日産A型エンジン 5月 25日   http://www7.ocn.ne.jp/~yandm/   

読者のご要望にお答えし「日産A型エンジン」を題目とする。

何の資料も用意せずして書けるほど愛着がある。確かデビューは昭和41年2月のサニー1000セダンであった。このエンジンは、日産・鶴見のエンジン設計が担当していた。その後開発担当が日産・荻窪に移り、エンジン部隊鶴見統合になり、又鶴見に移った経緯がある。

他社が700800ccの時代に他社に先駆け1000ccを投入したのである。その後1200ccに拡大され、更には14001500とモデルチェンジの度に排気量をアップしていくのである。それは、排気規制対応であったり、安全対策の為の車重増に対処する為であった。欧州には13001600が投入されていた、確か国内税制の為と記憶している。国内にも意外としられていない「A12A」なる1240ccのエンジンもあった。

エンジンの基本設計は、OHV(オーバー・ヘッド・バルブ)と言われるものである。カムシャフトをシリンダーブロック内部に設け、プッシュロッド・ロッカーアームを介しバルブを駆動するタイプである。ターンフロー・リバースフローと呼ばれる方式である。シリンダーヘッドの排気ポート形状が四角であった。これは今でも理解できない。

燃料供給方式は、キャブレター方式を標準とし、スポーツモデル1200GX1400GXにはSUキャブレター、1400GXの後期型・1500EGI仕様がラインナップされていた。

日産・鶴見エンジンでは、L型とA型が有名でしょうか。何が有名にしたかと言えば、レース活動である。プロダクションレースから1300TSレースまで幅広く活躍した。プロダクションレースでも8,000回転は裕に回った。最高峰の1300TSは、改造範囲が広いとは言え、最高11,500回転まで回り、170馬力オーバーだった。リッター当たり何と 130psを越えているのである。私も鈴鹿のTSは好きで、良くピットに入っていた。

そのTSについて少々。シリンダーヘッドはアルゴンで埋め、独自に製作していた。燃料もレースガスを使用し、点火時期も一定、その為、低速はバラバラで回らない。カムシャフトをゼロから作るなんて常識、チタン製のコンロッドの軽かったこと・軽かったこと。

私が、このレースに借り出される羽目になったのは、当時「ヤマト シビック」が好調で、「ホンダと日産の戦いだ、負けるわけにはいかない、手を貸して欲しい」だったと記憶する。片や富士では、ツーリングカーレースだったか、トヨタスターレットをDOHC化した車両もあったが、決して引けを取らなかった。このことがDOHCは、早い・高性能と思わない私の根拠になっている。

スリックタイヤを使用していたが、我がチームは予算が無く、コンパウンドの違うタイヤを付けて行かせたら、即コンパウンドが違うとピットインして来た。このクラスのドライバーも一流であった。この当時の車両は外板が薄く、レースカーは地面が見え、冬場は寒かった。

私もこのエンジンが好きで、このエンジン搭載車は5台乗り継いできた。中でも、チェリーX1-Rは燃費が良く、20km/Lは裕に走った。

当時ミッションは4速が主で、サニーGX5だけが5速であった。どの車にも思い出がある、キャブ交換、ミッション交換すべて自分一人でこなした、何故か部品は楽に入手できたのである。

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