今日も元気に走る医者  (北見×輝の場合)

今日も元気に走る医者  (北見×輝の場合)

 


肝細胞癌は肝腫瘍の中でも頻度が多く、肝は所属リンパ節に次いで腫瘍転移の好発部位である。

なぜなら肝臓は流れ込んでくる血管が2本あって、出て行く血管が1本あるから…つまり、胃腸はもちろんの事、膵臓や脾臓からの栄養の詰まった大量の血液が流れてくる。

すると、そこで胃癌や大腸癌が発症していた場合、流れ込んでくる血液に乗って癌もいっしょにやってきてしまうために、今度は肝臓で癌細胞が増殖してしまうから、なんだ。
肝臓は栄養や一部の不要物を取り込んで、栄養分を貯蔵したり、身体に必要な成分に代謝する一方、不要物を解毒したり、胆汁中に排泄する機能を持っている。
だから、とっても重要なため人体最大の実質器官に進化した。
体ってどの器官もいらないものは無く、どれもこれも一つずつ意味があるんだもんな。そう考えると、すげー不思議だよな人体って…。
今、この患者さんも肝臓のオペの真っ最中だ。病名は肝良性腫瘍。
右葉という部分にでっかい腫瘍ができて、黄疸が強くて肝機能もだいぶ悪くなった為にオペになった患者さんだ。それに、たまーに良性腫瘍は悪性に転じることもある。
だからオペしているわけ。
で、俺はというとあいも変らず北見の助手をしている。…本当は、この患者さんは俺が執刀するはずだったのに…(怒)。
それに悔しいけど、さすがは北見の野郎。いい腕してやがる。
止血鉗子を用いて肝実質をぎゅっと挫滅した後、残った血管を電気メスで通電切除していく。電気メスは、血管をパチパチっと焼きながら切っていくためのオペ用器材で、血管を焼くから小さい血管には止血作用がある。
…ううぅ。俺、この肉を焼く匂い実はスッゲー苦手なんだよな〜。早く終われ〜〜っつ!。たのむぜ〜っ。
じゃなくても、四宮の野郎がいるのに…。ヘンなとこは意地でも見せたくない!!。

「アルゴンビームコアギュレーター」
「はい」
北見の差し出した左手に、広い創面を短時間で止血凝固するためのアルゴンを手渡す。
ジュ―――ッ。パチパチパチ…。

北見の右手は未だに電気メスで右葉切除を実行中…。
ん?…うげっ !!! 。もろに煙が顔にかかった。
うわーっ!。ヤバイ!!。この匂いは超危険だっっ !!! 。

「輝先生、どうかなさいましたか?」
器械の直接介助をしていた綾乃さんが、オペ中だというのに患者さんの術創から顔を背ける俺の様子に気がついたらしい。

「え、何でもないっスよ」

何でもない、という様子を見せる為にニカっと笑う。

…でも、実際はかなりヤバイ。絶えろ!。頼むから耐えてくれ!俺!!。
「輝先生、代わりましょうか?」
四宮がにこりと天使のように笑って申し出てきた。
「い〜え!。ケッコウです」
俺は患者さんの術創に顔を戻して集中し、その匂いに耐える。
  よし!。S7区間まではもう切ったから、あと少し絶えるのみ!!。
「テル…本当に大丈夫か?」
  今度は、術創をよく見るためにかがんでいた北見が俺に声をかけてきた。

しかも、肩がもともと触れあっていたのに更に下から顔を近づけるという超至近距離で!!。
「☆!!。あ、ぇえ?。き、北…」
顔面ドアップという不意打ちを食らって、思わず動揺してしまった。
…そして、とうとうやってしまった…。
『ン…グググルギュルルゥ〜グッギュルギュ〜〜〜〜 !!! 』
「あ…」

