好きでいて、ごめんね。
阿部君は、すごいと思う。
とってもカッコ良くて、 とっても頭が良くて。 こんなダメダメな俺なのに、見捨てずに 仲良くしてくれて。 嫌そうな時もあるけれど、 たまに意地の悪い時もあるけれど、 でも、それでも最後には きちんと面倒みてくれる。 …とても、 とっても優しくて。 …とても、 とっても一生懸命に、俺の事を考えてくれて。
…とても、 とても…
だから、かも、しれない…。 いつの間にかに 俺は、どうしようもないほど とても、とても阿部君が…
「…好き…」 になっていた…。
「おまえら、いい加減にしろよ…」 野球部主将の花井が眉間に皺をこれでもかって程よせて、心底うんざりとしたかの様につぶやいた。 そんな花井に負けじと劣らず、阿部はさも嫌そうに言葉を吐き捨てる。 「しかたねぇだろ」 「しかたないわけ、ないだろう!!」 自分のいらいらを隠そうとせず、尚かつ三橋に八つ当たりをする。 そんな、阿部の態度が気に入らない。 花井は、更に声を荒れさせた。 「少しは、相手に合わせようとしろよ」 「してるさっ」 「してないから言ってるんだ!!」 「してたんだよっ!。これでもかってぐらいに!!」 「それが、この結果かよ!!」 「じゃぁ、どうしろってんだよ…!!」 事の始まりは、つい5分前。 阿部は三橋の肩を気遣い、自分からのサイン意外にも自分で投げたいように投げられるようにと考えて、自分の意見をこちらに送るという訓練をしていた。…だが。 ミットを構える阿部に、三橋は、一向に自分のサインを送ってこようとしない。 …まぁ、三橋の事だし、しかたがないか…。 三橋が何かサインを送るまで、たぶん時間はかかるだろうなと思った阿部は、ミットを構え直すと根気強く待った。 1分がたち、5分が過ぎ、10分が経過し…。 20分に差しかかるところで、とうとう阿部がブち切れたのだ。 阿部は付けていた面を乱暴に外すと、青筋をこめかみにつけて、眉間にこれでもかってほどの縦じわを作り、凶悪なツラで三橋に迫った。 『お〜ま〜え〜はぁぁぁ〜〜〜〜っっ!!!』 『ごごごご…っっ!!!』 怯えて“ごめん”の“ご”しか言えてない三橋に、阿部は苛立ちを露わにした怒声をあげた。 『いい加減にしろーっっ!!!』 『あぅっ!!』 そんな二人のやり取りを見ていた花井が、慌てて止めに入る。 『お前の方が、いい加減にしろっ!!』 と、声を上げた花井だが…。 だが、阿部の気持ちは、よくわかる。 必要以上にオドオドビクビクしている三橋は、ハタから見ていると思わずド突き飛ばしたくなるほど、とにかくやたらとムカツクのだ。 しかし今はあえて、その考えは無かったことにしておく。 『よく考えても見ろ、三橋がそんなに簡単に意見が言える様なヤツなら、この学校にいるわけないだろ』 あまりにももっともな意見に、周りでハラハラと心配そうにしていた面々も、うんうんと首を縦にふる。 それが面白くなかったのか、阿部はことさら嫌そうに尚さら大きな声で花井に突っ掛かったのだ。 そして、現在に至る。
「俺は、もう無理っ。今回は、ほんっとーに無理!!」 「う…っ。ぅぅぅ〜。ごめ、ごめん…なさい…」 ウンザリと言葉を吐きながら背中を向けた阿部に、真っ青になった三橋は必死に謝ろうとするが、声にならない声では阿部のイライラに火に油を注ぐ様な物だ。 「はぁ…」 こういう時の阿部に、強い事を言えば突っぱねられる事を知っている花井は、声音を改めた。 「阿部。…お前がどれだけ耐えているか、判るから。ほんっとに、判っているから…。もう、そのぐらいにしておこう。な?」 「…俺は、悪くないからな…っ」 「あ、…ああ。まぁ…な」 一向に非を認めようとしないガンコな阿部の言葉に、花井はつくり笑であいまいに答える。 「…ぅ…っ。うう…っ」 そしてその後ろにいる、怯えきった目にうるるうっと涙をためている三橋に、片手をあげて落ち着く様にサインを送った。 「…はぁぁ〜」 まるで、近づこうとすれば、逃げる逃げ水の如く。 まさに犬猿。 まさに水と油。 …不憫だ…。 本当にこいつら、不憫だ…。 …どんなに阿部が頑張っても、三橋がいつまでもこれじゃ意気投合するなんて、夢のまた夢。もはや、不可能なんじゃ…?。 花井は、魂が抜けるんじゃないかってぐらい深くて重い溜め息を吐くと、頭を抱えた。 「あああ…、どうすれば…」 「んじゃぁさぁ、こういうのどう?」 ひょこ。 っと、田島は重苦しい雰囲気を物ともせず、あっけらかんとして三人の間に割って入った。 「まずは三橋に、本音で話させるの。いつまでもこんなんじゃぁ、ラチがあかないし、阿部だって三橋の煮え切らない態度が、すんっげーむかつくんだろ?」 「…ああ」 「だったら、いっぺん腹割って話してみりゃ、スッキリするじゃん」 こともなく言う田島に、花井はあきれた顔を向ける。 「どーやって、割らせるんだよ。三橋に。…そっちの方が難しそうじゃないか」 「そうか?。三橋に、自分の思った事を言えるようにさせるんだよ。簡単じゃん?」 「その簡単な事を、どうやるんだよ」 「それは、俺にまかせろっっ!。厳密になっ!!」 片眉を下げて不安そうに見下ろす花井のイガ栗頭を、田島はぺちっと叩きながら、胸を張って V サインをする。 「へっへっへ〜」 やたらと自信満々な田島に、その場にいた一同は嫌な予感を感じていた。
「…って、おい…」 阿部はこの現状に、突っ込まずにはいられなかった。 「なんなんだよ、コレは!!」 「なにって、酒v」 ここは三橋の家。 そして、テーブルの上に広がるのは酒の山。 「そうじゃなくて、何で酒なんだよ!!。しかも、こんなに大量にっ!!」 「本音で語り合うのなら、やっぱ酒だろ!。酒!!」 と、言うと田島は、自分のコップになみなみと手酌でつぎだした。 …ただ単に、お前が飲みたいだけじゃないのか…?。 やたらと手慣れているその注ぎ方に、阿部は絶句する。 そんな阿部の心情を知らぬ田島は、片手に持った酒瓶に嬉しそうに頬ずりをしながら、酒の出所をあかした。 「ウチの親父、肝臓ぶっ壊して酒飲めなくなっちゃってさー。庭掘り返して、そこに酒を埋めていたんだ。丁度良いから、そっからもらってきた」 にかっ。 無邪気に笑う田島に、もう何を言っても無駄だと悟った阿部は肩を落とす。 「ほら、飲んで飲んで」 「…花井は、知っているのか?」 「知っているわけないじゃん。知っていたら、こんな飲み会できるわけがないだろ」 「まぁ、な」 阿部は、改めてメンバーを見渡した。 「三橋と田島は、まぁいいとして。…何故、栄口と水谷がここに居るんだ?」 先ほどから気になっていた阿部の疑問に、田島は事も無げに答えた。 「飲むのは大人数の方が、楽しいじゃん!」 「いや、それ、返事になってねぇから…」 その漫才の様なやり取りを見ていた水谷が、田島の代わりに阿部の疑問に答える。 「俺たちは、田島に誘われただけだけど」 水谷の隣にすわっていた栄口が、田島から日本酒を注いでもらいながら聞いた。 「そういえば田島、なんで俺と水谷だけに声をかけたの?」 「だって、栄口と水谷もフツーに酒飲めるっていうからさ」 田島の答えに、阿部は思わず目を丸くする。 「え?。水谷はともかく、栄口って飲めるのか!?」 「うん。実は、お酒好きなんだよね」 へへへ…と、笑いながら栄口は頭を掻く。 「へぇ…」 同年齢に酒好きが意外に多く居る事が、“お酒は二十歳から”が常識でいる阿部には信じられなかった。 田島が今度は、阿部のコップになみなみと日本酒を注ぐ。阿部は注がれた日本酒の匂いを嗅いでみた。 すると、つーんとする酒の匂いが脳天に直撃し、目の前がグラグラする。 強い酒気にあてられた阿部は、顔を歪めた。 「…うっ。やっぱり、俺はいらない。この匂いだけで、頭が痛くなる」 鼻を押さえる阿部に、水谷は意外そうに声をかけた。 「あれ?。もしかして、阿部って飲んだ事ないのか?」 「あるわけないだろ。そもそも俺のウチ、誰も飲まねぇし…」 酒の入ったコップを恨めしそうに見る阿部に、水谷は苦笑いをする。 「ああ。だったら、初めから日本酒はきっついよな」 「んじゃさぁ、これならいけるだろ」 と、言うと田島は、コップにジンを少し入れ、それにオレンジジュースを注ぎたした。 「…ほら、これはどうだ?。ほとんど酒の味しない…っつーかもはやジュースだし」 なにげに日本酒入りのコップを自分の方に持ち寄ると、代わりにスクリュードライバーを阿部の前に置いた。 「いや、俺は別に酒なんか飲まなくてもいいだろ。そこにあるジンジャーエールで…」 「だめ!。コレは酒に混ぜて飲むために買ってきたの!!」 阿部が手を伸ばしたジンジャーエールを、田島は慌てて引ったくるかの様に抱きかかえた。そして、すぐさま三橋に声をかける。 「三橋はどうする?。オレンジで阿部と同じモン作ってやろーか?。それとも、こっちのジンジャーの方が良いか?」 すると、三橋はおずおずと、銘酒“久保田(千寿)”を指さす。 「…あ、これ…で、平気…」 今まで水谷や栄口に注いでいたものではなく、銘酒と名高い日本酒を指さす三橋に、田島はとても嬉しそうに破顔する。 「うわぁ!?。三橋ってば、意外にいける口?」 「う、うひっへ…」 「梅酒や八海山でもなく“久保田”を指さすなんて、よっぽどの酒好きだぞ。何だよ、意外に三橋って悪ぃヤツ!」 「…う?。お父さん、に。晩酌、付きあえって、言われて…よく。あと、お正月とか、おじいちゃんのウチ、いっぱい置いてあって、美味しい…から。…じいちゃんに付き合って、“万寿”とかよく、飲んでた…」 「マジで〜!!。良いなぁ。俺のウチ、安い酒ばっかでさぁ。高い酒は子供にゃ勿体ない!!。って、言って飲ませてくんねぇの」 ギュポンっと酒瓶を開けた田島は、三橋のコップに酒を注ぐ。 「ちなみに、俺の一押しは、近所で作っている富久心!。あっさり辛口で旨いんだ」 銘酒談義に花を咲かせる二人のやり取りを、阿部は静かに聞いていた。そして、心の中だけで冷静にツッコミを入れる。 オッサンか、こいつら…。 間違っても、高校生の会話じゃないだろ。 