スカイライン スポーツ 7月 7日 http://www7.ocn.ne.jp/~yandm/   

スカイライン・スポーツとは?

1959年、2台の車がイタリアのカロッツェリアテリアに発注された。発注したのは、東洋の新興メーカーである富士精密工業梶i後のプリンス自動車工業)。日本から送られた2台のスカイラインシャシーは、それぞれクーペとコンバーチブルのスポーツカーがデザインは、ミケロッティー、コーチワークはアレマーノに依って架装された。

1960年のトリノ・ショーで公開され、その斬新なスタイルから多くの人々の関心を集めた。

1961年、日本でのプレス発表、東京モーターショーへの出品。

1962年4月に「スカイラインスポーツ」として発売された。流麗なスタイリングとは裏腹に、クーペで185万円(グロリアは105万円)と言う価格の高さから、240台計画に対し、53台が発売されたのみであった。

時代は高度成長期の前夜であり、早すぎた登場であったが、その先駆けとしての偉業はプリンスの魂そのものである。

(以上、日産広報誌「CLUBLIFE」より引用)

 

CLUBLIFE Vol.201を読んで、全く同じ運命を辿ったクルマを連想したのでした。

時代的には約35年の隔たりがありますが、架装手法も架装地も同じイタリア、そして評価・結果もほぼ同じでありました。

そうなのです、仕掛け人が同じ人、又はその流れを汲む方なのです。

想像するに、過去に失敗の苦汁をなめたその方が、二度目のチャンスに賭けたものと思われます。

私から見れば当然の結果なのです。

他人の話しに耳を貸さない、人並み外れた「自信家魂」がそうさせたと思っております。

 

これと同じ運命を辿ったクルマとは何でしょう?

そして、このスカイライン・スポーツの様に時空を超え、輝きを解き放つのか・・・。

そして、このスカイライン・スポーツの一台がレストアを施され、座間の記念車車庫に保管されるとの事であり、公開が待たれます。

 

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