やべぇ…。
オペ室内にかかっていた北見の持ってきたCD “ プラハ ” の音色が一瞬にして、俺の腹の虫の音と入れ代わった。
オペ室内は一瞬静まり返り、不気味に“プラハ”が流れる気まずい雰囲気のあと、
「ぷっ…」
四宮の噴出しを皮切りにして、オペ室内はどっと笑いの渦と化した。
「………テル……」
青筋を額に付けた北見が俺を睨む。アルゴンを握り締めた手を怒りに震わせながら…。
「だって、だって…。あーっ!!、もう、仕方ない … ってゆーか、どうしようもないだろう!!。カップ麺ばっかで、肉なんて最近食ってないし、第一、肝臓の電メスオペってレバーを焼いている匂と一緒なんだからっ!!」
剥きになったテルの抗議に対して、なぜかまた、オペ室内は爆笑の渦と化した。
「わかった、わかったから騒ぐんじゃないガキ。静かにしろ、ここは神聖なオペ室だ。叩きだされたいのかバカ者め。まったく、オペ室で腹の虫がなるとはな。そうか、自分の執刀じゃないと集中力が足りなくなるのか。…フン、その程度で無くすような集中力なら足手まといだ。さっさとそこにいる四宮と交換して、飯でも食ってこい」
え?っと、北見のご氏名を受けて、四宮は笑いで潤んだ眼を期待で輝かせた。
「ここは小僧の遊び場じゃない。邪魔だ!。どこかに消えていろアマチュア!」
「〜〜〜〜っっつ!。嫌です!!。この方は俺の担当している患者さんですから。俺は今後の合併症予測とかの為にも術野とか、いろんな情報が欲しいので。患者さんのためにも最後までオペをやらせていただきます!」
誰が四宮と交換するか。っと、テルは笑みの消えた四宮をちらりと見る。
その様子を北見は20 cm 上方から、静かに見下ろしていた。

 


                       ☆

 

「…で、ですね。もちろんオペは成功しました。後はしばらく経過観察と合併症予防の点滴が主になりますので。それと全身麻酔でしたので、まだ酸素のマスクはそのままにしておいてくだいね。もしも痛みが強過ぎて眠れない場合は、睡眠薬を処方していますので、看護婦さんに言ってください。…大丈夫ですよ、今日は安心してゆっくり休んでくださいね。あの、ほかに心配事とか質問はありますか?。…あ、大丈夫ですか。でも、もし何かありましたらいつでもいいのでおっしゃってください。では、失礼致します」
…ふう…。終わった――。
にしても、やっちまったぜ畜生!。しかも四宮の居る前でっ!。…しかも、北見のすぐそばで…。
「は〜〜〜〜あぁぁ…」

俺は肩を落とし、自己嫌悪に陥りながら医局への廊下をとぼとぼと戻った。
「うわ〜、恥っ!!」
後ろからかけられた声に振り向くと、四宮がそこには立っていた。
「ンだョ…。笑いに来たのか」
「うん♪。笑い足りなくってねv」
「ふふっ。とても無様で面白かったよ」

といいながら、冷ややかに笑う四宮。
「北見に、お前の今のツラを見せてやりたいぜ…」

超性格悪そうな、そのツラをよぉ!!。
「ん〜、でも、北見先生にだったら、もっと極上な僕の笑顔を見てもらいたいな〜」
一通り笑い飛ばしてくれた四宮は、ロッカーの方へと手を肩越しに振りながら歩いてゆく。
指導医交換の時、自分じゃ無く北見が俺を選んだことを今だに根に持っている。
いつもいつも何かしらムカつくことを言ってくる。嫌味はヤツとともにあった。
「ちっく…ショウ!!」
――ゴンッ!!。
俺はすごく悔しくて、壁に額を軽く打ち付けた。
その額をあてた冷たい壁は冷たくて気持ちよかった。そして、なんとなく今日起こったあの出来事を思い起こしてしまい…更に自己嫌悪にズウ〜ンと、陥ってしまった。
「―――…うぐぅ〜〜〜っ」
「……何をしているんだ、お前…」
「え!?。あ…北見!!。…先生」
そこには北見が立っていた。
「報告が遅い。ムンテラ(患者さんへの報告)に何時間かかっているんだ」