「ん、じゃ、かんぱーい!!」 「かんぱーい!!!」 全員に酒が注ぎわたると、田島が乾杯の音頭をとった。酒好きの4人組は、一気に盛り上がる。 「かんぱーい…」 そんななか阿部は盛り下がり気味に、とりあえず付き合い程度に投げやりな声を出した。 「ん…。やっぱり、酒の味がする…」 一口飲むと、爽やかなオレンジ味の後に酒の辛さが舌の上に残った。阿部は、顔をしかめる。 そんな阿部の様子に、田島は面白そうに声をかける。 「なんだよ。阿部って、子供舌だったのか」 田島の嬉しそうにからかう声に、阿部は心の中で“どっちが子供だよ…”っと吐き捨てながら冷静に切り返した。 「別に、嫌な味じゃない。ただ、慣れないだけだ」 しかし、やっぱり子供は子供な返答をした阿部。 そんなやり取りに関心を示さないでいる他三名は、聞き酒を始めていた。 「なぁなぁ三橋。コレ飲んでみ」 二杯目をコップに注いだ水谷が、そのコップを三橋に渡す。 「ん…。あ、美味しい。これ、美味しいよ!」 ちょーヤの梅酒。食前酒だが飲み口があっさりしていて旨い。 「だろ?。安くて旨いアタリ酒って、意外に多いんだよな〜」 「どれ?。あ、ホントだ。美味しくて飲みやすいね、これ」 楽しそうにまわし飲みをする三人を見ていると、だんだんと蚊帳の外気分になってくる。 何だか楽しくなるどころかむなしさを覚えた阿部は、手に持っていたスクリュードライバーを一気に飲み干した。 ダン!。っと、少し乱暴にテーブルにコップを置くと、手を栄口の方に向ける。 「それ、俺にも一口くれ」 「ん?。ああ、いいよ」 栄口は、まわし飲みをしていたコップを阿部に渡す。 皆が“美味しい”と言っていた酒だ。どこか旨い所があるのだろうと思った阿部は、まるで水を飲むかの様に飲んでみた。 「…うっ…。酒だ」 しかし、酒はやっぱり酒。飲み込んだ酒は舌から喉を焼き、そして腹の奥で燃えるかの様に熱を帯びている。 阿部は、思わずむせりそうになった。 酒の痛みに顔を歪める阿部に、田島はあきれかえる。 「酒以外の、なんだと思ったんだよ」 「いや、旨そうに飲むから、旨いのかと…」 「旨いよ」 「うん。旨い」 こんなモノを旨いと連呼する連中が信じられない。 「三橋も旨いと思うのか?」 「…ぅ、うん」 一縷の望みを託して三橋に声をかけるが、三橋も旨いという。 阿部は納得がいかずに、歪めた顔をさらに歪めて手に持っているコップを睨み付けた。 「意外だよな〜。阿部が酒、飲めないなんて」 「そうだよな。なんか、酒とかザルっぽい感じするのに」 「うん、うん。最後までシラフで、悪酔いした仲間の介抱とかしていそうなタイプだよね」 水谷と栄口は、顔を見合わせて肩をすくめる。 そして、田島の口からとどめを刺された。 「その実際は、お子ちゃまな阿部くんだったなんてな〜」 「…(怒)…」 三人にとっては何気ない一言だったのだろう。しかし、阿部にとってはプライドをずたずたにする一言だった。 睨み付けていた梅酒を阿部は、息継ぎなしに一気のみした。 「あ、ああ阿部くん!?。だ、だいじょう…ぶ?」 無茶な飲み方をする阿部に、三橋は思わず声をかけた。 ギロリ…。 「ぴぃっ!!」 心配そうに声をかけた三橋を、阿部は不快そうに睨め付けた。 「…ちっ」 思わず三橋に八つ当たりしそうになる自分に気がついた阿部は、自分自身に嫌気がさして舌打ちする。 ささくれ立った気分を切り替えようと、阿部は頭をガリガリと掻いた。 「…おい、俺にもそっちよこせ…」 阿部は田島の横に置いてある酒、久保田を指さす。 「あ〜。阿部にはこの酒、無理だって」 そう言って、またスクリュードライバーでも作ろうとオレンジジュースに手を伸ばした田島に、静かな怒気を含ませて、深くて低い声を阿部は出す。 「いいから、注げ」 既に酔っぱらいな阿部は、真っ赤な顔をして目が据わっている。 「あ、…阿部、くん…」 三橋は心配そうに、ただただオロオロするばかり。 「だ、だ、めだよ。そ、んなに飲んだら…」 そんな三橋の心配をよそに、水谷は楽しそうに声をかける。 「いいじゃん、三橋。滅多にない機会なんだしさぁ…」 栄口も阿部に聞こえない様に声を潜めて、微笑みながら言った。 「うん、うん。真面目な阿部くんが酔っぱらったらどうなるのか、見てみたいよね…ふっふっふ」 その横で、田島がにやぁっと笑う。 「虎になるか、ヘビになるか。はたまた、笑い上戸になるか泣き上戸か、…こりゃ、一見の価値があるなぁ…」 ふだん硬派な阿部の本性を、暴き出すチャンスだ。 …写真を撮るもよし、三年間ネタにするも良し…。 以心伝心した企みに、三橋を抜かした三人は頷くとすぐさま酒瓶を手に取り阿部のコップに酒を注ぎ込む。 「よし!。飲め飲め阿部!!」 「おうっ!!」 友の企みに気がつかない阿部は、三人に注がれた酒をなんの疑いもせずに煽り飲む。 「あ、あ、あ、あべ、くん…」 そんな中ただ一人三橋は、はわはわと右往左往した。 「いよっ阿部くん、漢だねっ!!」 「いいぞ!!。阿部!!」 「ぶはーっ!!。…次持ってこーいっ!!」 「おしっ!!。うりゃ、飲め飲め飲め〜♪」 二杯目を飲み終えた阿部に、三杯目を注ぎたそうとしたとき。 「…うっ…」 見る見るうちに、赤かった阿部の顔がサーッと青くなっていく。 「どうした?」 「…きぼじ、わるぅ…」 「はぁぁ!?」 「…吐く…」 「うわぁぁぁぁ!!」 ズザッっと、阿部の周りにいた田島と水谷が引いた。 栄口は、辺りを見回す。 「バケツ、バケツ!!。もしくは袋っっ!!!」 「ぁ、う、このゴミ箱に」 三橋は、すぐわきにあったゴミ箱を栄口に渡す。栄口はそれを受け取ると、すぐさま阿部の眼前に持っていった。 「ほら」 「う、ぅぅぅぅ…」 ゴミ箱を受け取らずに、阿部は必死に吐き気に耐える。 「吐け!。吐けばスッキリするぞ!!」 そんな阿部に、田島は声をかけたが…。 「…嫌だ…」 と、阿部はゴミ箱を突き返す。 「吐かねぇ…。俺は、絶対に吐かないぞ…っっ!!」 「うわぁ…。ガンコというか…」 「う〜ん。でも、とりあえず、念のためゴミ箱は抱えとけな」 「…」 「阿部?」 「…ぅ…。…そうする…」 そうとう辛いのか。渋々と言った様子だが、阿部はゴミ箱を抱えてうずくまる。 シラフでは見られないだろう、情けない姿に一同満足そうににんまり。 …とりあえず、三年間はネタにできそうだ。 ゴミ箱を抱えて険しい顔の阿部を、しっかりとシャメをに納める栄口。 そんな栄口に、田島は声をかけた。 「お主も悪よのう…」 「いえいえ、お代官様こそ♪」 栄口、…実はお前、黒いだろう…。 二人のやり取りを見ていた水谷は、少し栄口の認識を改めようと思った。 「あ、…あ、べくん?。阿部、くん。…だいじょう、ぶ?」 一人オロオロしていただけで何もできなかった三橋は、やっぱりどうしても阿部が心配で、怒られるかもしれないけれど、そばに寄って勇気を出して声をかけてみた。 「みは…し…」 がしっ!!。 っと、阿部はすぐ隣にあった三橋の顔を、おもむろに両手でつかんだ。 「うひぃぃ!!」 「お〜ま〜え〜はぁぁぁ〜っっ!!。いつもいつも〜〜っっ!!」 「ごぉっ!!。ごめ、ごごごめんなさ…」 「馬鹿かお前!。俺はまだ何も言ってねぇ!!。何で謝るんだよ!!」 「ごごごごご、ごめごめっっ!!」 「キモくいちいちビクつくな!」 「ひぅっ!!」 ピシャリと言い放つ阿部の声に、三橋は怯えて肩をすくませた。 「つうか、ウザイ!。話が進まない!!。謝るな!!」 「ごっ、…は、はひぃ…っ!」 「よし!」 涙目で自分を見上げる三橋に、阿部は顔を近づけると、まるで怒鳴り声の様に声を張り上げて言う。 「まず、一つ目!」 あまりの声の大きさに、三橋は怒られた子猫のように縮こまった。 「YesかNoかはっきりしろ!!。嫌か嫌じゃないかが判らなけりゃ、俺だってどうしたら良いのかわからないんだ。どんなに簡単な事でも、判らないと先に進めない。簡単な事だからこそ、簡単に進まないとすごくイライラするんだよっっ!!」 「…う、ぁ??」 「判ったのか、判らなかったのか、返事はどうした!?」 「は、はひっ!!」 慌て過ぎてしまい、目をつむったまま三橋は返事をした。 「二つめ!」 そんな三橋の様子に、阿部はイライラしながら両手に力を込めた。 「人と話すときは、人の目を見る!!。対人関係の基本だろ!!」 「痛ぁ…は、はひぃ!!」 「それから、三つ目!!」 と、言った阿部は三橋の顔から手を離すと、スクッと立ち上がった。 「うひゃぁ!!」 阿部の束縛から逃れた三橋は、思わずペタンと尻餅をつく。 「あべべべっ!!。阿部くん!?」 三橋が阿部を見上げると、阿部の体が傾いた。 ぐらぁ。 「きゃわっ!!?」 床に激突する寸前。三橋は阿部の体を抱き留める。 「あ、あべく…」 「…なんで、俺だけ…」 三橋に体を預けながら、阿部は情け無さそうにつぶやいた。 「う?」 「…なんで、俺にだけ。…懐かないんだよ…」 「阿部、…くん?」 「ぐ〜」 「あ、…あれ?」 恐る恐る声をかけた三橋だったが、阿部から聞こえた返事はイビキだけだった。 「ね、ね…てる」 「ぶっ!」 「うわっ!。マジで寝てるぞ!!」 異様に静かだった室内が、一気に大爆笑の渦に飲み込まれた。 「ひひっ、ひぃーっっ!」 「演説かまして、ぶっ倒れやがった!!」 「今の撮ったか!?。栄口!!」 「撮った、撮った!!。もう、バッチシ!!」 「よし!。よくやった!!」 阿部は、虎だ。間違いなく絡み酒の大虎だ。 企みが上手くいって、満足そうに三人は笑いあう。が、しかし、三橋は自分に覆い被さる様にして寝入ってしまった阿部が心配で心配でしょうがない。 「ぁ、あの。…どどど、どうし…よ?」 「寝せときゃ大丈夫じゃん?」 心配してオロオロする三橋に、田島は事も無げに声を返す。 「でで、でも、アルコール中毒…、とか…」 「大丈夫だって。阿部が飲んだのって、日本酒一杯とスクリュードライバー2杯だろ?」 水谷は「なぁ」っと隣にいる栄口に同意を求める。 「そうそう。初めて飲んだから、まわるの早かったんじゃない?。そんなに心配なら三橋、濡れタオル持ってきて」 「う、うん!!」 