「水戸で声劇CD発売します」とか、言ってましたが。 ので、声劇にするはずだった小説を無料配信中!!。 ついでに、台本も配信中→zipフォルダ(30KB)
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夢こそ まこと。〜 昼は夢 夜ぞ現 うつし世は夢 夜の夢こそまこと 〜
はじめは、いつも繰り返し見る、両親が死んだときの夢だと思った。 子供姿の俺は、必死で誰かに助けを求めて、でも、助けてもらえなくて。 そして、泣きながら震える、悲しくて怖くて寒くてとっても嫌な夢。 …けれど、今日は違った…。
差し伸べられた大きな手があった。小さな俺は泣きじゃくりながら、その手に無我夢中ですがりついた。すがりついた手はいつの間にかに、すがりついたその人物の体幹に変わっていた。俺の体は小さすぎて、俺の腕はその体幹の中途半端な位置にしかとどまれない。心細げに眉をひそめていると、いきなり脳みそを締め付けられたかのような圧迫感と、躰の中に鉛でも流されたかのような重さを体感した。かとおもうと、今度は、半透明の赤くてどす黒い手が無数に伸びて、その人から俺を引きはがし、後ろにぽっかりと空いた真っ暗な深淵に引きずり込もうとする。俺は、どうすればいいのか判らず、怖くて恐くてただただパニックを起こす。そりゃあもう、引きつけを起こさないのが、不思議なくらい。 ふいに、すがりついていた人物が、俺を抱き上げた。パニック中の俺は、その人から離れまいとして、必死になってその人の首にすがりついた。 あまりにも必死だったためか、勢い余ってその人の唇に、自分の唇をぶつけてしまった。 むにっとした感触にびっくりした俺は、真っ赤になり慌てて顔を離す。そして、ジーンとする唇を手の甲で口をゴシゴシ拭こうかと思った。けれど、片手をはずすと見えない手に後ろに一気に引きずり込まれそうで怖かったので、手の甲の代わりに、猫みたいに感触の残る唇を自分の舌でぺろりと拭った。 ごくん、と唾を飲み込んだ。 すると、それと一緒に、サラサラとした清い、けれどもとても熱い風が体の中をすーっと通った。 カッとからだが熱くなったと思ったら、熱はすぐに冷め、少し体が軽くなった。俺は、驚いてその人物を見上げた。けれど、その人は、人の形をしているものの良く見えない。でも、その人の周りだけが凄くキラキラとして輝いているのは、目には見えないけれど、でも判る。感覚的にだけれど、神様とか、仏様とか、俺を護ってくれている有難い人だと思った。 俺は、その人にもう一度唇を合わせた。そして、まるで親に餌をねだる仔猫のように、ペロペロとその口元を夢中で舐めた。 その人は、とても優しかった。 大きな手で背中をゆっくりと撫でてくれて、口伝えで俺の口の中に何かを流し込んでくれた。すると、だんだんと体が温かくなってきて、だんだんと圧迫感が溶けてきて、だんだんと怖くなくなってきて。いつの間にかに今の自分の姿に戻っていた。 俺が抱きしめて、口づけしている人物が誰なのか知りたくなり、ふと、薄目を開けて相手を見る。 …あれ、おれ、コイツしっている…かも。だれだっけ…?。 ぼやけた頭ははっきりせず、むしろ、夢と現実の間を漂っているかのような、まどろんだままの感覚が気持ちよくて。まぁ、このままでもいいやとも思う。 だんだんと唇を合わせているだけのゆっくりとした口づけは、何だか物足りないような気がしていた。そう思っていたら、いつの間にかに舌先が触れ合い、次第に擦り合わせるような清くないものに変わっていた。 …あ〜。思春期だもんなぁ、俺…(苦笑)。 とか、呆ける頭で、これから可愛い女の子とのエロい夢にでも発展していくのかなぁとか、アホなことを期待しつつ、自分から深く官能的に口づけして、更に相手の舌裏を刺激する。 すると、相手の方からも舌が伸ばされ、上顎の弱い部分を舐め上げられた。 俺の体がそれに反応し、ビクンとすくまる。その反応が面白かったのだろうか、その人はもっと執拗に俺の口腔をいやらしく刺激してきた。 …も、やっ…。だ、め…っ。 ビクビクと背中が戦慄き、腕の力が抜けて、とうとう俺はくずおれてしまった。そんな俺の体を逞しい筋肉質の腕がガッチリと支えてくれる。 …なんだか、俺、押され気味…(汗)。 って、ゆうか、何だか口の中を犯されてしまった気分に近いような…(激汗)。 初めて体験した濃いキスに目眩を起こした俺を、いたわるかのように大きな手が頭を撫でる。熱に浮かされたかのように、荒い息をしていた俺は「平気だよ」と言いつつ、ちょんっと可愛いキスをその人に贈った。 何だか、それでも心配そうにしているその人が無性に可愛くて、愛しくて、俺は照れつつもう一度抱きしめてキスをした。すると、今度は、ゆっくりとしたキスでその人は応えてくれる。 なんだか、仲むつまじい恋人同士がするみたいなキスだ…、なぁ?。 と、キスでとろとろとした俺は思った。そして、この愛しい相手が誰なのか、真面目に知りたいとも。すると、おぼろげだけれども相手の輪郭が見えてきた。何だか知っている人のようだけれど。…だれだ?。 ちょっと頭をずらして、舌先だけを触れ合わせるようなキスにして、相手をもう一度確認してみた。 短く刈り上げられた黒髪に、造形の整った彫りの深い顔、つり上がり気味だが形の良い柳眉、そして、三白眼だけれども、とても凛としていて存在感のある綺麗な眼に、思わず見惚れてしまった。 …ムカツクほどカッコイイ顔だなぁ…。 あれ?、でもたしか、コイツは。 …どう、め…?。 「きっ、…ぎぃゃぁぁぁっ!!!?。」 盛大な叫び声とともに、俺は布団を跳ね飛ばして起き上がった。 荒い息をしながら「…あっ…。…悪夢だ…」と言い、俺はガバリと頭を抱える。だって、そうだろう?。悪夢と言わずしてこの夢をどう表現するんだよっ。 俺はぴちぴちで健全な男子高校生だし、そりゃぁ、普通の夢を捻じ曲げてまで可愛い女の子とのスケベな夢を見て楽しんだりするさっ。たまに、可愛いひまわりちゃんが出てきたりすると、次の日申し訳なくて、顔をあわせられなくなりそうなくらいエロい夢見てたりするさっ。でも、それは男の本能だし、健全な証拠だし、仕方がないだろうっ!。 …けど、けど、これって、どうよ…?。 男にキスして、キスをされて、うっとりして…。って。 「うわぁぁぁっ!!!。忘れろっ!!。今すぐ記憶を消去するんだっ!。俺っ!!!!」 うっかり夢の中の内容を、感触つきで思い出してしまった俺は、再び布団をかぶり、おぞましさに激しく身もだえした。 ☆起☆ 「朝っぱらから、元気ねぇ〜。四月一日」 「よっ☆、四月一日!。朝の雄叫び、漢だねっ♪」 顔を合わせるなり、朝の挨拶もなく侑子さんとモコナが声をかけてきた。俺は胡乱な顔を彼らに向ける。ここは侑子さんの店の中にある居住区域の一室。で、俺は侑子さんとモコナの『明日の朝は、朝一で美味しいお粥が食べたい〜』というワガママに付き合って、ここにいる。 「侑子さん…。元気じゃねぇっすよ。ってか、夢見が悪くて、朝っぱらからローテンションっす…」はぁ〜。と、暗い溜め息を付きつつワカメと魚貝類の海鮮粥を器に盛り、そして、暗い顔をしながら、その器を二人に渡した。 「ふぅ〜ん。嫌な夢だったの?。じゃぁ、私がその内容を聞いてあげよっか?」と言う言葉を聞きつつ、お盆を持って立ち上がった俺に、侑子さんは続けざま「嫌な夢は人に話すと、現実には起こらないって、昔の人は良く言うでしょう?。本当になるかならないかは別としても、確かに気は楽になるわよ」と言う。 「えっ!!?」っと、思わずひっくり返った声を上げて、俺は固まってしまった。…だって、内容が、内容だし…。 「そんなに構えなくても、聴くぐらいだったら誰にでも出来るから、別に、対価は要求しないわよ?」 そりゃぁ、アンタは良いかもしれませんけど、俺は構うんですっ!。…と、俺は腹立たしげに言おうとした。けれど、侑子さんとモコナの顔が異様にニヤニヤとしている。…もしかして…。 何だか、確信に近い嫌な予感を感じて、「二人とも、もしかして…俺の夢の内容、知っています…?」と、恐る恐る聴いてみる。 ニヤニヤ顔はそのままに、侑子さんは「さぁ?。どうかしらぁ〜♪」と、笑みを深めて嬉しそうに言った。二人の嫌なオーラに、俺は既に筒抜け何じゃないかと思い、かぁぁ〜っっと顔を赤らめる。 「あらあら、真っ赤になっちゃって、どうしたのかしら〜?。おっ姉〜様に全てを話してごらんなさぁ〜い♪」うふふと笑いながらお姉言葉で話を促す侑子さんを、俺は“知ってるクセにっ”と言いたげな上目遣いで睨んだ。けれど、侑子さんとモコナは笑みを深めて話を促すばかり。彼女はどうやら、どんな夢だったかを俺の口から言わせたいらしい。 確かにこの夢が正夢になったら嫌だし、気の持ちようとはいえ誰かに喋ったり相談したいのは確かだ。でも、こんな話誰にも話せないし。…って、いうか、こんなこと言える人は、侑子さんしかいないだろうし、もうすでにばれてるみたいだし…。 「〜〜〜〜ッ!!!」俺は意を決するとその場にストンと正座し、断腸の思いで侑子さんに夢の話を打ち明けた。顔がどんどん火照ってくるし、変な汗が出てくるし、侑子さんは嬉しそうだし、ある意味羞恥プレイ的な気持ちを味わいながら話を終える。 「ねぇ、四月一日。“予知夢”って知ってる?」俺の話が終わると、唐突に侑子さんはそんなことを言ってきた。 「ええっ!?。まさか、これって、予知夢なんすかぁ!?」俺は、驚いて立ち上がった。そんな俺に、侑子さんは落ち着くように言い、「そうとも言えるし、違うともいえるわねぇ…」と言うと話を続ける。 「ん〜…。じゃぁ、四月一日は“予知夢”や“正夢”とかいった未来のことが判るモノのたぐいは、どうして起こると思う?」 「どうして、って…」侑子さんの質問に、俺は首を捻る。だって、普通、そんなこと考えないものだろう。なんて応えて良いのか判らない俺に、真面目顔の侑子さんは、箸を休めて話す。 「この世はね、存在する物と存在する可能性のあるモノで成り立っているの。人が持って生まれた運命は変えられるけど、あらかじめ設定されている命題(ナガレ)は変えられないわ。だから、偶然は存在せず全ては必然。ゆえにぃ、…が・ん・ば☆っ!」 「ちょっと待て――――っっ!!!」正夢確定かよっっ!。 俺は両手を握りしめて、エールを送る侑子さんに超絶必死で宣言する。 「絶対あり得ない!!。ひまわりちゃんとならともかく、あのでっかくて朴念仁の百目鬼と、あんなコトするなんて、絶対にありえん――――っっ!!!。男同士であんなコトするなんてありえん――――――…っていうか、俺は絶対にしないっ!!!!」 「あら、“絶対”なんて不確かなモノ、この世に在りえはしないわよ?。…それこそ、”ゼッタイ”にね」と言うと、侑子さんは、ちらっと俺に視線を走らせた。肩を怒らせて、ゼイゼイ荒い息をしながら「それでも、アイツとだけは絶対にしませんっ!!!!」