岩手県立盛岡第一高等学校1960年卒在京同期会
在京白堊三五会・エッセイ『無料送迎バス』by佐藤勇夫






『無料送迎バス』


 連休が始まる頃、群馬県と新潟県の県境にある、ある温泉地(営業妨害にな
る可能性があるので具体的な温泉地名は挙げないことにした)に家人と行くこ
とにした。無料送迎バスがあり一泊二食付で1万円を切り、売りは夕食バイキ
ングでのタラバガニの食い放題である。年金生活者には魅力的に見えた。 

 この温泉地は数年前から新聞に無料送迎バス有り、と頻繁に広告を打ってお
り、その必死さから余程人気の無い温泉地ではないのかと気になっていた。し
かし、そのバスの出発地が上野駅や東京駅で我が家からチト遠過ぎるので実現
に至っていなかった。                        

 そんな時に4月中旬から川越駅からも無料送迎バスが出る、との広告があっ
た。川越駅であれば家から30分もあれば着くので、早速ホテルとバスの予約
を行った。連休に近いこともあり料金は1万1千円。バスは川越駅を11時過
ぎに出るという。                          

 当日は少し早目に家を出て集合時間の20分前には集合場所に到着した。誰
も居らず、早過ぎたかなと思ったところに温泉地の名前が書かれた中型バスが
到着した。にこやかに運転手が降りて来て、時間が少し早いが迎えに参りまし
た、と丁寧に挨拶され、お客は我々夫婦二人のみである、とも言われた。30
人は乗れそうな中型バスを運転手付きで貸切りとなったのである。これは悪い
気はしないが、それでは経費倒れではないかと心配になり、運転手に「申し訳
無いですネ。これでは商売になりませんネ」と言ったら、「未だ宣伝が行き渡
らず、今日はこんな状態ですが、先行投資と思いやっております。今回はお客
さんが佐藤さんご夫婦のみでしたので、リムジンでお迎えしようかな、とも思
ったのですが、バスで参りました」と運転手が答えて呉れた。      

 リムジンで迎えに来て貰ったら良かったなー、と思いつつ「このバスはその
温泉地の組合のようなところで運営しているのですか?」と聞いたら、「いい
え。私共ホテル専用で運営しております」と運転手。「それは大変ですネ。何
台もバスを持っているのですか?」。「4、5台持っており、大型バスもあり
ます。都心出発のバスは結構混むんですヨ」とのこと。         

 何しろお客は我々二人だけなので、運転席から余り離れたところに座るのも
如何なものかと思い、運転席の直ぐ後ろに座り、上記のような話しをしながら
道中を過ごし、2時間ほどでホテルに到着した。ホテルには彼方此方から出発
した無料送迎バスが到着しており、結構な賑わいではあった。      

 ホテルは結構大きかったが、汚れも目立ち、「中の下」というところか。温
泉も特徴が無く、やや物足りない感じ。露天風呂もあったが、生活感溢れる風
景が目に入り、ただ単に外にあるお風呂、と表現した方が良さそうであった。
 夕食バイキングは確かにタラバガニの食い放題ではあったが、品質はやや微妙。
でも無料送迎バス、しかも貸し切りバスで1万1千円では仕方が無いか、と納
得。更に、思いがけずお花見が再び出来たことは嬉しいことであった。この地
は桜の開花が青森県と同じなそうである。               

 帰りも貸し切りバスかな、と思ったが他に3人のお客があり、計5人。聞く
ところによると、川越行きのバスがあるということを聞いて他の送迎バスから
移って来たそうだ。同じ中型バスに5人がユッタリと乗り、連休早々の上りの
高速道路であったので、渋滞も無く2時間足らずで川越に到着した。   

 家に帰り、家人と、この温泉地には多分もう行くことはないだろうな、と総
括。この温泉旅行のために用意した資料等を整理していて、改めて新聞広告の
切り抜きを見てみた。そうしたら料金表示のところに小さい字で「電車又は車
で来られた方は1000円引き」と書いてあることに気が付いた。「無料送迎バス
有り」と大書してあることに気を取られ、「1000円引き」には気が付かなかっ
た。良く考えてみたら、これはおかしいゾ。一人1000円を負担していることに
なるのではないか、と。                       

 行きは貸し切りバスで、高速料金が片道2,700円、往復で5,400円。運転手の
時給が1,000円としても往復で少なくとも5,000円は掛かっている筈。ガソリン
代(軽油かも)も掛かるので、往復で12,000〜13,000円は掛かっているのでは
ないだろうか。これ以外にバスの償却費、補修費などもあり、結構な金額を負
担して貰っていることに恐縮していたが、この「無料送迎バス」と「1000円引
き」のカラクリには違和感を覚えた。                 

 果たして世の中に「無料」というものが本当にあるのだろうか?「子供手当
て」、「高校授業料無償化」等々、貰う人は嬉しいであろうが、良く良く考え
れば(良く考えなくても判ることではあるが)、その費用(コスト)は税金又
は借金で賄うのである。借金は踏み倒せない場合は誰かが負担しなければなら
ない。私自身、大声で「税金を払っているゾ」と言えるほど払ってはいないけ
ど、国民の義務として応分の負担をしている積もりである。白堊35会の皆さ
んも同じと思っているところであります。勿論多くの税金を払って呉れている
方々も居られることも知っております。                

 最近のこの国の政府はやたらと大盤振る舞いをしたがっているけれど、国民
の三大義務、「納税の義務」、「勤労の義務」、「教育の義務(義務教育)」
についてもっと声高に国民に訴えるべきではなかろうか。「無料送迎バス」で
ふと思ったことではある。                      

                              おわり 

                  平成22年5月4日         
                       佐藤 勇夫