と、三橋は勢いよく立ち上がった。…までは良かったのだが…。 どごぉっ!。 っと、三橋の足下でもの凄い音がした。 慌てて立ち上がった三橋から、阿部がずり落ちて、そのまま床に一気に激突したのだ。 「あべあべあべ…っっ!!。ごごごごごご…っっっ!!!!」 「うわっ!?」 「良い音したぞ、今!!」 「顔面いった!。顔面!!」 「おいおい、大丈夫かよ?」 取り乱しながら、三橋は阿部の様子をうかがう。 「あ。…ねて、…る」 「ぶわははははは!!」 「あははは!!。とりあえず、ベットに運んどくか」 「ははっ。うん。そうだね。これじゃ、起こしても起きそうにないもんね」 腹を抱えて爆笑する中、車が家の敷地内に入ってくる音が耳に届いた。 「あ、お母さん。帰ってきたみたい」 「え、マジ?」 「じゃ、三橋。あと、よろしく」 「へ、ぁ?」 時計を見ると、針は既に9時を回っていた。 「泊まるにしても、あんまり大人数だと親だって困るだろ?」 「それに、俺たち泊まる準備もしてきてねぇし」 「明日の自主練は、きっと阿部くん無理だろうから、花井くんには上手く言っとくからね。気にしなくても大丈夫だよ」 「そうそう。折角だから、看病して恩を売っとけ三橋。そうすりゃ少しは、阿部の態度も変わんじゃね?」 「あ、それ良い考えだよね〜。…と、すると」 栄口は、テーブルの上の酒の山を見渡した。 「あと問題は、この酒をどうするか。だよね」 どうしようかと考えを巡らせる栄口に、三橋は酒瓶をクローゼットにしまい込みながら言う。 「あ、俺の部屋。で、大丈夫。…親に見つかっても、平気」 「あ、そう?。助かる〜」 「んじゃ、また飲み会しようなっ!」 クローゼットに酒を全部しまい込むと同時に、三橋の母親が声をかける。 『れ〜ん〜?。廉!。居るの?』 「はぁ〜い!!。…ちょっと、行ってく、る」 「あ、じゃ、俺たちも行くし」 『お友達もいるの〜?。何か、作る〜?』 「あ、お構いなく!!。もう俺たち行きますから〜っ!!」 慌てて水谷が返事する。 「御邪魔しました!!」 「したっ!!」 ドカドカと4人は階段を降りていく。 「じゃぁな、三橋」 玄関で振り向くと、三橋は軽く手を振った。 「うん。ばいばい」 「阿部の事、頼んだぞ〜」 「う、うんっ!」 両手をグッと握って、コクリと三橋は頷く。 「おやすみ〜」 笑顔で家路に向かう三人の背中を見送った三橋は、くるりと背を向けると濡れタオルを持って阿部の元に向かった。
夜中にふと目が覚めた三橋は、阿部の様子をうかがう。 まだ少年のあどけなさを残す丸い顔立ちだが、しっかりとした眉や綺麗に通った鼻筋は、とても大人っぽく見えた。 …阿部くん。タオルが落ちてる。 三橋は阿部のタオルを持ち上げて、湿っぽい肌にドキドキしながらそっと額にあてた。 お泊まりだ。阿部くんが、俺の部屋にお泊まりだ。…嬉しい、な。 バフン、っとお母さんが持ってきた客用布団に三橋は潜り込み、へへと嬉しそうに笑った。 「むぎゅっ☆!?」 目をつむってまどろみかけたとき、三橋の上に何かが落ちてきた。 「?」 三橋は、慌てて自分の布団を剥ぐと、落ちてきた物体を確認する。 「あれ?」 それは、阿部にかけていた布団だった。 熱かったのだろうか?。阿部は更にモゾモゾとシャツを脱ぐと、それも布団と同じように三橋の方に放った。 「ぶっ!」 顔面に、阿部の汗くさいシャツが叩き付けられた。 「…あ、阿部くんの匂い…」 …良い、匂い…。 どきーん、どきーんと、心臓が耳の中で拍動しているかのよう。頬を真っ赤に染めた三橋は、思わずそのシャツをぎゅっと抱きしめた。 やっぱり、好き。 「阿部くんが、好きだよぉ…」 阿部が好きなんだと、自分の気持ちを自覚したのはいつだろう?。 …判らない…。 それがいつだったのか判らないくらい、いつの間にかに好きになっていた。 阿部くんが居たから、自分は変われた。 阿部くんが居なかったら、自分はダメダメなままだった。 阿部くんが居たから…。 阿部くんだったから…。 好きになった。 恋してしまった。 あれからこの切ない気持ちを抱えたまま、けっこうな時が経った。 「…はぁ…」 重い溜め息をついた三橋は、抱きしめていたシャツをそっと床に置くと、自分の上に重なってきた布団を阿部の腹が冷えない様にかけてあげようとした。 その時。 「…っっっ!!」 阿部のズボンの中で、窮屈そうに押し込められている存在に気がついた。 思わずそこを凝視する三橋の両耳に、じわわっと血がたまっていく。 硬く起立するそれは、どう考えても自分のと比べものにならないくらい大きい。その一点を凝視する自分に気がついた三橋は、慌ててそこから視線をはずした。 「ぅ、わ、わ、わ…」 服の上からだから、大きく見えるのか?。 それとも、元々そのくらい大きいのか…?。 三橋の心の中では、思春期の男の子特有の興味が頭をもたげていった。 他の人のが見てみたい。 しかも、好きな人のなら、なおさらみたい!!。 それが、とてもとても悪い事だと判っていても…。 「阿部くん。…ねてる、よね?」 …見て、みたい…。 顔を近づけてのぞくと、阿部のゆっくりとした寝息が頬にかかった。 …よく寝てる…。 地震が起きても起きそうにもない。その位、阿部は良く眠っていた。 ゴクン、と唾を飲んでズボンの上から、おずおずと触る。 すると、ゆるく触っただけなのに、いきなり反り返りが強くなる。大きさも、先ほどと比べると、少し太くなってきた様な気がした。 「わぁ…っ」 すぐに阿部のモノが自分の手の中で、カッチカチに固まってしまった。 「ど、…ど、しよ…ぅ」 と、口に出して言うものの、心はすでに決まっている。 服の上から触って、形を確かめるだけでは物足りないのだ。 どうせなら、直接見てみたい。 こわごわと、三橋はズボンに手をかける。少し力を込めてゆるゆると降ろすと、窮屈そうな物が下着に包まれている。 三橋はそこまでしていても、流石にちゅうちょした。 「…う、うぅ…」 だが、しかし。どう頑張っても、むずむずと心の中に湧き上がる好奇心には勝てない。 意を決してボクサーパンツをグッとおろすと、雄の欲望を露わにした象徴がいきり立って現れた。 「あ、わわわぁ…!!。阿部くん…って…」 大人だ…。 思わず三橋は感動を覚え、じっくりと見入る。 「うわぁ…」 …お父さんのよりも、3倍くらい大きいかも…。 ふだんと形が完全に変化したモノが、目の前にドンっと立ちはだかっている。 三橋は、体を硬直させた。 …ど、どうしよう…。 …ど、どうしよう…。 と頭では考えているが、体が先に行動を起こす。三橋はまるで、夢遊病患者になってしまったかの様な感覚を味わった。 まず初めに、手が勝手に動いた。 わ!。…熱…っ。 火傷しそうな熱さに、思わず手を引っ込めた。 …や、やっぱり、やめておこ…ぅ、かな…?。 でも、もっと気持ちよくさせたい。 …これ以上触ったら阿部くんのココ、どうなっちゃうんだろう…。 もっと、何かしたい気持ちがどんどん強くなる。 ダメだ、と、頭では判っている。けれど…。 「…っ」 三橋は大きく息を吸い込み、ゆっくり吐いて呼吸を整えると、もう一度阿部のいきり立ったモノに手をかけた。 先端から既にあふれ出ていた精液が、ヌルヌルとぬめる。そのぬめりを全体にこすりつける様に、三橋は手を動かした。 見る見るうちに、三橋の手が滴った阿部の熱い精液で濡れていく。 …こういう場合、なっ、舐めた方が良いのかな…?。 三橋の頭の中では、河原に捨ててあった雑誌の中にあった1ページ。――女が男の性器を口にくわえていた写真だ――。それを、思い返していた。 …あれなら、男の俺にも、できる、し…。 三橋は小さな舌を出すと、阿部の性器におそるおそる近づくが。 「うきゃぁっ!!?」 亀頭に触れるか触れないかの位置で、いきなり顔に熱い飛沫が顔と耳にかかる。 …び、びっくりした…。 けれど、阿部の少し萎えたモノに満足感を感じる。 顔にかかったコレは、阿部が気持ちよくなってくれた証拠だ。 「う、うひっ」 三橋は少し照れながら、自分の顔にかかった阿部の精液を拭う。 ティッシュで拭おうとしたけど、その、妙にヌルヌルする液体がなんとなく勿体ない。 …阿部くんのって、なんだか俺のと少し、違う…。 量も多いし、なんだか濃い。 ふだん、自分でシテいないのだろうか?。 両手を広げて、そこについてしまった阿部の精液を見ていたら、自分のモノも、ジンジンとしてきた。 両膝をモジモジとこすりつけていた三橋は床に座ると、阿部の精液で濡れた手を、そのまま拭いもせずに自分の下着の中へいれる。 「んっ、んっ!」 ぬちっぬちっと下着の中から粘ついた音がした。三橋は形となった欲望の方ではなく、その奥にヌルつく指を押し込めたのだ。 「あ、あ」 小学生の頃に学校で教わった性教育で、マスターベーションの仕方は知っていた。 しかし、最初は学校で教わったとおりに、肉茎を両手でこすりつていたのだが、それだけではなんだか物足りないのだ。 どうにも、違う気がしてしょうがない。何でだろうと高校に入るまで疑問に思い、とても悩み続けた。 あるとき、ふと思い立って後腔をいじってみた。 …なんだか、女の子みたい。…でも。 なんだか、そっちの方がしっくりとくるのだ。 ああ、そうか。 …なぁんだ…。 自分は、女の子みたいに愛されたいんだ…。 「あ、あ、ぁっんっ」 体は熱くなるが、元々そこは性器ではない。指を入れてはいるけれど、気持ちがイイとは感じた事はなかった。 「…痛、ぁ…っ」 ジンジンしていた触れずにいた部分が、ズキンズキンっと痛みまで伴って辛い。 しばらく後腔を指で音を立てて遊んでいたが、目の前にある物がちらついた。 「はぁ、はぁ、はぁ…っ」 それは、それだけはダメだってことは判っている。 …判ってはいる、けど…。 「…ごめんね、阿部くん…」 三橋は阿部の性器を両手でつかむと、躊躇せずに自分の口にそれを含んだ。 「ぁむ、ん…、んっ、むっ」 一度達した阿部の性器は萎えて、三橋の口に含む事ができた。が、しばらくするとその性器は充血し、三橋の口には入りきれなくなってしまった。 