と否定する俺に、侑子さんは食事を再開しながら「まぁ、アナタがそう言うのならそれでも良いけど」と言う。 …ああ、朝っぱらから痛い夢見てへこんでいる所に、盛大なツッコミをしたせいで、つっ…疲れた…。 変な疲労感を覚えつつ、俺も侑子さんと一緒に朝餉を済ます。そして、食後のお茶を二人にすすめた。 「ありがとう、四月一日」侑子さんはお茶を受け取ると、美味しそうにすする。 「朝一杯のお茶は難逃れ〜」と言いいながら、モコナも美味しそうにすする。 「はぁ…」と、溜め息を付きながら俺もお茶をすする。…うん、流石俺、良い味出ている。 「そう言えば四月一日」と、侑子さんが唐突に話しかけた。「四月一日がもしも追試を受けた場合、最初の試験との問題と同じ問題が出たら、四月一日は良い点数をとる自信はある?」 「は?」同じ問題なら、よっぽどの馬鹿でない限り誰だって…「そりゃ、とれる自信はありますよ」 と、応える俺に、侑子さんは「そうよね」と短く呟く。 「誰だって、最初から答案が分かっていれば、その通りに書くわよね。…つまり、それと同じよ」 「はぁ?」意味が分からない俺は、聞き返した。すると、侑子さんは人差し指をピンと縦ながら応える。 「つまり、予知夢というのは答の書いていない問題用紙のようなモノであって、正夢というのはその人にとっての人生の模範解答。つまり、誤った方向に行かないために、あらかじめ対処方法とかを、ナニモノかが見せてくれるモノなのかもしれないわね」 「って、俺の場合、夢で見た方向が、既に誤った人生ですっ!!!」 「あはははは――――――っっ!!。…まぁ、逆夢であることを、一応は祈っとくわ」 「一応って、何ですか、一応って――――っっ!!!!」っと、ツッコミを入れるけど、侑子さんは楽しそうに笑うばかりで俺の言葉など聞き入れず、さらには「とりあえず、まかり間違ってあなた達がそういうコトになってしまっても、私達は生温か〜い目で静かに見守っていてあげるから、安心してね♪」と、謝罪にもフォローにもなっていない言葉をかけてくる。 「…………」…っつ、疲れた…。 疲労感に潰れて、もう侑子さんとモコナにツッコむ言葉も気力もなくグッタリと黙った俺は、学校に行く準備をしておいた鞄をさっさと肩に担ぐと、とっとと店を後にした。 ☆承☆ 「四月一日君、ごめんね。手伝わせちゃって」 「ううん〜、気にしなくていいよおぅ〜♪。ひまわりちゃ〜ん♪♪」 学校の放課後の教室に残って、楽しくひまわりちゃんのお仕事のお手伝い。…ああ、たとえ教室の電灯換えの仕事だとしても、ひまわりちゃんと一緒なら俺、すっげー幸せっ!!。だから、そんなに気にしなくてもいいのに、でも、素直で優しいひまわりちゃんは、申し訳なさそうに見上げながら可愛く謝ってくる。その謝り方も、スッゲー可愛くて。俺はつい、幸福感でニヤニヤとにやけてしまう締まりのない頬を更にゆるめた。 ああ、可愛い可愛いひまわりちゃん。今日もまた一段と可愛いっv。特にこのベビードールのように大きな真っ黒の瞳!。ああっ、そんなに見つめないでよ〜ぅっ♪。まったく、こーんな可愛いコと一緒にいられるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろう!!。…な〜んて事を考えていたら、不意にうすらでかい物体がひまわりちゃんの横を通った。俺は、ひまわりちゃんとの大切な時間を堪能するためにも必死で視界に入れまいとしていたが、どうしても視界に入ってきてしまう邪魔で余計な人物を睨み付け顔をしかめる。 「九軒。次はどれだ」と、言いつつひまわりちゃんの隣に立つのは、朴念仁でおじゃまムシの百目鬼だ。 「次は窓側の方なの」と、ひまわりちゃんは窓側の点滅する切れかけの電灯を指さした。俺は、それを聴いて机の上から降りる。 実は、教室の電灯を取り替えていたのは、俺なんだ。だって、考えてもみろよ。こんな危ない高所作業を、スカートヒラヒラのひまわりちゃんにさせるワケにはいかないし(…いや、させてみたいけど…)、かといって、これ以上百目鬼の野郎に良いところをもって行かれたらシャクだし。 「そうか」と、言いながら百目鬼が窓下の蛍光灯を取り替えられるように、ガタガタと机とイスを動かした。俺は、ヤツに一瞥もくれずにその机の上にさっさと昇りイスの上に立つ。 「これで最後だから、お願いね」と、言いながらひまわりちゃんが、俺に蛍光灯を手渡してくれた。 「うん、まかせてぇ〜v」笑顔で蛍光灯を受け取った俺は、それを持ち替えて片側を電気の挿入口に差し込んだ。そして、そのまま反対側も入れようとしたとき、 ――――…パキッ!。っと、なんの前触れもなく何かが軽く爆ぜた音がした。 驚いて音がした方を振り返ると、まるで木の枝が折れたかのように、蛍光灯がまっぷたつに割れていたのだ。しかも、折れて落下した蛍光灯のその下の方に居るのは…。 「きゃぁっ!!」 「ひまわりちゃんっ!!!」 「九軒っ!!」 蛍光灯が落ちて行くのを、何も出来ずにただ青くなって目で追う俺の代わりに、百目鬼がすぐさま動いた。百目鬼は、俊敏な動作でひまわりちゃんの左腕をグッと自分の方に引き寄せると、自分の体全体で、落ちてくる細かな破片からも彼女を護った。けれど、あまりにも速い動作に、百目鬼とひまわりちゃんは体がついて行けなかったらしく、反動でもつれ合うようにして後ろに倒れ込んでしまった。