」
揶揄するようで本気の一言に尚香は頬を朱に染めた。
「俺はあなたしか見ていませんよ」
職務だってあなたと一緒になるのを認めて貰う為に頑張ってるんですよ。
と、心中で零した言葉はまだ尚香には伝えない。
「だから姫・・・待っていて下さい」
掴んだままの手を優しく握って、頬に口付けを落とした。
<了>