「あぐっ」 顎も疲れて痛い。…心臓も壊れそうにドキドキしすぎて、痛い。 三橋は阿部の性器から口を離すと、膝立ちになりパジャマのズボンと下着を脱いだ。 バサリ、とそれをやや乱暴に床に落とすと、三橋は阿部の上にまたがった。 …目が、頬が、…体が、熱い。 腰を落とすと、阿部のぬめった性器が後腔にあたる。三橋は目をつむると、思い切ってそのまま体重をかけた。 「んっ!」 しかし、阿部の性器はそのまま滑って、腰の方に逃げてしまう。 「…あ、」 上手くいかない。やっぱり、女の子じゃないから無理なのだろうか…?。 「…っ」 悔しい。 阿部が好きな自分も、どうにもならない自分の体にも、涙が出るほど悔しい。 「…ふ…っ」 じわっと、涙が目に溜まる。 けれど、三橋は涙をぐっとこらえて下唇を噛むと、もう一度だけ挑戦する決心を固めた。 今度でダメなら、諦めよう。そして、明日からいつもの様に阿部くんとお友達になれる様に努力しよう。 そう決心した三橋は、自分の両尻を両手で広げると、ゆっくりと阿部の上に座り込む。 ここが布団の上で良かった。 でなければ、きっとベットがミシミシいって、親が起き出してきたに違いない。 「…い、た…ぃ」 極限まで広がった後腔が、引きつれて痛む。 痛い。けれど、でも、それが阿部の性器からもたらせられていると思うと、痛さではなくまるでそれは快感のように思える。 くぷん…っと、音を立てて阿部の性器が三橋の体の中に入った。 一番太い部分が入ってしまうと、あとはズルズルとスムーズに三橋の中に埋まっていく。 「は、ぁぁ…」 三橋は震えながら、溜め息を漏らした。 体の中で、存在を主張する阿部が在る。 それは、熱をはらみ、脈を打ち、とてつもない快楽を三橋に与えた。 「あっ、あっああっ!!!」 全量を体に納め終わると、それだけで三橋はこらえきれずに達してしまう。 「はぁっ、はぁっ、はぁ…っっ!!。…あ…」 …ど、どうしようっ!。どうしよう!!。 情欲を吐き出して我に帰った三橋は、一気に青ざめた。 「どうし…っっ!!!」 『キモい、ウザイ!!。いい加減にしろっっ!!』 まるで阿部の口癖のよう常日頃から言われている言葉が、耳の中にこだまする。 満足感と充足感はもはや微塵もなく、三橋の華奢な体は罪悪感と後悔にガタガタと震えだした。 「…あ、…あ…っ」 大粒の涙が、三橋の頬を伝った。 自分がしてしまった事の重大性に気が付いて、三橋は阿部を直視できない。 腰には甘いだるさを残したまま、胃の奥だけが異様に重くなり、スーっと冷たく冷える。 体の中には、いまだいきり立ったままの阿部の性器が残されている。 体の中には、未だ張りつめたMAX状態のものがあるが、それ以上どうしてやる事もできなくなってしまった。 …お、俺…。阿部くんに、なんて酷いことを…っっ!!。 得体の知れない悪寒に体を苛まれながら、三橋は腰を上げて阿部から離れる。 ズルズルと体の中からでていくものに、名残惜しい気はもはや微塵もない。罪悪感と後悔の念でいっぱいだったからだ。 「…うっ、う、っ、ひく…っ」 早く、襲ってしまった痕跡を消したかった。 …早く、…早く隠さなきゃ…。 意外に引き抜くときの抵抗感が強くて、なかなか阿部の性器は後腔から抜けない。 足もガクガクと笑ってしまい、上手く力が入らないのだ。三橋は、必死に自分の膝を叱咤させた。 …もう少しだから、俺の体、動いて…。 阿部から目を背けながら引き抜き、あと少しで完全に離れるとき。 ―――ガバリッッ!!!。 いきなり起きあがった阿部に、体を後ろに押し倒される。そして、やっとの思いで引き抜きかけた性器を、そのまま三橋の中に一気に叩き付けられた。 「ぅあっ!!」 「はーぁ、はーぁ、はぁ…」 獣が獲物を捕まえるときの、かすれるうなり声に似た、飢えた息づかいが頭上から聞こえる。 「あ、あべ…、んぁぁっ!!」 「ふ…っ、くぅっ!!」 いまだ酒気をおびて赤らんだ顔に、快感でうっとりと潤んだ黒い瞳がゆらゆらと何かを探すかの様に揺れている。 垂れ目がちだが、気持ちが真っ直ぐである事を物語っているような強い阿部の視線は、一向に定まらない。 今だ、迷酔状態にある証拠だ。 「はぁ、はぁ…。…い」 「ふぇ?」 「…きもち、い、…い」 「…え…っ?」ドキッッ!!!。 ど、どうしよう…。 …嬉しい。すごく嬉しい…。 けど、やめさせなきゃ。 今なら、まだ間に合う。 まだ、友達のままでいてくれる。 お酒を初めて飲んで、ただ酔っぱらっているだけだから。きっと、明日にはもう、何も覚えていないのだろうから…。 「や、あぁんっっ!!。だ、め。だめ!!。…やめて、阿部くん!!」 「はぁ、はぁ、はぁ、はあ…っ!!」 貪る様に快楽を追い続ける阿部に、三橋の声は聞こえない。 …ど、どうし、よう…。 抽送を繰り返されるたびに、三橋の性器が阿部の腹部にこすれて、強い快感を生じさせる。 まるで焦れた熱のようなそれは、体の中でどんどん膨れていった。 はけ口を求めて体の中で暴れる熱に、三橋の頭の中には霞がかかってくる。 「あっ、あっ、…ああっ!!」 ここで快感の渦に巻き込まれたら、後戻りできなくなる。 阿部にながされそうな自分を、三橋は必死にとどめ様と努力した。 「おねっ、お願いだから、…やめてぇっ!!」 「ふっ、っ、…ぅくっああっ!!」 「いやぁぁっっ!!。…あっ、あぁっ」 腹の奥底に入り込んだ阿部の性器の先から、熱の固まりが放り出された。 …うそっっ!?。阿部くんが、俺の中で…っっ!!!。 そう三橋が判った途端、三橋の腹奥が痙攣した。 体の奥底で、阿部の性器を包んでいた部分が蠕動し、今までにない快感を三橋に叩き付けたのだ。 「ひぅっ!?。あ、あぁぁぁ…っっ!!!」 そのあまりにも大きな快感は、華奢な三橋の体には耐えられなかったのだろう。勢いよく吐精した三橋は、目の前が真っ白になり意識が遠のいていくのを感じた。 「ふ、…ぅっ」 どさり、と三橋の上に阿部が倒れてきた。その重さに、三橋は飛んでいたはずの意識を取り戻す。 「あ、阿部、く…」 「はぁ、はぁ…」 荒い息づかいが、耳の中で響く。 その音を、三橋は半ば茫然として聞いていた。 こんなの。…う、うそだ…。 あんな所が、気持ちよかった。なんて…。 あり得ない。…けれど。 阿部くんだから、なのかなぁ…。 やだな。…体は、とっても正直だ。 「…ひぃっく…」 阿部が好きで好きで、…好きすぎて。 三橋はもう、どうしようもない自分の気持ちに切なくて、また溢れてきた涙を拭う事もせず。阿部の背中に腕をまわすと、ただただ愛おしそうに抱きしめた。 今だけ…。と、心に何度も言い訳をしながら。 「………」 長い様な短いような時間の後、いつまでも抱きしめてはいられない。と、我にかえった三橋は、阿部から離れる覚悟を決めた。 三橋は両肘を立てると、気だるい体をゆっくりとズリあげて、阿部から離れようと身じろぐ。 が、しかし。三橋の中に入り込んだままだった阿部の性器の質量が、どんどん大きくなっていく。 「ふぇぇ!?」 阿部の両手が、三橋の左肩と背中をガッシリとホールドする。そして、そのままぎゅうっと包み込むかの様に深く抱き込められて、みっしりと含まされた。 阿部はそのまま抜き差しするでなく、後腔の入り口に性器の根本を押しつけたまま、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ、と三橋の奥底を目指して突き込む。 「あっ!。あっ!。あっ!!」 そのまま揺する様に中をかき混ぜられ、体が熱を帯びて潤むころには、乱暴なその動きに伴い三橋の体は、再び襲ってきた快感に悲鳴を上げる。 「うぁぁっっ!!。や、や、ぁ。…あ、べ、くん…」 体をこれでもか、と言うくらい強く抱き込まれて、1ミリの隙間もないくらい深く溶け込まれて、まるで恋人みたいに強く求められているような錯覚を起こす。 「…うっく、…ひぃっく…」 三橋は嬉しくて、涙を流した。 けれど、やっぱり嫌われたくないから、三橋は阿部に抵抗する。 「も、もう…っ!。だ、め!!」 自分より体格の良い阿部には無駄な抵抗だとは思うが、三橋は引きはがそうと必死に藻掻く。 両手を体の間にできた隙間に入れて、思いっきり腕を突っ張りあげた。 「やめてっ!!。…ぇっ?」 意外に阿部の体は離れた。が、 阿部の眼が鋭く、凶悪にすがめられる。 「ちっ!」 忌々しそうに舌打ちをした阿部に、両手をひとくくりにされて頭上で固定された。 「…ぁ」 片手なのに酷く強い力だ。どうやら握力は強い方らしい。三橋の力では、振りほどくのは無理そうだ。 押しつけて深く繋がったまま三橋の中を堪能していたモノが、いきなり引き抜かれる。 「ひぁっ!!」 そして再び、ひどく乱暴に打ち付けられて、気泡がみちっと音を立てて割れた。 荒々しい動きに合わせて、部屋中に断続音が響き渡る。耳の中にこだまする、湿った音がいやらしい。 「ひぁんっ!!。あっ、あっ、…だめ!。あべ、くん。…やめ、て…」 阿部を止めようとしていた足が、ぴくりとわなないた。腹の奥底が熱くて熱くてジンジンする。 キュッと三橋の足の指が丸まった。 「んぁぁっ!!。だ、だめっ!!」 意志や言葉とは裏腹に、勝手に三橋の腰が阿部の動きに合わせて動く。 「…、し…?」 阿部の唇が動く。が、意志を持たないその言葉は三橋の耳には届かず、声となる前に空中に溶けていった。 「…おねがい、だから。…も、やめ…。んぁっ!」 後腔を蹂躙する阿部からの刺激に、引きつけを起こさないのが不思議なぐらい三橋は感じ入る。だから、三橋は阿部の異変に気がつくのが遅れた。 「…三橋…?」 「…え…?」 掠れた声が、今度はちゃんと自分の名前を呼んだ。 三橋は思わず、動きの止まった阿部をみる。 「あ…べ、くん…」 信じられないと言うかの様に驚愕に見開いた阿部の眼に、三橋は絶望を直感した。 まるでうわごとの様に、阿部がつぶやいた。 「…な、んで?。…俺…」 唖然とする阿部は、驚きすぎて上手く頭が回らない様だ。 「何で、俺、三橋を、…襲っ!!」 