その後、ガシャンカシャンと、金属片と薄ガラスが床に落ちた音がする。俺は、ひまわりちゃんの上に、それらが落ちなかった事に深く安堵した。けれど、周りには細かい蛍光灯の破片がキラキラと散乱している。そのひどい有様に驚いて、俺は慌てて駆け寄った。 「ひまわりちゃん、大丈夫!?」すると、ひまわりちゃんは、「ごめんね、百目鬼君」と、まるでマットのように上に乗っかってしまっている百目鬼に謝った。 「いや、九軒こそ大丈夫か?」百目鬼は、ひまわりちゃんの背中を支えながらのっそりと起きあがった。 「………」…なに密着してんだよ、コラ…。 なんだよ、その格好は。なんだよ、その手は。なんだよ、そのシュチュエーションはっっ!!。羨ましいすぎだぞ、ちくしょーっっ!!。 っと、俺は心の中で頭を掻きむしり、思いっきり叫んだ。…ああ、成り代われるものなら成り代わりたいよ、この美味しいどころ取り野郎にさぁっ!。 「ん?。九軒、血が出ているぞ」 「えっ?。あ、ほんとだ」 百目鬼が、ひまわりちゃんの細い手首を持ち上げた。どうやらスッパリと切れているせいか痛みを感じず、ひまわりちゃんは自分がケガしているとは判らなかったらしい。 「うわぁぁぁ――…っっ!!!。ひまわりちゃんの手から血が出てる―――っっ!!!」右手のひらを見れば、親指の下側がスッパリと切れてポタポタと血が流れて、百目鬼の制服の上に滴り落ちている。俺は、慌てて持っていたハンカチを取り出して、ひまわりちゃんの傷口にそれを当てた。 「ひまわりちゃん、大丈夫!?。うわぁぁ!!。こんなにいっぱい血がっ、血が…っ。俺のせいだぁぁっっ!!」 「大丈夫だよ、四月一日君。ぜんぜん痛くないし、四月一日君のせいじゃないもん」 「でも、でも、どうしよう!。どうしよう!!」と、ケガを負っているはずのひまわりちゃんよりも、パニックってしまっている怪我他人の俺に、百目鬼が冷静に「まずは保健室だろう」と言う。 「はっ!。そうだよな。まずは保健室だよな!!」と、俺も相づちをうつと、百目鬼はひまわりちゃんをお姫様抱っこしながら立ち上がる。俺もひまわりちゃんの手を止血しながら、百目鬼と共に足早に保健室に向かった。 ☆転☆ ひまわりちゃんを保健室に連れて行った俺たちは、保健医に彼女の傷口が意外にも浅かったことを告げられて安堵した。どうやら、人間の手のひらの親指側は、頭の血管と同じように毛細血管が密集していて柔らかいから、小さな傷でも血が沢山流れやすいらしい。でも、一応大事を取ってひまわりちゃんは病院に連れて行くそうだ。 「失礼しましたー」と、言いながら保健室を後にすると、俺ははぁ〜っと溜め息を付きつつ、その場にしゃがみ込んだ。 「…四月一日…?」そんな俺を怪訝に思った百目鬼が、声をかけてくる。 「百目鬼…」俺は、しゃがみ込んだ姿勢のまま、ボソリと言った。 「お前が居てくれて、…助かった…」すると、百目鬼は「そうか」と、一言返す。 「ほら、見ろよこの手。まだ震えていやがる。しかも、手だけじゃなく、膝もだ。…なさけねぇ…っ」俺は震える両手をかかげてヤツに見せてみた。 「俺、うろたえるばかりで、何もできやしなかったし…」 「ハンカチあてて、止血しただろ」 「うん。でも、それしか出来なかった…」と言いながらうつむいた俺に百目鬼は、「それだけできりゃ、上等だろ」と言うと俺の震える手を引っ張り立ち上がらせた。 「………ん」と、俺は頷く。 「さっさと割れた蛍光灯を片付けて、帰るぞ」スタスタと歩き出した百目鬼に、俺も後を追うように歩き出した。 教室に戻ると、割れた蛍光灯とその破片が床に散らばっている。その惨劇を目の当たりにして、更にずう〜んと自己嫌悪に陥った。 何も喋らずに黙々と、俺はその惨状を片づける。片づけている途中、ふと、手伝いもしないで机に座り、ボーッとしてこっちを見ている百目鬼の制服に付いたままの、ひまわりちゃんの血が目にとまった。 「おまえ、それ、洗わなくて良いのか?。乾いたら落ちなくなるぞ」と言いながら制服を指さす俺に百目鬼は「どうせ黒い制服だし、落ちなくても誰も気がつかないだろ」と言う。 俺はムッとした。確かに制服は黒いから汚れが目立たない。とはいえ、それはだらしなさすぎる。…つか、ひまわりちゃんの血が付いた制服をコイツが着ているというのは、何だか無性にムカついた。 「良いから、脱げっ!」と言うなり箒とちり取りを置いた俺は、百目鬼の制服のエリに手を掛けると、すぐさまボタンを外した。その間、百目鬼は特に抵抗もせずに俺がしたいようにさせている。 ヤツの制服ボタンを途中まで外すと、制服の下の真っ白なはずのシャツが、赤く染まっていた。 「…ひまわりちゃん、いっぱい血が出たんだな…」そう言いながら、俺はその赤く染まったシャツのボタンも外した。制服もシャツも血が半乾きだったせいか、百目鬼の体に付着した血液はまだ濡れている。俺は、思わず顔をしかめた。 …人の血って、温かくて、鉄くさくて、ヌルついてて、なんて痛々しい色なんだろう。 「九軒なら、大丈夫だと保健医が言っていただろう」と言う百目鬼に「そうだけど…」と言葉を濁しながら応えた俺は、何となく百目鬼の体についてしまった血を触ってみた。 その時だった。 「!?」一瞬、貧血を起こしたかのように頭がクラッとした。その後、何だか遠くから近づいてくるザワザワとした地鳴りのような音が聞こえてきたかと思うと、今まで自己嫌悪と後悔で重かった俺の体は、更に重りをのせたかのように重くなった。 …なっ、なんだ、これ…?。 「四月一日、どうした?」がくがく震えながら沈み込むかのようにゆっくりと床にへたり込む俺に、異変を感じた百目鬼が声をかける。俺は、“判らない”と、言おうとした。けれど、体が痺れて上手くしゃべれない。しゃべれ無いどころか、上手く呼吸も出来ない。しかも、頭の中でぐわん、ぐわんと音がするみたいだし目がぐるぐる回るし、上から伸(の)し石でつぶされるかのようにもの凄い重さを感じる。 …ヤバイ、これって…金縛り…じゃぁ。 実は、この感覚は初めてではなかった。昔からアヤカシとか物の怪とか、そういう見えない輩どもに好かれやすいこの体質のせいで、こんなことは、しょっちゅうだったんだ。…けど。 …あれ、でも、何か違う…。 金縛りって普通、体が重くなって、動かなくなって、変な音や声が聞こえてグラグラして、たまに載っかられたり抱きつかれたり引っ張られたりして、それで終わりなんじゃないのか?。何だか、体の中にズブズブと無理矢理何かが入ってくる感覚がある。入ってきた何か黒くて重くてブヨブヨとしていて、妙に硬い何かか俺の中でモゾモゾと蠢いている感触がある。 …うわぁわぁわぁ――…っっっ!!!?。何だこれ、ムチャクチャ気持ち悪い―――…っっ!!!。 俺の指の先までぴったりとその質量が埋まった。何となくそれは人の形をしているモノだと判る。その、訳の分からないモノが体の中をモゾモゾと身じろぎするようなおぞましい感触に、ぶわりと鳥肌が立ち、ダラダラと脂汗が出てきた。俺はなんでこうなったのか訳が分からずにパニックに陥る。そして…、 “正夢というのはその人にとっての人生の模範解答。つまり、誤った方向に行かないために、あらかじめ対処方法とかを、ナニモノかが見せてくれるモノなのかもしれないわね”と言う侑子さんの声が、どこからともなく聞こえてきた。 …‥……。 …‥……。 …‥……。 …‥……ちょっと、まて。 それって、まさか、まさか…‥……そう言うことなのか…‥?。 嫌な可能性を察した俺は、今までにないくらいダク汗をかいた。 「四月一日、しっかりしろっ!」 百目鬼が座っていた机から飛び降り、息が出来なくて青くなってきた俺を支えた。すると、百目鬼が触っているところだけ、変な感覚が逃げる。 ………ちくしょう。やっぱり、そう言うことなのかよぉぉぉぉっっ!!!。 俺は、混濁する意識の中で、死ぬほど絶叫した。けど、こういう場合は、素直に侑子さんの言ったとおりにするべきなのだろう。…でもっ。…でもっ!!!。 …コイツとキスするのだけは、絶対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!。 ファーストキスすらまだなのに!!。と、可愛い女の子とのファーストキスを夢見る純真な高校男子の俺は、ジタバタと子供がダダをこねて騒ぐがごとく、心の中で頭を抱えて思いっきり藻掻いた。 …はっ!。そう言えば、こないだ見たTVで言っていたっけ。と、思い直し、俺は超絶必死で某心霊番組の特番で、霊媒師が視聴者に教えていた除霊方法を思い出してみる。 “おへそから握りこぶし一個分下の丹田という部分に握り拳をあててください。そして、お腹に力を入れ、その拳で丹田を強く押してください。その時に、体の中の気が爆発するようなイメージをしながら、悪霊よ去れ!。と強く願ってください。そうすれば、除霊は必ず成功します”。 俺は、その通りにやってみた。けど、やっぱり効果はナシ。ちっ、所詮B級番組か。…あっ、逆に何だか力が吸い取られてしまったかのような感じで、すーっと意識が遠のいてきた。かなり、ヤバイ。 …今度こそ、マジで死ぬかも…。 「四月一日!。四月一日!!。おいっ、しっかりしろっっ!!!」百目鬼が俺の体を、必死の形相で揺さぶる。…あははっ、鉄面皮のコイツでもこんな顔できるんだ。何だか面白いや。 「呼吸が無い…。体がどんどん冷たく…。くそっ!。どうすれば…っっ!!!」なんだかひまわりちゃんの時よりも焦っていて、何倍もオロオロとして落ち着きのない百目鬼が、妙に可笑しかった。 …お前、何にでも動じないヤツだと思ってたよ。 百目鬼が、本気で俺を心配して、本気で助けたいと思ってくれているんだと判った。いつも俺の邪魔ばかりして、いいとこ取りで気にくわない、すっげームカツクヤツだけど…。でも、意外と良いヤツかもしれない。 百目鬼が立ち上がり、俺を抱き上げた。重力の作用で、俺の体は、百目鬼の腕の中にもたれかける格好になった。コテンと力なく、ヤツの肩口に俺の頭が乗る。すると、百目鬼独特のお香みたいな匂いがして、次いで頭が少し楽になった。 「…ど、…めき…」俺は必死で動きにくい唇を動かして、百目鬼を呼んだ。すると、百目鬼は俺の方を心配そうに振り返ってくれる。そんな百目鬼に、俺は、これから俺が百目鬼にやらかすであろう事を考えて、すっごく申し訳ない気持でいっぱいになりながら心の中で平謝りをした。 …ごめん。 …ほんっっとーに、すまんっっ!!!。と、心の中で何度も百目鬼に謝りつつ、最後の力を振り絞って顔をずらし、ヤツの唇に俺は吸い付いた。 「わた…っっ!!!」案の定、百目鬼は突然の事に目を見開き、体を硬直させた。て、当たり前だ。野郎にいきなりキスされるなんて、青天の霹靂も良いところだろう。しかも、その相手が、…俺…、だし。 俺は、体を硬直させてピクリとも動かない百目鬼を、申し訳なさげに薄目を開けて見た。