どうか雨の中で泣くのは止めて
見失いそうになる恐怖に
こっちも泣きそうになるんだ
涙雨
ぽつりぽつりと地面にしみを作った雨粒がだんだんと大きく激しくなる。
それを見計らっていたのか、ただの気まぐれなのか、彼女はそんな雨の中に佇んでいた。
城内はとても静かで、雨の音だけが響き渡る。
か細い肩が揺れる・・・あぁ、やっぱり見計らっていたんだとわかって無言で溜息をついた。
ぱしゃぱしゃと音を立てて後ろから近づく。
後数歩で届く距離まで近づいて立ち止まった。
「・・・姫」
呼びかけた声に少しだけ体が動く。
一つの間を置いてこちらを向かずに彼女は口を開いた。
「誰も気づかないかな?って思ったんだけどね」
「やっぱり泣いてたんですね」
「・・・ちょっとだけ。ちょっとだけよ」
おどけて振り向く彼女の瞳に悲しみの色が濃いのを悟る。
当たり前だと思う、父親と上の兄をあっという間に失ってしまった。
その後の彼女は政略に使われ別の国へと嫁ぎ、また政略で戻って来た。
向こうでの生活は悪くなかったらしい。
大好きな人達が出来たのと何度も話してくれた。
「劉備が涙の元ですか?」
「・・・違わなくはないけど、それだけじゃないわよ」
また一段と悲しく笑った。
悲しい嘘は彼女の優しさ。
だからこちらもそれに乗る。
気づかない振りをして、少しだけ笑って。
「そろそろ上がりましょう」
「・・・もう少しここに居たい気分なんだけど」
「風邪をひきますよ」
「・・・じゃあ」
また一つ間を置いて悲しく笑う。
「じゃあ公績が暖めてよ」
本気か戯れか、どちらにせよ凌統には関係なかった。
尚香の手を引いて抱き寄せる。
抵抗も何もしない彼女を抱きしめて、自分の部屋へと促した。
凌統の部屋で尚香は着ているものを全て取る。
白く細い体に彼は息を呑んだ。
「どうしたの?」
ただ黙って立ち尽くしていた凌統に尋ねた。
「今更触れないなんて言うんじゃないでしょうね?」
「いえ、そんなんじゃ・・・いや、そうなのか?」
「どっちよ」
自問する凌統に尚香は苦笑する。
小さく笑い続ける彼女に近づいてその白い頬に触れてみた。
予想以上に柔らかく冷たいその感触に心臓がまた動きを早める。
「ずっと、夢見た光景が目の前にあるんで、また夢じゃないのか?って疑ってるんですよ」
「だったら、もっと触れてよ・・・私を感じて」
凌統の手を両手で覆うように握る。
「姫の手冷たい」
「公績だって変わらないわよ・・・もしかしてずっと?」
尋ねられた質問の答えに無言でいると、「馬鹿ね」と彼女は瞳を潤ます。
零れ落ちそうな滴を指で軽く拭って微笑むと、どちらからでもなく口付けを交わした。
ゆっくりと丁寧に、それでも段々と熱を帯びていく口付け。
気づいたら口内に舌を潜り込ませていた。
「・・・んっ」
可愛い小さな声が耳に残る。
呼吸の為に唇を離すが、またすぐに奪う。
角度を変えて、何度も何度も。
貪るような口付けを終えると二人は寝台へと上る。
抱きしめる体は既に熱くて、先程の冷たさはいつの間にかなくなっていた。
組み敷かれた彼女は艶ある表情で凌統を見上げる。
「・・・公績」
ただ名前を呼ばれただけで、体も心も反応を示す。
「・・・姫」
「公績、来て」
誘う彼女の声に、凌統は力を入れた。
熱を帯びた二つの体が繋がる。
「誰でも良かったんですか?」
事後、落ち着いてから凌統は尚香に尋ねた。
「・・・どうして?」
「気になるからです」
正直に真正面から聞いてくる凌統に照れたように顔を逸らす。
「あの時、後ろから聞こえた声があなたで良かったって思ったの」
「それって」
「・・・あなただったから」
後はわかるわよね?と顔を赤くした彼女が愛しくて。
抱きしめてありったけの愛を囁いた。
「外は滝降、まだまだ愛し合えますよ」
他の奴の為に泣くのは構わない
だけど、泣くのはこの腕の中だけで
君の涙を全て受け止めてみせるから
<了>
シリアス?ほのぼの?どっちだろう?(苦笑)