ぎこちない動きで首を動かずと、自分の手が三橋の両腕を拘束しているのが見える。 そして、そのまま下の方に視線を移すと…。 「うわわっ!?」 三橋の中に埋没されていた阿部の性器が、驚きのあまり一気に萎えた。 見てはいけないモノを目にしてしまい、慌てて阿部は身を起こし、三橋から離れようとする。 そのとき、三橋の体から一気に引きずり出されたものと共に、白濁した液が布団の上にドロリと流れ出した。 「…うわ…っ」 「ひっく、ひく…っ。…ご、ごごご…。ごめ…っっ!!」 壊れたかの様に涙を流しながら、三橋は懇願する。 「ご…っ、ごめんなさい、ごめんな、さいっ!!」 きっと、自分は許してもらえない。 きっと、もう、友達でいる事さえできない。 きっと、…好きでいる事さえ、許されない。 三橋は、小さな子供の様に両手で涙を拭いながら、舌っ足らずな涙声で必死に謝る。 「…三橋…?」 やっと投手らしい肉付きになりかけているが、まだまだ自分と比べれば、とても華奢な肩が震えている。 阿部は何が何だかよくわからず。ダダただぼうっと三橋を見つめていた。 …おいおい…。なんだよ、これ…?。 たまに夢に見る、女の子とのエロい夢ならわかる。 …が、なんで三橋…?。 これは夢か?。夢なのか?。 まるで夢の中にいる様に、意識が上手くさだまらない。 三橋が泣きじゃくっている。 それが、どこか遠くの方で起こっている出来事の様に思える。 …ああ、そうだ。近づいて、声をかけなきゃ…。何で、泣いているんだよ、お前…って。 自分が泣かせるならいざ知らず、自分が知らない事で三橋が泣いているのは嫌な気分だ。 「…みは…」 「…ひぃ…っく」 三橋がしゃくり上げたとき、腹圧で中に残っていたものが、気泡と共にこぷっと音を立てて漏れだしてきた。 その方に目を移す阿部。 月の明かりが皓々とさすうす暗い部屋の中で、その液体が意外に黒い色なのに気が付いた。 そして、鼻に届く血のにおい…。 「三橋!?」 慌てて阿部は、三橋にちかよる。 「お前、けがして…っ!!」 びくぅっっ!?。 三橋は、身をすくませた。 「…あ…」 阿部はちか寄って良いのか、それともこの場から立ち去った方が良いのか戸惑った。 三橋の方に伸ばした阿部の手が、宙をつかみグッと握りしめられる。 …落ち着け、落ち着いて考えろ。 改めて現状を再確認する。 …ええと…。三橋は、下肢だけ剥き出し。パンツやズボンはグシャグシャに足下に落ちていて、俺はと言うと、ズボンをおろしている状態。…って。 …俺が襲った、って、確定的じゃねーかっっ!!。 本能のままに快感をまさぐり出し、汗が滴り落ちる体と、さっきまで三橋の中で散々暴れまくっていたんだと物語る濡れそぼったソレが、なんとも生々しい。 「う、わっぁっ!!」 阿部は慌てて隠すかの様に、自分のズボンを上げた。 「あ、あべくん…。…あっ、」 自分の性器を隠す阿部に触発されて、三橋は両足を惜しげもなく開脚していた事に気がついた。 羞恥で頬を更に赤くした三橋は、のろのろと起きあがり、おぼつかない右手で上着を足の方に引き下げて、先ほどまで繋がっていたとわかる情事のなごりを隠した。 その仕草に阿部の心は、申し訳なさでいっぱいになる。 顔を歪ませると現実から眼を背けるかの様に、阿部はひくっ、ひくっとしゃくり上げる三橋から背中を向けた。 三橋に、どう声をかけたら良いのかわからないのだ。 「あ、阿部くん!!」 それを拒絶と感じた三橋は、慌てて起きあがった。 「嫌わないで、お願、いだから。…嫌わないで…」 恐る恐るといった感じに、三橋が阿部の服を掴んですがる。 硬く阿部のシャツを握り込むその手から、三橋の震えが背中に伝わってきた。 「三橋…?」 非難される覚悟をつける前に、三橋の思わぬ行動に阿部は驚いた。 「おねが、…嫌わないで…」 まるで自分が悪いかの様に、三橋は言う。 「ごめんなさい。…ごめ、んなさ…」 キュッと自分のシャツを掴み必死にすがる三橋に、阿部は頭の中が冴えてきた。 はぁ…。っと、深い溜め息を吐くと、阿部はうなだれた。 「だから、…なんで、お前があやまるんだよ…」 「ご…、ふぇ…?」 阿部の言葉が理解できず、首を捻る三橋。 自分の心境を判っていない三橋に、阿部は心の中でブツブツと文句を付けた。 …そんなに、嫌われるのが嫌なのか?。 …自分をレイプする様な男と、それでも一緒に居たいと思うのか?。 …そんなに、投手でいたいのか?。 自分を必要としてくれるのは嬉しいが、…何かが違う。 「阿部、くん?」 「こういう場合。謝るのって、俺のほうなんじゃねぇの?」 吐き捨てるかの様に、阿部は言う。 三橋は、かぶりを振った。 「ちが…っ。阿部くん、は、悪くない…っ!!」 俺が、襲ったから。 俺が、俺があんな浅ましいコトをしてしまったから…。 俺が、俺が…。 悪いのは、俺だ。 嫌だよ…。 …阿部くんに、嫌われる…!!。 ひ〜ん…。と、阿部の背中にすがりつく三橋が泣き出した。 「…やっぱ、悪いの、俺じゃねーか…」 ひんっ、ひんっ、っとまたしゃくり上げる三橋に、阿部はどうしたものかと考える。 やってしまったものは、仕方がない。 それは、どうやっても変わらない事実。 パに喰ってる場合じゃない。 切り替えろ。 思考をすぐに、切り替えろ。 問題は…、この後なのだから。 「なぁ、三橋。…どうしたら、許してくれる…?」 「だ、だから。あべっ、あべくんは、悪く、な…い」 「いや。どう考えても、俺が悪い」 すがすがしいほど潔く、はっきりと阿部は言い切った。 「ち、ちがっ、ちが…っ」 「…違わない…」 「んっ…。ううん」 いつになく折れずに、硬くなにそれを否定する三橋。何故だかそれが、とてつもなくイライラとムカツク。 「違うわけ、ないだろう!!。こんなことしでかしておいて、…こんな、こんな…っ!!」 思わず向き直り、声を張り上げた阿部だったが。三橋の家族が下で寝ているのを思い出し、慌てて声のトーンを落とす。 「…三橋。…ごめんな」 そして、さらなる追い打ち。 「こんなこと、するつもりはなかったんだ…」 「…ひぃっく…」 阿部からの言葉は、自分を拒否する決定的な言葉にも聞こえる。 …これは、阿部くんを裏切った。…自分への罰だ。 心が、ズキズキ痛い。 「…うっ、うぅ…」 三橋は聞きたくないとばかりに、両手で自分の耳を塞いだ。 その様子を痛々しそうに、阿部は見つめる。 「もう、しないから…。ごめん…恐かった…よな?」 塞いだはずの耳から、阿部の言葉が漏れ聞こえてきた。 心が、すごく、…痛いよぉ…。 「うぇぇぇ…」 違う!。違うんだ!!。 と、上手く言えない。…大事な事を言いたいのに。上手く言葉が出ない。 好きだから、嬉しかった。 好きだから、謝らないで欲しい。 好きだから、“もうしない”なんて、…言わないで…。 こんな大事な時に、きちんと言えない自分の口がどうしようもなくもどかしい。 どうやっても、謝る言葉しか出てこない。 「ごめ、ごめんね…ぇっ」 三橋はボロボロと泣きながら、フルフルと首をふる。 「ごめ…っ。あ、あべくん、は。悪くないっから。…も、謝らな…いで…。嫌わないで…」 「それでも、…俺が悪い…」 まるで心が壊れてしまったかの様に、はかなく泣く三橋。…痛々しい。 …俺が、壊してしまった…。 阿部は奥歯を噛み締めると、立ち上がり下肢を隠してやるかの様に毛布をかけた。 そして、三橋の正面に膝をつくと再び頭を下げる。 「俺が悪いんだ。…ごめ…」 「あ、謝ったら、…や、だ…」 阿部が謝りかけたとき三橋は膝で立ち上がり、阿部の腕を掴んだ。 「…おれ、俺が、悪い…ん、だから、ぁ…」 「みは…っ!!」 思わず阿部は顔を上げるが、すぐに後悔した。 ボタンの飛び散ってしまったパジャマの襟ぐりから、三橋の胸が見ようと意識せずに見えてしまう。 その襟ぐりからのぞく情交により火照った体と、ピンク色の小さな乳首を見つけてしまった阿部は、ドキリとし、慌てて視線をそらせるが、そらせた先が尚悪かった。 パジャマの裾からスラリと伸びる生足に、自分の精液と三橋の粘液が混じったモノが流れ、濡れて汚している。 「…ぅっ!!」 じわりとした熱と凶悪な欲望が、阿部の下半身を直撃した。 …やばっ!!。 どうみても三橋の無意識でのこの行動は、淫猥な誘惑にしか見えないのだ。 そしてその誘惑にあがなう術は、三橋の狭き肉の味を知ってしまった阿部には、…あるわけがない。 「うぇ…っ。うぇええ…」 「み、三橋っ!!」 溢れる涙を拭う三橋の腕を、ガッシリと阿部は掴む。 が、瞬時に眉間に皺を寄せて奥歯を噛み締めると、顔を歪ませた。 …やばい…。 泥酔していたけれど、所々覚えている。 体が叫び声を上げそうなくらい、狂おしいほどのあの激流の様な快感。 三橋が欲しくて欲しくて、たまらないと体が悲鳴を上げている。体が三橋を求めて、どんどん熱をはらむ。 だが、それは、ダメだと判っている。 …これ以上、三橋を傷つけるわけにはいかない…。 『やっと見つけた、最高のピッチャーだから?』 どこかで誰かの声がした。 …そうだ。だから。 だから、死ぬ気で耐えろ、俺!!。 阿部はきつく掴んだ三橋の腕を、ゆっくりと開放する。 「…三橋、あの…」 「阿部、くん…」 「?」 不意に名前を呼ばれて、俯いていた阿部は顔を上げる。 すると、泣き濡れて目元を真っ赤にした三橋の顔が、すぐ目の前にあった。 「俺がホントに悪い、ん、だから…。謝らせて…ください」 何故だか敬語になってしまった。上手く口がまわらなかったのだろうか?。 三橋は言い直そうと思い、渇いてしまった唇を舌で湿らせて再度謝った。 「…ごめ、んなさい…」 細い肩を奮わせて、紅く濡れた唇が言葉を紡ぐ。 阿部は、たまらなくなった。 「馬鹿か、お前!!。そんなことを言ったら、つけ込まれるだけだぞ!!」 神経が焼き切れそうな程の情動が、阿部を突き動かす。 「ここからは、…お前が、悪い!!」 目前にある三橋の華奢な体を抱きしめると、そのまま体重をかけて三橋を布団に押し倒す。 「うぇ!?」 余裕のない顔のわりに、押し倒すしぐさは酷く優しい。 突然の阿部の行動に訳が分からず、目を見開いた三橋は微動だにできないでいた。 