よっぽど俺にキスされたのがショックだったのだろう、ヤツは俺の顔を凝視したまま動こうとしない。 …マジで、すまん!!!。っともう一度謝ると、とりあえず合わせた唇はそのままに、夢で見たとおりに俺は自分の唇を舐めてみる。すると、サーッと熱が体の中を流れていき、次いで体がほんのちょっとだけど軽くなった。でも、夢で見た時みたいに劇的に体が軽くなりはしない。 …やっぱり、これだけじゃダメなのか?。夢の内容を俺はもう一度良く思い出してみた。たしか、あの時は口の中に何かを流し込んでもらっていた、…ような?。 …ああ、この後、どうすれば良いんだろう?。と、悩んだ俺は、何となくぺろっとヤツの唇の合わせ目を舐めてみた。すると、そのこそばゆい刺激でハッと我にかえったのか百目鬼が、モゴモゴと何かを言いながら俺の体を引きはがそうとする。百目鬼が何かを言おうと口を動かした拍子に、俺の舌が少しだけヤツの口の中に入った。すると、酸素が体の中に入ってきて、混濁していた意識がはっきりとしてきた。 …って、ことは、もしかして…。俺は嫌な予感が、限りなく正解に近いモノだと直感した。 「四月一日っ!!」百目鬼が唇を無理矢理離して、俺の両肩を痛いほど握りしめ、批難するかのように俺の名を呼ぶ。 「痛っ!!」俺はその腕の痛さと、百目鬼の怒ったかのような大声に驚いて悲鳴を上げた。すると、百目鬼は慌てて俺の腕を放す。当然、支えを失った俺はそのまま床に激突した。倒れた拍子にゴツッと肘と頭を打ち、そのジーンとした痛さに思わず目に涙が浮かぶ。 …くそっ!。痛いっ。こんな仕打ちをしやがったヤツに何となく。…ホントーに何となくだが、ムカついた。そして、この仕打ちの元凶である俺の中に入ってきたヤツにも、激ムカツいたっ!!!。 「おい、四月一日…!!」倒れ込み、半分意識を飛ばしている俺の顔を、百目鬼がのぞき込んでくる。俺は、涙がにじむ目で腹立たしげに、キッとヤツを睨み付けてやった。 …やってやろうじゃねぇか…。ディープキスだろうが何だろうが、してやろうじゃないかっっ!!!。 俺は、外れかけていたメガネを乱暴に外して床に落とすと、百目鬼の首に自分の腕を絡ませて、半分以上やけくそでそのままヤツに引っ付いた。そして、噛みつくかのように唇を重ねる。案の定、百目鬼のヤツは抵抗した。けど、そんなの構うもんかっ!。 俺は百目鬼の口の中に、さっきみたいに自分の舌を差し込もうとした。しかし、百目鬼はぎっちりと歯を食いしばりそれを阻止する。俺は、仕方なしにヤツの薄い唇を舐めた。ヤツの唇は意外に柔らかく、舌先に力を入れるとすぐに歯列に届いた。俺は、その硬い感触に、ふと我にかえる。 …うへぇ…。…やっぱりちょっと…。 気持ち悪いかも?。と、思ったが、最初に覚悟していたおぞましい程の嫌悪感はなく、むしろ、意外と平気そうな自分に驚いた。よし、これなら大丈夫そうだ。……たぶん。 俺は舌先が届いた百目鬼の歯列をこじ開けようとした。しかし、どうにもこうにも開かない。俺は仕方なく唇を離して、涙がにじむ目を見上げて懇願した。 「…どう、めき…。たの…む、くち、あけて…?」 半分痺れの残る俺の唇は、たどたどしく言葉を紡ぐ。そのあまりにも弱々しげな声に、百目鬼の抗う力が緩んだ。俺はもう一度ヤツに唇を合わせると、また舌を差し込む。すると、今度はなんの抵抗もなく、百目鬼の口の中にすんなり俺の舌が入った。 その時、俺に覆い被さるような格好になっていた百目鬼の口から、何かが俺の口の中に流れ込んできた。…温かくて、ほんのちょっと甘くて、さらさらする液体のようなもの…。 「?」何だろう、これ?。良くわからないけれど、俺はそれを飲み込んでみた。すると、体の中がどんどん熱くなってくる。それと同時に、俺の体の中にいるモノ達もザワザワとざわめき出した。どうやら奴らはこの液体が嫌らしい。俺は、無心で百目鬼から流れてくる液体を飲み込んだ。とにかく、この体の中にいる嫌なモノ達を早く追い出したくて。 追い出すためにも、もっとこの液体が欲しくなって、俺は舌を動かしてヤツの口の中を刺激した。すると、たくさん液体は流れてくる。飲みきれなかった液体が、トロリと俺の頬を伝った。その時、それが百目鬼の唾液だと判った。判ったとたん、俺はムチャクチャ恥ずかしい気持ちになる。思わず唇を外そうかとも思った。が、ここまでしたのに元の木阿弥になったら、ここまでやった俺の涙ぐましい努力が無駄になりそうなので、俺はタコにでもなったかのような気分で、そのままずっと百目鬼の口に吸い付いていた。 どのくらい経っただろうか?。短いような長い時間の後、俺の首の後ろから、寒天を入れすぎたゼリーみたいな感触のモノが、ズワッといきなり飛び出して行った。そのナニモノかがズワッと出て行った後、その反動でか俺の体は、ガタガタブルブルとまるで地震ような盛大な震えが起こる。その後、クテッと俺はくずおれてしまった。力なく倒れ込む俺は、再び床に激突する衝撃を覚悟したが、…衝撃は起こらなかった。 不思議に思い目蓋を上げてみると、すぐ傍に百目鬼の顔があった。背中には、ヤツの硬い腕の感触がある。どうやら俺は、百目鬼に抱きかかえられているらしい。俺を抱えてくれている百目鬼の顔は、何だか怒っているかのような睨み付ける顔をしている。俺は凄まじい虚脱感の中、無理矢理動かない口を開くと、眉根を寄せてそっと謝った。 「…ごめっ…。どう…っ」必死で唇を動かして言葉を紡ごうと思っても、上手く舌が回らない。