岩手県立盛岡第一高等学校1960年卒在京同期会
在京白堊三五会『南部鉄器(日本の伝統工芸品・第一号)』
by横澤利昌


Japan SPOTLIGHT 誌論文3編のうちの A の日本語訳



南部鉄器(日本の伝統工芸品・第一号)                  
 城下町のたたずまいを今に残す岩手県盛岡市。良質の鉄が豊富に産出されたため、江
戸時代初期に南部藩主が京都から釜師を招き、茶の湯釜などを作らせた。その茶の湯釜
を小ぶりにし、注ぎ口と取っ手をつけ試作したのが始まりと謂われている。これが瞬く
間に民衆に広がり、今日ある世界的ブランド“南部鉄器”を完成させた。南部鉄器は
1975年に当時の通産省から「伝統工芸品」の第一号の指定を受けた。     

   400年前から続くその製法は、砂と粘土で鋳型を作り、焼き上げた後、鉄を溶かし
流し込む惣型(そうがた)と呼ばれる鋳物技術の歴史は古く、制作物としては中世の梵
鐘(ぼんしょう)にみられるが現在その技術を伝承している技術者は数少ない。盛岡は
その技術を残す世界的にみても大変貴重な産地である。この技法に不可欠な良質の鉄と
共に、豊富な木炭、鋳型に適した砂に恵まれた盛岡は、近世にいたり技術と意匠、その
品質を飛躍的に発展させた。                         

 鉄は長い間には錆びて地球の土に返ってゆく自然の素材である。しかし、数百年もの
昔の鉄瓶が現在でも使用されているのを見かける。これは、使用法に留意して使い込ま
れた結果といえる。                             

 また、鉄瓶の湯ははじめから飲めるが真にその魅力を発揮するのには時間がかかる。
内部に「湯垢」がつき湯の味がさらにまろやかになり、外部が鉄地の落ち着いた味わい
になるまでは、内部も外部も刻々変化してゆく。このように鉄瓶は使うほど味わいを増
してゆき甘美な湯を楽しむことができる。                   

「釜定」の釜師として                           
 2008年、NHKの朝の連続ドラマ「どんと晴れ」で南部鉄瓶を作る職人が登場す
るが、それが「釜定」の工房であった。釜定の鉄瓶は、昔ながらの伝統技法のより40
もの工程を経て、手作りでひとつひとつ造られている。吟味した鉄配合に加え、いまだ
に南部鉄瓶古来の「焼き抜き」技法を守りさび止めを施している。「南部鉄瓶に金気な
し」といわれるように、充分に「焼き抜き」をされた鉄瓶は金気が生じない。これは仕
上げの工程で鉄瓶を炭火に投じ、約900度で焼き内部に酸化皮膜を作る。これが「黒
錆び」(FeO)とよばれるもので、赤錆や金気を防ぐ役割を果たしている。鉄瓶の内
部に触れない理由はこの酸化皮膜を損なわないようにするためである。      

 湯の味のよいのは、「黒錆び」の皮膜のうえに「湯垢」が幾層にも重なってゆき丈夫
な層を形成していき、同時に微量の鉄分が溶け出し、これが美味しい湯を生み出してい
る。近年、鉄分は身体に好影響とされ健康を気づかう女性の間では、鉄瓶人気が高まっ
ている。鉄瓶で沸かしたお湯には、鉄分がほどよく溶けだし、コーヒー、紅茶、緑茶、
乳幼児のミルク用に使うと、味をまろやかにしてくれると同時にいずれの食品中の鉄よ
りも身体に吸収しやすい鉄分(二価鉄)が補給できるからである。        

 また外面は本漆を用いた渋い黒系の仕上げを特徴とし、従って使えば使うほど、鉄瓶
の味わいや光沢がましてくる。形は飽きのこない意匠を心がけ、使いやすいことに意を
払っている。                                

守る製法、変えるデザイン                        
 ゆったりした時の流れを感じさせる街並みにふさわしく、昔ながらの風情ある白壁の
蔵造りの店を構えるのが、明治時代からつづく南部鉄器の老舗「釜定」である。  

 初代・宮権次郎(天保12年生)から続く南部鉄器の老舗「釜定」の宮伸穂氏は3代
目。東京芸術大学大学院終了以降、フィンランドで暮らしたこともある。彼の作品は、
シンプルでありながらも重厚で斬新な美しさがあり、米国、フィンランドなど海外でも
名高い。1989年、中尊寺金色堂鞘堂宝珠修復および制作。1996年、岩手茶道美
術工芸展グランプリなど数々の賞を受賞。2003年、ニューヨーク近代美術館に斬新
さに富んだ鉄器づくりに工夫をこらす。                    

 釜定の店内には、昔ながらの茶釜や鉄瓶をはじめ、風鈴、花器、灰皿、鍋、飯釜、フ
ライパンなど、生活に関するあらゆる鉄器を手がけている。 シブい黒の肌合いが美し
い鉄器がところ狭しと並んでいる。伝統に裏打ちされた高い技術と、時代とともに色あ
せないシンプルな中に斬新なデザイン、「伝統工芸を受け継ぐとは、製法をきちんと守
 り伝え、深めること。そしてデザインは既成のものを破らなければならない。なぜなら、
変化していく時代にあって“モノ”も変化していかなければならないから。」と釜定の
 3代目・宮氏は言う。時代を超えた鉄器は、たえず進化しつづける名工にこそ生まれる。