「ごめ…っ!。これ以上は、俺の理性の限界だ!!」 何かが三橋の後腔に、割って入ってきた。 「すげぇ…。やっぱ、すごい柔らかい…」 思わず、感嘆の声が阿部の口から漏れた。 「う、そ…?」 体の中に感じる違和感の正体は、阿部の指だと理解した途端、三橋はガタガタと震えだした。 「や、…ぃや」 怯えながらフルフルと首を横に振ると、阿部の指がすんなりと出ていく。 ほっと胸をなで下ろしたのも束の間。今度は、異様に熱したモノが後腔の入り口をこする。 「…?。あ、」 思わずそれが何か確認しようとするが、密着した阿部の体がそれを阻止する。 「…っ!」 ぬるっと、さほど抵抗感もなく、それは体の中に入ってきた。 「ごめん!。けがしているのに!!」 突然の出来事に硬直して動けなくなってしまった三橋に、無理矢理自らの性器を完全に押し込めた。 「…三橋、三橋!!」 「うっ、ぁっ!。ひ、んん…っ!!」 まるでうわごとの様に、阿部は三橋の名を呼んだ。すると、まるでそれに答えるかの様に三橋の体が柔軟に変化する。 ねじ込まれた性器を包み込む肉が、まるでしごくかの様に動くのだ。 その脊髄に響く快感にたまらずに阿部は、覆い被さるかの様に体重をかけると、三橋の中に精を放つ。 「…くぅっ!!」 「…きゃぁぁぁぁっっ!!!」 やたらと可愛らしい悲鳴を上げて、阿部の精を受け止めた三橋も、自らの精で体を汚した。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」 布団に沈み込み、自分の下で荒い呼吸を繰り返す三橋に、阿部は満足感を覚える。 …すげー…。エロい…。 真っ赤に熟れた頬から首筋にかけて、三橋が自分で放った吐精物が付着している。 荒い息を繰り返すゆるく開いた口からは、小さな舌が見えていた。 熱でとろりと潤んだ眼には、自分の顔が映っている。 ののははいたにように ――ゾクリ…。 阿部の体が、戦慄いた。 「…や、べぇ…」 先ほどイッたはずの体が、またすぐに臨戦態勢をとった。 再度いきり立ってしまったモノをゆるく動かすと、三橋が小さく声を漏らす。 「やぁ、んっ」 …やべぇ…。 こいつ、すっげーエロい…。 ふだんの無垢な三橋しか知らない阿部は、そのギャップに感動する。 「…三橋…」 三橋の後腔に突き刺した性器を阿部は、もう少しで抜けるというところまでズルズルとゆっくりと引き抜き、再びズブズブゆっくりと最奥まで埋没させる。 「んっ、んんっ!。…ぁあっ!!」 三橋の口から鼻にかかった甘い声が出ると同時に、狭い肉の壁がキュッと締まった。 まるでからみつくかの様に、阿部の性器にまとわりつく。 …駄目だ…。 三橋の体に負担をかけたくは無かったけれど。 …もう、辛抱できねぇっっ!!。 知ったばかりの快楽に取り憑かれた阿部は、三橋を思いやるよゆう無く、なかば必死で腰を使い、深く抽挿を繰り返しながら快感を追い求めた。 本能剥き出しとは、こういう時に使う言葉なのだろうか?。誰にも教わった事がないのに、阿部の体はまるで三橋を喰い尽くすかの様に、貪欲に快感を求めて勝手に動く。 夢中で三橋の体を掻き抱くと、再び三橋の中に精を叩き付けた。 「…はぁ、くっ、ああああっっ!!!」 「ぅあぁぁぁぁんっ!!!」 三橋の腹の中には収まりきれなかった阿部の精液が、ぐぼっと音を立てて漏れだした。 漏れだした精液は、三橋の腰どころか阿部のズボンをも濡らす。 「はぁはぁはぁ…」 二人の荒い息が重なって、部屋の中に響き渡った。 阿部は三橋の後腔にねじり込んだモノをゆっくりと抜くと、三橋から離れていく。 「…あっ」 …お、終わった…?。 ずるりと体の中から出ていく感触に、三橋は体を震わせた。 「ひっく…。あ、…べ、く…ん」 三橋は片肘を付くと、離れていく阿部にすがる様な視線を送った。 阿部は三橋のその視線に気が付き、自嘲気味に苦く笑うと、汚れてしまった自分のズボンをぞんざいに脱ぎ捨てた。 「…三橋…」 全裸になった阿部は、三橋の上に再び覆い被さる。 「…やっぱり、謝るのは俺の方だったな…」 「ぁっ!!」 三橋の閉じた両膝を強引に開くと、阿部はその間に容赦なく腰を進める。 ぬちっと小さな水音を立てて、難なく阿部の性器は再び三橋の体の中に潜り込んだ。 「…くぅっ!!。すっげ、気持ち良いっっ!!!」 「んぁっっ!。あっあ、阿部く、ん…っ!!」 「みは、し…っ!。三橋っっ!!」 「んあぁっっ!!!」 そのまま簡単に、二人に終わりがくる訳がない。 いまだ発達途中にある若い性は、覚えたての快感に夢中になり、結局、阿部が気を失う様に眠りにつくまで終わりはしなかった。
…体が、だるい…。 声がかれるほど鳴いたのどは、空唾を飲み込むとひどく痛みを訴える。 「け、ほっ」 思わず三橋は咳をした。すると、肩の方まで毛布がずり上がる。 誰が肩まで毛布をかぶせてくれたのだろうか?。 …お父さん?。それとも、お母さん?。 うとうととまどろむ感じが、とても心地よい。 そして、背中に感じる、温かいぬくもりもとても心地よい。 三橋は寝返りをすると、そのぬくもりを抱きしめた。 「…ん〜っ」 すりすりと頬ずりすると、くすぐったそうに笑う声と共に、太い腕が抱きしめてくれた。 …だれ…?。 この腕は、お父さんでも、お母さんでもない。とても筋肉質な硬い腕。 「…ふ?」 ゆっくりと、三橋は目を開けた。 「おはよう」 「はぇ…?。阿、部くん…?」 なんで阿部くんがいるんだろう…?。と、寝ぼけ眼の三橋はじぃっと阿部の顔を見上げる。 …やっぱり、阿部くんはカッコイイ…。 寝ぼけ眼でぽーっとしながら見ていたら、阿部の顔が困ったかの様に苦笑う。 「すごいな…。寝癖と寝癖が、絡み合ってる」 三橋を抱き寄せていた片腕が離れ、今度はその手でわしゃわしゃと寝癖頭の猫髪を撫でる。 「髪、やわらかいんだな…」 「…ぅひっ!?」 ぱちっ☆!!。 思わず三橋は、目を見開く。 「…う、ひ、ぃっ!?」 すぐ目の前に阿部のダルそうな顔が横たわり、三橋をのぞき込んでいる。 …な、何で!!?。 と、呆けた頭が事のいきさつを脳に教える。すると、昨日の情事を生々しい感触つきで思い出した。 ―――ぼひっっ!!!。 昨日の出来事を鮮明に思い出してしまった三橋は、全身を紅く染めながら高鳴る心臓をおさえる。 …わはわわっっ!!!。 内心パニックに陥って、何を言ったらいいのか判らずにいた三橋の口からは、とっさに朝の挨拶が口をついて出た。 「お、おは、よっっ!!」 思わず反射的に出てしまった言葉に、三橋はまた怒られるかもと思い、内心ハラハラとさせる。 「おはよう」 けれど、阿部から返ってきた言葉に怒気はない。むしろ、普通だ。 三橋はホッとする。が、阿部の顔をまともに見られない。『話すときには、人の眼を見て話せ』と、阿部に言われているが。…無理だ。 怒られる、…かな?。 怒られるのが判っていても、無理な物は無理だ。 阿部から隠れたくても、狭い布団の中には隠れられる場所がない。三橋は、阿部から顔を隠すかの様に俯いた。 そんな三橋の様子に気が付いた阿部は、少し戸惑いながら三橋の額を触る。 「三橋。お前、熱っぽくないか?」 驚いたかの様にピクリっと肩をふるわせた三橋は、小さく頷いた。 「あ、う、ん…。ちょっと、体、熱い…」 昨日の情熱の名残か。または、許容量オーバーのせいで出た知恵熱か。 どちらにしても、阿部のせいで熱が出たのは明らかだ。 「そうか…」 …無茶しすぎたからな…。 流石に阿部は、やりたい放題やってしまった昨日の自分を反省した。 何度も何度も三橋の華奢な体を突き上げて、腹の中から溢れ出るほど容赦なく中出ししまくって、それで…。 …あ、そう言えば…。 「なぁ、三橋。…その…。…ケガの具合は、どうだ?」 阿部は思い出し、言いにくそうに言う。 「ケガ…?」 していたっけ?。という様な表情でチラリと阿部を見上げれば、阿部の唇がムッツリと引き結ばれた。 阿部は無言のまま、三橋の尻に手を這わせる。 「!!?」 「ここの、ケガ。…大丈夫か?」 尻を撫でさする阿部の手の感触に、三橋は硬直し頬の色を更に深紅に染めた。 「だっ!。…だ、い丈夫…」 「ホントか?」 「うん。大丈夫、だから…っっ」 その手を離して…と小さく言った三橋に、阿部は眉根を寄せた。 三橋の「大丈夫」は、信用できない事が多いからだ。 阿部は尻を撫でさすっていた手を奥に這わせて、まだ紅く熟れて乾ききれていないでいる小さなくぼみに指を入れる。 「わ、きゃっ!?」 思わず三橋は、叫び声を上げた。 「すっげ…。やわらかい…」 いまだに濡れて柔らかいままの後腔に、感動を覚える阿部。 制止する事もできずにいる三橋は、阿部のやる事に羞恥で震えながら、ただただ耐えていた。 阿部はゆるくかき混ぜて中の粘液を手にすると、目の前に持ってきてヌパっと手を広げる。手にはうすいサビの色が混じった粘液が付着していた。鮮紅色ではなく時間の経った薄色のそれは、血が止まっている証拠だ。 阿部は安心してグッタリと横になる。実は、超二日酔いなのだ。 …あ、阿部くん、…顔色良くない。 「あの、あ、阿部くん。…もしかして、頭、痛い…の?」 「ああ、ガンガンする…」 目を閉じてだるそうに深く溜め息をついた阿部の様子に、三橋は阿部の二日酔いが起きられないぐらいに相当辛いのだと判った。 「…お水、くんで来るね。飲めば少しは、楽になるから」 「ああ、悪いな。三橋」 ぬくい布団からはい出た三橋は、外気の寒さに身震いをする。 「…あれ…?」 昨日、かろうじて身に着けていたパジャマの上着は、いつの間にか脱がされて、床にグシャグシャになって丸まっていた。 阿部の視線が、三橋の背中に突き刺さる。 「あ…っ!」 惜しみなく貧弱な自分の裸体をさらしてしまっていた事に気が付いた三橋は、慌てて上着に手を伸ばして立ち上がる。 ―――べたん☆!。 「あ…れ?」 立ち上がり一歩前に出ようとしたとき、三橋は尻餅をついてしまった。 膝がガクガクし、腰周りと太腿が筋肉痛になっている。 「大丈夫か!?」 後ろから心配そうな阿部の声が聞こえた。 三橋は手に届いたパジャマを引き寄せて、とりあえず胸から下を隠した。 「へ、平気!。お、起きあがらなくて、いいから。寝て、て?」 急いでパジャマのズボンとパンツを拾って身に着けると、今度は慎重にゆっくりと立ち上がる。 膝は相変わらずガクガクと笑っているけれど、歩けないほどじゃない。むしろ、昨夜阿部と結合していた部分がいやらしい違和感を生じさせて、腹の奥底が妙に甘ったるくて歩きにくい。 ふらつく足を踏みしめて、やっとの思いで水を汲んで戻ると、阿部は眉根をよせて疲れた顔のまま寝入っていた。 …阿部くん、苦しそう…。 三橋は水をテーブルの上に置くと、阿部のそばに腰を下ろす。 「……、っく…っ」 阿部の寝顔を見つめていた三橋の頬を、いつの間にかにほろほろと流れ出した苦い涙が伝う。その涙の雫は、パジャマを握りしめた三橋の手の甲にポタポタと無数に落ちていった。 …ねぇ、好きになって?。 三橋は眠っている阿部を起こさない様に、静かにそっと唇にキスをした。 「好き、…だよ。阿部くん…。ねぇ、お願いだから…」 …好きに、なってよぉ…。 阿部くんは、あの最中には一度もキスをしてくれなかった。 本当は、すごくすごくキスがしたかったのに。