俺はもどかしさに、唇を噛んだ。百目鬼は怒ったような顔をしたまま、俺の口元に残った唾液を拭うと、掠れる声で俺の名を呼んだ。俺は、首を傾げてヤツを見る。 「?」だんだんとヤツの顔が、近づいてきた。 唇に、ふにっと柔らかい感触が伝う。そして、その感触はどんどん深くなり唇全体に届いた。 「!!?」俺は、あまりにもあり得ない光景に目を見張った。だって、あの百目鬼が…。あの、きつい三白眼で俺を見下してばかりいる、あのいけ好かない百目鬼の野郎が、俺に…キス…するなんて。 …いや、確かに最初のキス(?)は、俺からだったさ。でも、それは、成り行き上仕方なしにやったものであって、百目鬼が俺にこんなコトするなんて、まず有り得ないだろ普通っ!!。 背中にまわっていた百目鬼の腕が、力なくうつむき加減の俺の顔を上向かせるように動く。カクッと、首が後ろにのけぞった。その拍子に俺の口が開く。百目鬼は、開いた俺の唇に舌を這わせた。その瞬間、背中がゾクッとわなないた。体の中に変なモノが入り込んだ感じではなく、もっと、こう、別な感覚だ。 俺は、キスのショックと変な感覚に体をガチガチに強ばらせた。そんな俺の体をなだめるかのように、ヤツの口づけはソフトなものになる。後ろに回った百目鬼の手が俺の背中を撫でさすり、たまに落ち着かせるかのようにポンポンと叩く。…くやしいけれど、少しは落ち着いた。 ガチガチだった俺の体から強ばりが抜けると、百目鬼はキスを再開する。差し込まれた舌が、俺の舌を舐めた。俺はその刺激に、ビクンと体をすくませる。その時、やっと背中を伝った電流のような感覚は快感だと、遅ればせながら分かった。 …ん?、快感…?。俺はこれが“快感”といわれるものだと自覚すると、思いっきり居たたまれなくなった。 …ちょっと待て―――…っっ!。可愛くて柔らかい女の子とならともかく、こんな無愛想で筋張ってる野郎とでのキスで、気持ちいいなんて感じなきゃならないんだ―…っっっ!。 有り得んだろう、ってか、痛くてかなわんわっ!!!。 俺は百目鬼の体を押し離そうと、ジタバタ藻掻く。しかし、百目鬼は離そうとしない。それどころか、必要以上に俺を抱きしめる。 体格と体力の差は歴然としていて、俺の抵抗はあってもアイツにとっては無いようなもの。じわり…と、悔し涙が目ににじむ。そんな俺に気がついたのか、百目鬼の腕の力はゆるみ、目元をぬぐわれた。 いったん唇は離されたが、一息つくことなく再びキスは再開される。 また百目鬼は俺の口の中に、舌を入れてきやがった。その舌は俺の舌に絡まると、ゆるゆるとあやしく動く。その動きに、キスに慣れていない俺は、思わずむせかえりそうになった。そんな俺を軽く笑った百目鬼は、俺の舌を離すと今度は、浅い口づけを繰り返しながら、俺の唇に歯を立てる。酸欠状態の俺は、それをまるで他人事のように思いながら受け入れていた。 「…ん、あぅ…っ」…もう、好きにしてくれ…。 疲れてしまって半ばどうでも良くなってしまった俺は、百目鬼のしたいようにさせてみることにした。体から力を抜くと、俺の唇をついばんでいた百目鬼は俺の体を軽々と抱き上げて抱え直し、また深々と唇を重ねる。 深く口づけられたまま舌裏や口蓋を舐め上げられて、俺の体はピクピクと震えた。どうやら俺はそこが弱いらしい。百目鬼の面白そうに笑う頬の筋肉の動きが、口づたいに伝わってきた。無性にムカツクが、でも、指一本動かすことすらできない今の俺には、反撃なんてできやしない。 流石に、開けっ放しにさせられていた顎が痛くなってきた。結構な時が更に過ぎ、散々俺の口の中を縦横無尽に荒らし回っていた百目鬼の舌が、やっと出て行った。 …おっ、終わった…。あまりのしつこいキスに、ぐてんぐてんに疲労してしまった俺は、重い目蓋を上げて百目鬼を睨む。が、次の瞬間、ヤツの姿を見て思わず息を飲んだ。 キスで濡れた唇と、やや汗ばむ首筋、乱れた制服からのぞく上気した肌の色。そして未だ熱に浮かされたかのような荒い呼吸をする姿が…っっ!!。 …うわぁっ☆!うわわわっ!!。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気がっ!。 普段のストイックな百目鬼からは想像も出来ないその淫らな姿に唖然とし、そして、それが俺とのキスでそうなったものだと確信するやいなや、かぁぁぁぁっと全身で赤面した。 口を押さえて縮こまる俺に、百目鬼はまた顔を近づけてきた。俺は「ひっ!」っと思わず悲鳴を上げると、慌ててギュッと眼をつむる。 「…正気に戻ったか?」 「へ?」束の間の後、ボソリと百目鬼が声をかけてきた。また、あの濃厚なキスが再開するんじゃないかと身構えていた俺は、少し肩すかしを食らったかのような気分になる。 「どうやら、正気に戻ったようだな」メガネを拾って俺にかけさせた百目鬼は、そのまま俺の瞳の奥をのぞき込むかのように、必要以上に顔を近づけてくる。 「あ、…う、うん…」俺はどもりながら頷いた。 「…う…っ」マジで顔、近っ!。頼むからそんなに顔を近づけないで欲しい。あんまり顔を近づけられると、そのっ…、何だか、変な気分になってくるんだよっ。 たぶん、俺はこの変な雰囲気にでも流されいるんだろう。学園モノのラブストーリーにありがちなこのシュチュエーションと、この腕の中にすっぽりと入って抱きしめられている格好が悪いんだっ!。 …ああ、なんだか、女の子にでもなってしまたかのような。