…時計の針は6時55分。約30分患者さんのところにいただけなのに … 。
「ムンテラにそんなに時間をかけてしまったら、術後の患者さんは疲労するだろ。時間をかける場合は TPO をよく考慮しろ」
うぐぅぅぅ〜〜〜…。
「すんませんでシタ…。あの〜今から報告いいっスか?」
無視でもしそうな北見のヤツは、早くしろ、とだけ言い医局へ戻る。廊下での報告は原則的にしてはいけないからだ。
「…になり患者さんは今現在、酸素4リットル投与中です。ドレーンからの出血は淡血性20g、さっきガーゼ交換と、念のためにパウチ装着してきました。 FFP も投与中。バイタル良好。臥床安静中。以上です」
医局に戻るとすぐに、俺は報告を北見にした。これから北見の野郎に小言食らうことになるだろうから報告は必要事項を言ってさっさと終わりにした。
…だって、早く帰りたいし…。
「おい、ガキ…」
そら来た…。
「…お前、一体腹の中に何を飼っている…?」
「…え?」
??。今、一瞬何を言われたのかわからず、うつむいていた俺は北見の顔をまじまじと見た。
「お前の腹の虫は、満足な食事を与えてもらえないらしい。…可哀想に」
「…は?」
は…腹の虫、って…。
「いつもは何を食べているんだ?。3日前までのでいいから、この紙に書いてみろ」
「…へ?」
な、何?何で?。
「おい!。聞いているのか!?。テル!!!」
「…う?…。あ、ああ。聞いてますよ。でも、一体どうしてですかいきなり。俺だけ食事調査っスか」
「聞きたいから聞いているんだ。で?。どうなんだ?」
なんなんだぁ、一体?。
「ん〜〜。夕メシはいまからですが、昼はデカップ、朝は UFO 焼きそば食ってきました。その前は朝ビックヌードル、昼はから揚げパン、夜はチャルメラ、その前の朝はカレーラーメンで、昼はスパゲティカップ、夜はビールだけで、その前は3食特売カップラーメンの塩・カレー・ワンタン…」
そう俺が言い終わると、北見の眉がつりあがった。
「貴様は医者失格だ!。小僧。何だその食生活はっ。規則正しい食生活を患者に指導する立場の者が、そんなんでどうするんだ!」
  確かに、俺みたいに全然食生活が乱れまくりのヤツに食事指導されたら、患者さんは食事療法を守る気にもならないだろう…って言ってもなぁっ!!。

北見の言い方に俺はついに切れた。
「むっか〜っ!!。なんだよその言い方!。俺だって、好きでこんな食事しているわけじゃないっ。仕方が無いだろぉ。安月給な上に、俺は今、金欠病にかかっているんだっ。これ以上金を使ったら俺は飢え死ぬ !!! 」
「栄養素の空っぽなカップ麺ばかり食していたら、死ぬ前に体力も集中力も持たずにミスを余計に連発するだろうが!。それでは患者さんに迷惑がかかるだろう!?。…それに、食べつづければどうなるんだ?。答えてみろ、クソガキ」
うっ。そう来るかっ!!。
「…栄養素が低すぎるので、食べているにも関わらずに栄養失調をきたします…。でも、俺その代わりといっちゃぁ何ですが、ビタミン剤やドリンク剤とかちゃんと飲んでいます !! 」

…薬局でもらった、試供品のやつだけど…。
「じゃあ今の食生活は今後続けているとどうなるんだ。ん?、テル先生」
北見は“先生”を強調して質問してきた。…嫌味なヤツ〜〜。
「〜〜肝機能を障害します……」

俺はばつが悪くて視線を横下に向けた。
いくらビタミン剤や栄養剤といっても、多用すれば副作用は必ずある。

特に肝臓での分解時に影響を及ぼしやすい。
「…ってゆーか、北見!!。だから何だってんだよ。しょうがねーじゃん!!。第一、金があれば俺だってまともな物食いに行くさ!」
ムカムカムカ〜〜。なんだよ!北見のヤツ!!。ンなしょうも無い話のために、俺は残らされているのかっ。
超、腹立つ〜〜!。
「フン、自業自得だ愚か者。…じゃあ、最後の質問だ」
「 なんだよ!」