燦々と照る太陽に照らされて、二日酔いから抜け出せないでいる体調不良の阿部は、その日一日機嫌がすこぶる悪かった。 …酒なんて、飲むんじゃ無かった…。 気分は最悪な上に、頭痛が酷い。 阿部の眉が、朝からギリギリとつり上がったまま、放課後になってまで戻らないでいる。端からみていると、まるで阿部の周りだけブリザードが吹き荒れている様だ。今までにない機嫌の悪さを察知した周りの人たちは、あえて阿部の神経を逆なでしない様にそっと見守っている。 だが、その機嫌の悪さは二日酔いだけが原因ではない事は、阿部しか知らない処だった。 …くそっ!。三橋と目が、合わせられない…。 いまだに頬を紅くし、あからさまに熱をはらんで目を潤ませている三橋が心配だが、どうしても声がかけられないのだ。 臆病者で卑怯な自分は、自分じゃない。そんな潔さの欠片のない自分に、腹が立つ。 だが、どうしても声をかけられない。かけられないのだ。 …だめだ。顔すら、まともに見れねぇ…。 結局あの後、寝入ってしまった阿部は夕方の6時まで寝入ってしまった。 そして、いきなり自分を迎えに着てしまった親に驚き、慌てて服を着て、阿部はバタバタと慌ただしいまま三橋とじっくり話をする事もできずに帰ってしまったのだ。 返る間際に見た、三橋の様子が気になって仕方がない。 …俺らしく無いのは、判っている。…けれど。 「畜っ生…。どの面下げて、会えば良いんだよ!!」 阿部は思わず、硬いロッカーを蹴り付けた。その様子を、近くに居た栄口と水谷が無言で見守る。 「…なぁ、栄口」 「うん。…あの様子はきっと、あの後何かあったんだよね…」 何があったんだろう…。とは思うものの、恐くて阿部に声をかけられない。 「……」 とりあえず、二人は成り行きを見守る事にした。 阿部がユニフォームに着替えて運動場に出ると、三橋はすでに着替えてトンボを使い、グラウンドを整備していた。 ただでさえふらつく体で、重くて扱いづらいトンボを使って整備しているのだ。三橋はトンボを持ったままそのままズルズルと座り込む。 「…はぁ…」 …しんどい…。 三橋は昨夜、阿部の匂いのついたベットのせいでまんじりとせず、その上、後悔と苦惱で止まらない涙が枕を濡らし、苦しくて切ない夜をすごしたのだ。 …あんなコト、するんじゃなかった…。 睡眠不足でふらつく頭を抱えると、また涙が出てきそうな瞳を閉じる。 なんでしてしまったんだろう。 頭ではシテはいけない事だと判っていたにもかかわらず、後先考えずに行動してしまった自分が恨めしい。 ふと、昨日のことを思い出すたびに、何度も何度も泣きたい気持ちが心を占める。 「うぅ…っ」 フルフルと三橋は頭を振った。そして、顔を上げると目の前に野球靴を履いた足が近づいてくるのが見える。 「…?」…だれ?。 「おいおい。大丈夫かよ、三橋?」 その声の主は、ひょいっと三橋から鉄のトンボを取り上げた。 「花井くん」 顔を上げると、花井がすぐ目の前に立っている。三橋は慌てて立ち上がった。 「あ、…だ、だいじょう…」ぶ。 と、花井を仰ぎ見て言葉を続けようとした途端、三橋の目の前がざーっと白くなる。 …あ、れ…?。 頭から血の引く感覚を感じる前に、三橋は前にグラリと倒れた。 「わあっ!!」 とっさに花井は三橋の襟首を掴み、地面に頭を打ち付けるのを防いだ。しかし、花井の掴んだ場所は悪かった。 がくん!。っとした衝撃と共に、三橋の首がユニホームの襟で締まる。 「げほっ、けへっ、けへっ!!!」 「三橋!!」 花井の泡を食ったかのような声に、驚いて周囲にいた野球部メンバーが集まる。 「オイオイ。何やってんだよ花井っ」 「大丈夫か、三橋?」 膝をついて咳き込む三橋の背中を、田島がさすった。 「あ、うん。…平気…」 「…な、訳ねぇだろ…」 「…え?」 強引な手に腕を引かれて、無理矢理立ち上がらせられた。その強引な手の持ち主は、今までにない史上最悪な不機嫌さを隠そうともせずに、憮然とした表情で三橋を見下ろしている。 「…ひっ!!」 …あ、阿部くん…。 三橋の顔は思わず、恐怖に引きつった。 ピクリ…。っと、阿部の眉根が上がる。それは、阿部の怒ったときや腹を立てたときのくせだ。 三橋は、慌てて引きつってしまった顔を阿部から隠した。 その一連の様子を眺めていた花井は、あきれたかのような声を二人にかける。 …また、いつもの喧嘩かよ…。 「お前ら、帰れ」 「は、花井くん…。おれ、…俺…」 阿部に心配をかけたくない三橋は、必死に花井に食い下がった。 「ん?。何だ?」 自分を潤んだ眼で見上げて来る三橋に、花井の心臓はドキンっと高鳴る。 「っ…うっ!?」 良く見ると今日の三橋は、やたらと心臓に悪い色香を放っているのだ。 「だ、大丈夫だから。…練習、したい…」 下がりきらない熱のせいで紅くなっている頬や、うっすらとピンク色に色づいている首筋に、とどめとばかりに濡れる大きな瞳。そして、薄く開いた紅い唇からは、思わずキスをしたくなるような、ものすごい誘引力を感じる。 …そんな、ばかなっっ!!。 やけに自分を魅了する、やたらと艶っぽい唇から目がそらせない。 あぁぁぁぁっ、あ、相手は三橋!!。男!!。男だぞ!!!。 と、慌てて自分にそう言い聞かせると、花井はエロい顔で近づいた三橋から無理矢理視線をそらせた。 ドギマギして部長らしくビシッとできないでいる花井の後ろから、桃枝監督が心配そうに声をかける。 「そうねぇ…。無理すれば良いってもんでもないしね」 三橋の顔を覗き込み、それから阿部の様子もチラリと確認した桃監は、言葉を続けた。 「それに、阿部くんも。今日は休みなさい」 「え、俺もですか?」 阿部は、慌てて首を横に振る。 「いえ、昨日も休んでしまったし…。もう、大丈夫なんで練習に加えて下さい」 「お、俺もっ!!」 そうすれば、いつか話しかけるチャンスがつかめるかもしれない。 そう思った阿部と三橋は、必死で桃監に食い下がった。 「お願いしますっ!!!」 しかし、後ろから聞こえてきた声に、やわらかく諭される。 「駄目だよ阿部。三橋も。無理は故障の元なんだ。そして、故障したらなかなか元に戻らないんだぞ。ほら、今日はいいからもう帰りなさい。そして明日、部活に参加しなさい」 「…志賀先生…」 顧問の先生にそこまで言われたら、断る訳にはいかなかった。 「…はい…」 阿部も三橋も渋々と言った様子で頷くと、グラウンドを後にした。
帰り支度の更衣室。 阿部は自分の事だけ考えて、三橋を思いやる事ができないでいた自分に腹を立たせながら、気まずい沈黙に必死に耐えていた。 何か、声をかけなければ…。 と思うが、上手く言葉が構築できない。それどころか、この場から早く退散したいとでも言うかの様に、さっさと着替えが終わり、自然と足が出口に向かう。 …三橋…。 扉を開けて、ふと、阿部は三橋を振り返った。 阿部が帰るまでもたもたと時間稼ぎをしていたのだろう三橋は、今、やっと着替えようとロッカーを開けた所だった。 無防備に、はらりとユニフォームを脱ぐ。阿部は思わず体を硬直させた。三橋の体から目がそらせないのだ。 それどころか、三橋の体の各部分が目に入る度に、その感触を生々と思い出す。 いつもと変わらない部室での、いつもの三橋の着替えなのに。 今日は、なにもかもが違っていた。 …あ、あれは…。 三橋の背中に、見つからない様に付けてしまったキスマークが見える。 思わず付けてしまった、情事の跡だ。 阿部は、何かに急かされるかの様に三橋に声をかけた。 「なぁ、三橋」 「な、なっ、何?」 上擦った三橋の声が返ってきた。阿部は一気に残りの言葉をかける。 「お前、好きなヤツいるのかっ?」 「えっ」 思わず振り向いた三橋に、阿部はもう一度、問いを繰り返した。 「好きなヤツ、いるのかって聞いたんだ」 阿部は、手に汗を握って三橋の返事を待つ。心がざわついて、喉のが渇いて仕方がない。過度のストレスがかかって、胃が痛くなりそうだ。 けれど、これはとても重要な部分だ。うやむやになんか、したくはなかった。 阿部の真剣な眼差しに晒されて、目を見開いていた三橋は、ふと、苦笑いの表情になる。 阿部のためにウソをつこう。…そう、決心したのだ。 昨日の事を気にして欲しくはない。恋人にはなれなくても、せめて仲の良い友達にはなりたいから。 やっぱり、阿部の事が好きすぎて、諦めきれないから。…だから。 自分の思いを口にして、阿部に負担をかけたくない。 …きっと、阿部くんの事だから、責任を感じて付き合ってくれるかもしれない…。 けれど、責任や義務感で無理矢理付き合ってもらうのは嫌だ。 「…いない、よ」 震える唇が、ウソを紡ぐ。 「…そうか…」 どこか落胆したかの様な声が、三橋の耳に届く。 「…っ」 三橋は苦しくて奥歯を噛み締めると、袖を通した自分のシャツをギュッと握った。 「よしっ!。きめたっ!!」 