昼間との気温差が大きくなってきたこの時期、暖かい国のお姫様は
朝の寒さにめっぽう弱く中々布団から出てこようとしない。
侍女達が苦労しながら時間をかけて起こしているので本人も悪いと思い、
自分一人で起きようとは思ってはいるらしいのだが・・・
やはり一人では無理なようだった。
寝台の傍で「姫様、起きてください」と何度も声をかけ、布団を剥がそうと
努力している侍女達と、布団を取られまいと布団の端を持って丸まるお姫様の攻防を
後ろから見守るのもそろそろ飽きた。
同じく彼女に想いを寄せるあの真面目な槍使いの二人なら、
苦笑しながらもずっと彼女が出てくるのを待っていそうだが、自分は違う。
飽きたものは飽きたのだ。
「苦労しているな」
「あ、お早うございます馬将軍」
一人の侍女に続いて他の侍女も頭を下げて挨拶をしてきた。
「姫様、馬将軍がお待ちです」
布団の中で未だに丸まっている人物に声をかけるが、もぞもぞと動いた後は何の動きもない。
「姫様!・・・尚香様!!」
「ん〜」
くぐもった声が聞こえたが、また止まってしまう。
はぁぁと溜息をついて額に手をやる侍女達に苦笑した。
「後は俺に任せてもらって構わない、どうせ今日一日は俺が護衛なのでな」
馬超の言葉に、普段から尚香との仲を知っている彼女達は軽く頷いて部屋を後にする。
最後の一人が出て行くのを確認してから、布団と向き合った。
「・・・さて、やるか」
独り言と同時に布団を掴み一気に剥ぐ。
抵抗している力があったのはわかったが、彼女の力と自分の力では明らかな差がある為容易だった。
「さっむ〜〜〜い!!」
「当たり前だ、もう雪もちらつく季節だ・・・ぞ」
最後の方で語気が弱くなった原因は、尚香の寝間着の胸の部分から銀色の毛が見えた為。
もこもこっとした物体には見覚えがありすぎる。
「・・・おい」
「ん〜何?」
「何、じゃない。それは何だ?」
聞かなくても答えはわかっているのだが、どうしても聞かずにはいられなかった。
馬超の指先が指す先を見て、尚香はあぁと頷く。
「どう見たって尚起じゃない?」
「・・・なんで其処に居る」
「寒かったから」
「・・・・・・」
「孟起?」
淡々と答えた尚香に対し、黙ってしまった馬超を彼女は不思議そうに見つめた。
「孟起?」
再度彼の名前を呼ぶと、寝間着の中で丸まっていた尚起が這い出て伸びをする。
あくびを思いっきりすると、尚香ではなく馬超の顔を見上げた。
金目同士の視線が交差する。
「何か言いたそうだな?」
「・・・にゃ」
フフンと鼻を鳴らす猫にピクリと自分の眉が動いたのがわかった。
腹が立つ、猫になど腹を立てる自分に腹が立つ。
だが、この沸き立つ怒りを抑えることが出来ないのも事実。
「・・・情けない」
「孟起?」
尚香ではなく尚起と睨めっこを続け、ポツリと漏らした一言にまた彼女は首を傾げた。
刹那、隙間から入って来た風に体を撫でられ、くしゃみが一つ。
尚起の暖かさに逃げられ、寒がりのお姫様は身震いをした。
先に動いたのは猫の方。
だが、向かった先は尚香ではなく部屋の扉で、隙間に手を器用に挟めて自分の体が通る分だけ開けた。
首から上を馬超に向けて、少し笑ったように見える。
「譲ってやるよ」とでも言ったのか、そのまま尚起は一言も鳴かずに出て行った。
猫が消えて行った扉の隙間をしっかりと閉める。
こっから先は、猫はもちろん天変地異にさえ邪魔なんかさせない。
尚香の寝台へとどっしりと腰を下ろした。
ただ、次の行動に移れない。
手を伸ばせばすぐ抱ける距離にいるのに、手を動かせなかった。
「今日は私より尚起の方に気が行ってるのかしら?」
少し拗ねた彼女の声に其方を向いた。
視線が合った瞬間、優しく笑うのは翡翠の瞳。
「やっとこっち向いた」
「あぁ、そういえば」
「私と視線を合わせたの、今日は初めてよ」
少し会話はしたが、視線は合わなかった。
猫と睨みあってた時間の方が長い。
「・・・拗ねたのか?」
「拗ねたくもなるわよね、私を放っておくんだもの」
でも、と付け加え尚香は微笑む。
「こうやって暖かくしてくれるなら許してあげるわ」
言葉と同時に馬超に抱きつき、胸に頬を寄せた。
少し冷えた体温が合わさって瞬時に暖かくなっていく。
馬超の顔に笑みが戻る。
「では、大事な姫君に許しを貰おう」
ふっと笑ってそのまま尚香の体を抱きしめた。
そして彼女の腕も彼の背中へと回る。
「あなたが誰より暖かい」
<了>
久々に文という文を書きました。
猫小話シリーズの最新話、やっぱりこのシリーズは書いてる方も楽しいですv