…変な錯覚を起こしそうだ。 俺は何だか百目鬼を見ていられなくて、視線をそらせた。すると、百目鬼の無骨な手のひらが俺の頬を撫でる。俺は慌てて、少し首を振るようにしてその手のひらから逃れた。頬からはずれたヤツの手は、そのまま降ろされ、膝の上でギュッと握られる。…何だか百目鬼の顔が、ひどく悔やんでいるかのように見えるのは、俺の気のせいだろうか?。俺、今、何かしたか?。 「四月一日、立てるか?」百目鬼が、立つように俺を促した。俺は膝に力を入れて立とうとしたけど、膝はガクガクとしていて力が入らない。どうやら立つのは無理みたいだ。 …どうやって帰れば良いんだよ…。と、思わず途方にくれてしまった俺を、百目鬼が抱えたまま立ち上がった。 「じゃ、帰るか」そして、そのまま俺はヤツに荷物のように背負われる。 「…」良かった。…姫抱きじゃなかった…。 変なトコロに安堵した俺は、溜め息を付きつつ百目鬼の広い背中に突っ伏した。 ☆結☆ 「…で?。どうなったの?」侑子さん宅にきていつものように割烹着に着替えた俺は、きて早々侑子さんに座敷に連れ込まれて、一連のあったことを強制的に報告させられていた。 「…どうって…、それだけっすよ、侑子さん…」俺の真っ正面に正座して、ワクワクとして話に聞き入っていた侑子さんが、いきなりバンっと畳を力いっぱい叩く。 「あっっま――いっっ!!。キスだけで終わり――っっ!?。あんた達それでも健全な青少年なワケ――っっっ!!。それで終わりだなんて、あり得ないわっっ!!」勢いを付けてそう言う侑子さんに、俺も畳を叩きながら反論した。 「当たり前っしょっっ!!。健全な上に、俺たち男同士なんですからっ!。つか、あなたはさっきっから、いったい何をそんなに期待しているんですか――っっ!!!」 ―――…にや〜り♪。 「うぐっ!」俺は侑子さんの悪意満面の微笑みに、ぞくぅっとした妙な悪寒を感じて体をすくませた。 「うふふん♪。何って、も・ち・ろ・ん…」 「だうわぁぁぁっっ!!。言わないでっ!言わないでっ!。やっぱり、言わないで良いっすっっ!!」何だか、聴いてはいけないような気がして、俺は慌てて耳を塞いだ。そんな俺の脇の下を、モコナがくすぐる。「やめんかっ!!」と俺が一喝すると、モコナはきゃーっと笑いながらすぐに俺から離れて、侑子さんの膝の上に乗っかった。きゃーきゃー笑うモコナを撫でながら、侑子さんは言う。 「ま、とりあえず、今回は何とか助かって良かったわね、四月一日」 「まぁ、助かりはしましたけど。…でも、もしもあの時、俺が意地でもアイツとキスしなかったら俺、今頃どうなっていたんだろ…」ふとした疑問を俺が呟くと、侑子さんは事も無げに応えた。 「“もしも”なんて言葉は存り得はしないけど…。でも、“もしも”が在ったのならば。あなた、確実に心ごと魂を喰われていたはずよ」 「…心ごと…っすか?」俺は、背中に冷や水を浴びせられたかのようにゾッとする。今更ながら、あの時はかなりやばかったのだと判ったからだ。 「魂はね、心の一部分に存在しているモノなのよ。例え魂が無くても、人は心や潜在意識が働くから、ぼぅっとしつつも生きてはいける。…でも、それはマルやモロのように意味のない生なのよ」侑子さんは俺の胸の上、心臓の辺りを指で押す。 「いい、四月一日。アナタはアヤカシにとって最上級の御馳走なのよ。心も体も、奪われないようにちゃんと注意しなさい」 「そっ、そんなこと言われても…。一体、どうすれば…」困惑する俺に、侑子さんは「一刻も早く対価としてのこのバイトを終わらせるか、百目鬼君に護ってもらえば良いと、前まえから行っているでしょう。…あぁ、そうだっ!。先に百目鬼君に奪ってもらうって手もあるわよv」っと、超満面の笑顔でアドバイスする。 ――ゴッ☆!。 …なんでそうなるんだよっ!。 俺はあまりにも突拍子のない台詞に思わずひっくり返り、後ろにある柱に頭をぶつけた。 そして、ふと、最近侑子さんが読んでいた漫画を思い出してみる。綺麗な絵の表紙だったけど、なかみは男同士のえげつないエロ本だ。…きっと、それに感化されてしまったに違いない。 「…とりあえず、バイトを頑張ります…」俺は立ち上がり、「つまんない!」っとブーブー言う侑子さんを置いて、さっさとハタキとホウキを持って掃除を始めた。
「…はぁ〜っ。…ううっ、今にも知恵熱が出そうだ…」 いろいろと深い悩みや解決しにくい問題が、山のように俺にはあるけれど…。 「ほんっっとに明日から、…どんな顔をして百目鬼に会えば良いんだよぉ…」 今の俺の一番の問題は、情けなくもこんなたわいもない悩みだったりする。
終了 H18年1月5日
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あとがき
HOLiC スキーの皆様はじめまして。 え〜と、とりあえず、この話は最近、認知症の勉強会で出てきたコトを元に書いてみました。 ま、何はともあれ。そのおかげでこの小説は出来ました。そしてこの小説は、百×四で声をやりたがっていた砕牙が、メンバーを集めてドラマ CD にしてくれるそうなので、今から楽しみです♪。皆様も楽しみにしていてくださいね!☆。 それでは今回はこの辺にて、失礼いたします。 ふえふく猫 金沢 智 拝。 〜奥付〜 初回発行 平成18年1月8日 |
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