いきなり声を張り上げた阿部が、ツカツカと三橋の目の前に歩み寄る。 「!?」 そして、三橋の両肩を強く掴むと、意志の強そうな目を向けて真摯に言い放った。 「俺は、お前に好きなヤツができて、そいつと付き合える様になるまで、誰とも付き合わないし、誰も好きにはならない。…バッテリーを解消させるなんてことは、ありえない!」 そう強く言うと、阿部は三橋に頭を下げた。 「これが俺が決めた、俺の責任の取り方だ」 「…阿部くん…」 阿部らしい男前な発言に、三橋の心の中で感動が掻き満たした。 「…けど」 頭をあげた阿部は、三橋の顔から視線をそらせると、珍しく弱気に言葉を続けた。 「…もし、お前が嫌だって言うのなら。…その時は、仕方がないんだけどな…」 じん…っと、震えるような音を響かせて、三橋の心が揺れる。 「むり、だよぉ…!!」 ひくっ。っと三橋はしゃくり上げると、一気にあふれ出た涙を隠すかの様に、それを両手で拭った。 「おれ、おれ…。阿部くんが、好きだ…から」 思わず隠していた思いが、どんどん口からこぼれ出た。 「…え…」 「…きっと、ずっと。阿部くん以外、…好きには、ならないから…」 もう、この言葉を止める事は無理。言うつもりは無いのに、堰をきったかの様に、どんどん想いが口から溢れていく。 「だから、無理、…だよぉ…」 三橋が自分の切ない思いを語り尽くすと、阿部は沈黙する。 部室の中には外で部活を行う運動部の元気なかけ声と、ブラスバンドの音だけが存在したが、二人の耳には届かない。 二人の耳の中に存在するのは、ドキドキとうるさいほど脈打つ心臓の音だけだった。 気まずい雰囲気の中、先に沈黙を破ったのは阿部だった。 「三橋…。念のため聞くけど、いつから、その…俺の事?」 「…あ、…えっと…」 「?」 「ご、ごめ…っ。…そんなこと、恥ずかしくって言えない、よ…っ!!」 恥ずかしそうに両手で口を押さえると、三橋は縮こまった。 …うっ…。やべぇ…可愛い…。 思わず照れた阿部は、ガシガシと頭を掻く。 「なんだよ!。俺、我慢する事、なかったんじゃねーか!!」 あえて例えるなら、常時三橋の目から“キスして”ビームや、声から“襲って”ミサイルが発射されていて、それにいつも被爆している様な物。そんな中、野蛮で獣の本能丸出しな欲望を理性の鎖で、ずーっと圧さえていられた、自分自身を褒めたいくらいだ。 阿部はキッと三橋を睨むと、細い体をがばっと抱きしめた。 「うひ!?」 「もう、このさい、言うけど。お前、フェロモン垂れ流しすぎ!!」 しかも、昨日の一件以来フェロモン倍増だ。阿部は三橋の首筋に顔を埋めると、甘い甘い砂糖菓子のような三橋の匂いを、肺に溜めるかのように思いっきり深呼吸をする。 「なんで、こんなに良い匂いなんだよっ!」 「うっ、きゃぅっ!!」 キュッと怯えた小動物の様に竦まった肩が、ぴるぴると震えた。 阿部は、抱きしめた腕に更に力を込める。 「なんで男のくせに、こんなに仕草がいちいち可愛いわけ!?」 「ほぇ!?」 「なんっっで、男のくせに、髪も、手も、どこもかしこも柔らかいんだよ!。ちくしょう!。かわいすぎるっっ!!」 恥じらいながら身をよじった三橋は、訳が分からず、困ったかのように眉根をよせながら瞳をぱちくり☆とさせる。 身じろぎをする三橋から名残惜しそうに顔を上げた阿部は、三橋の顔をのぞき込む。 いつの間にかに三橋は、引き締めていた口をポカーンと開けていた。 「っだぁ、もうっ!!。そんなにジッとみるな!!。キスしたくなるだろ!!」 「痛!!」 阿部は抱きしめていた腕を放すと、三橋のこめかみをグーでぐりぐりと捏ねる。…照れ隠しだ。 「…うっ。…いい、よ?」 「…っ!!」 思わず、阿部の手から力が抜ける。痛みから解放された三橋は、少し照れながら言った。 「…阿部くんだから、良い、よ?」 ぎゅうっと目をつむると、ふせていた赤い顔を上げて唇を「んっ」と阿部の方に向ける。 目をつぶった目蓋が、小さく震えている。 妙に紅く見える唇に、阿部は生唾を飲み込んだ。 「…三、橋…」 …うわっ、マジかよ…。 阿部は三橋の肩に手をそっと添える。なんだか震えてしまう自分の手が、自分の物じゃないみたいだ。 「…俺も、好きだよ…。三橋」 そう言うと阿部は静かに、そうっと触るだけの軽いキスをした。 唇を離すと、自然と二人の視線が重なる。 「あ…、あはっ。あははっ」 「う…、うひっ。へへ…っ」 もう、既に肌を重ねているくせに、あまりにも初々し過ぎるキスに照れた二人は、思わず笑いあった。
フォークボール二回投げたから…。そろそろ、真っ直ぐが投げたい。 そう思った三橋は、阿部に二人で決めた規定のサインを送る。 すると、阿部の構えたミットが中央にスッと移動した。 もう三橋は、阿部にサインを送るのは平気になっていた。 それに、前みたいに阿部を恐怖することも最近少無くなっていた。 …慣れって、すごいかも…。 やっと、憧れていた本物のバッテリーになれたんだ。 「へ…。へへっ」 そう思った三橋は、思わず顔をゆるめた。 右膝を上げて構えると、そこから全身の筋肉をバネにして、ボールを真っ直ぐ放つ。 「痛ぁっ!!」 ガシャン!!。と、ボールは阿部の後ろのフェンスにぶつかって地面に落ちた。 「三橋!。どうした!?」 「う、うう…っ」 利き手を押さえてうずくまる三橋に、阿部は被っていた面を地面に投げ捨てると急いで駆け寄る。 「あ、阿部くん…」 「手、どうしたんだ?。見せてみろ!!」 青くなった阿部が、三橋の押さえていた手をすぐさま確認する。見れば三橋の爪からは痛々しく血がにじんでいた。 ボールに爪を引っかけて、生爪を剥がしてしまったのだ。 「ああ。ちょっと血が出ているな」 と言うと、阿部はためらいなく三橋の指を、パクリと自分の口にふくんだ。 「うひぃぃぃ!!!?」 一気にゆでだこ状態になった三橋が叫ぶと同時に、辺りで事の成り行きを見守っていたメンバー全員がどよめく。 …や、やだっ!!。みんなが見て…っっっ!!!。 慌てて手を引こうとする三橋だったが、ガッシリと強い阿部の手からは逃れられない。 「だだだだだ、大丈夫、…だから」 離して、離して、と真っ赤になる三橋に、阿部は叱責する。 「ばか!!。大丈夫じゃないだろ!!。指をケガしたんだぞ。保健室行くぞ、保健室!!」 阿部は三橋の指をくわえたまま、もう片方の腕で三橋の腰を抱き上げると、一目散に保健室を目指して走っていった。 「あ…っ、あわわわぁぁ…っ!!!」 真っ赤な顔で何か言いたげな顔をした三橋が、涙目のまま阿部に担がれて、もの凄いスピードでグラウンドから遠ざかっていく。 …おいおい…。 なんだったんだ、今の…。 それを見ていた花井は、あまりの衝撃に立ったまま気絶寸前だった。 そんな周りの状態を今一把握していない唯一の人物、田島が声をかけた。 「仲良くなっただろ、あいつら」 「な、…仲良くは、なったけど…」 何か、違くないか?。 そう思うのは、俺だけか…? 「でも、一体、いきなり、どうしてあんな…」 あまりの出来事に、上手く言葉が構文できない。 …あんな、まるで…。 これは、アレだ。 …初々しい新妻にメロメロで、過剰に体を気遣う夫の図…。 と、いうものでは?。 「俺たちが飲み会開いて、あいつらの中を取り持ったんだぞ」 「うわっ!。馬鹿っ!!」 「田島!!。ストップ!!!」 栄口と水谷が、慌てて口止めしようとするが、田島は気にもとめない。 「良い事をした後は、スガスガしいな☆」 悪びれもせず、堂々と田島が花井に胸を張って言う。 「あーあ、言っちゃった…」 「むしろ、お前の態度の方がスガスガしいよ…」 栄口と水谷は、同時に頭を抱えた。 「そんなことしたのか、お前ら!!」 花井が青くなりながら、声を荒げた。そんな花井に田島がキョトンとしながら答える。 「だって、それしかねーじゃん。三橋の本音を引き出すの、他にやりようが有ると思うか?」 「そりゃ…。けどな、バレりゃ停学。運が悪けりゃ退学だぞ!!」 「だから、ばれない様にやったんだろ」 「…けど…」 「ま、いーじゃん。なんたって、結果オーライなんだしさっ!」 終わったことにいつまでもクヨクヨと口出しする花井に、田島はニッっと笑いかけると、その背中をバン!っと叩く。 「それに、あいつらもコレでマシになったんだし」 「…あれは、マシになったと言うのか…?」 納得いかない花井は、保健室を目指して走り去ってしまった阿部の様子を遠い目をしながら思い出す。 マシというか、以前の方がまだマシだったような…。 どぎついピンク色の、できちゃったオーラがムンムンと出ているのは、俺の気のせいか…?。 ほんっと〜に、気のせいなのだろうか…?。 「はぁぁぁぁ〜〜〜〜…」 これからの(別な意味での)苦労を思いやり、花井は深々と溜め息をついた。
終わり。 平成20年2月14日 FANの人、ごめんね〜。
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おまけ
「ねぇ、今、保健室っていってたよね?」 花井と田島のやり取りを見ていた栄口が、ふと、思い立って花井に声をかける。 「ああ」 花井が振り向くと、栄口が目を泳がせながら花井に疑問を投げかけた。 「あの、さぁ、…保健の先生、いるよね…?」 「はぁ?」 「いや、あの…。もし、いなかったら。…かなり、ヤバいんじゃないかな〜?。…ってさぁ」 「!!」 花井の口が、あんぐりと開かれる。 「あぁあぁっっ、阿部!!。早まるなぁぁぁぁぁっっ!!!」 ああ。きっと、気苦労の絶えない三年間になるのだろうな…。 保健室へ爆走中の花井は、先ほど思いやった嫌な予感(“(別な意味での)苦労”)が、確信へと変わったのを感じはじめていた。
終了。 |
この小説を書いているときに、弟に後ろから読まれました…。
そしたら、
コイツ、腐ってやがるっっ!!。
…長すぎたんだ…。
と、吐き捨てる様に言われました。
否定はせずに、むしろ嬉々としながら「読め!!」と強制したら、
アイツ、途中で吐き気でちゃって退去しやがった…。
ごめんね、腐女子歴が無駄に永くて。