あぁ、くっそ〜っ。鼻で笑うコトねーじゃんかっ!!。ぐぁ〜〜っ。バリ、腹立つ〜っっ!!。
「腹は減っているか?」
「…は?」
「腹だ。腹は減っているか、と聞いている」
てっきり何かまた、嫌味の6つか8つでも言われるのかと思い構えていたのだが、俺の予想とした発言とギャプのある言葉に意味がわからず、右耳に入った声がそのまま左に流れていった。
「俺と同じものでいいのなら、食わせてやるぞ」
「えっ!?」マジで!?。
『グウルッキョ〜ウルルルルゥゥ……グキョ!!』
テルは何か言おうとしたのだが、その前にまた、ヘンに元気が良い腹の虫がこだました…。

今度は北見の真正面で。
「うっ!!!?」
「ぷっ。…くくくっ。お前の腹の虫はお前よりも素直だな。…テル、5分だ。5分で着替えて来い。駐車場で待っててやる」
「…〜〜〜 /////… 」

うわ〜。またやっちゃったよ。
くそ〜。大っ嫌いな北見の野郎に飯、おごってもらう事になるとは。…でも、
腹を抱えて下を向いて赤くなっていたテルは、しばらくするとぱっと顔を上げた。
その顔はさっきの暗い影はどこへやら。

でっかい眼を更に見開き、ぱぁ〜っと嬉しそうな顔をしていた。それとともに、
「てへへ。サンキュ!。北見先生。すぐに行くぜ♪」
と、踵を返し嬉しそうにロッカーに向かってパタパタ走ってゆく。
「……現金な…」
くるくると変わったテルの表情に呆れ、溜息を一つついた北見は駐車場に向かって行った。

 


                    ☆

 

「おじゃましまーす…」
へ〜。ここが北見ん家かぁ…。うーん、何だか“北見”って感じがする。
「ああ、適当にその辺に座っていろ」
リビングルームに入ると、まず、高そうなオーディオセットが目を引いた。そして、小さい本棚には論理医学系の本と、天井まで届く本棚にはぎっしりと、俺には手が出せなくらい高価な医療専門書が並んでいる。合成革の表紙を見ると日本語版はもちろんの事、英語版とドイツ語版と更にフランス語版の本まであった。
「げ〜〜、すっげ〜〜…。でも…」
この部屋って、俺は何だか居心地が悪いな。

だって、きれい過ぎるんだもん。男の部屋じゃねーよこんなの。なんか、ここって…。
機能性重視の、なんだかモデルルームのような寂しい部屋…。って感じだな。
「おい、テル。お前、食べられないものってあるか?」
「あ、俺、酢っからい系駄目っス。そのほかなら何でもオッケーなんですけど…」
「ふん。…そうか、わかった。じゃあ、今から作るからテレビでも見て待ってろ」
…ン?。
テルは間抜けな顔に?マークをつけた。
…へ?。…作るって…??。

今、作るとか言っていたよな。出まいを取るんじゃないの??。ってゆーか、作るって…、え?。
「でぇぇぇ――っっ!!!。あんたが作るのかよ!?。あんた、料理作れたの!!?」
俺は、北見の”(料理を作る=)意外と家庭的“という、今までになかった面を知り、その、俺が思っていた先入観とのあまりのギャップの差に驚き、つい大声を上げてしまった。
「オイ、静かにしろ、隣近所に迷惑だろうが。…まあ、ここは防音だから聞こえないがな…。フン、何を驚くことがある。独身生活も長いといい加減、露店物に食べ飽きるだろう。時間が無い場合には買ったものを食べるが、俺はあまりそういう食事は好まない。俺の血肉とするのなら、自分で選んだ食材で作った上等な物の方がいいからな」
それだけ言うと、北見はキッチンに向かう。…しかも、片手にはモスグリーンのエプロンを持って…。
「…ぶっ……くくくくくっっ…」
北見がキッチンに入っていくと、途端、ソファーに座ったテルが、クッションを抱えて笑い出した。
…あれ?、ヘンだな。そんなにおかしいわけじゃないのに…。頬がゆるんでこころがあったかくて。嬉しい、って気持ちでいっぱいだ。…何で?。
なんだか、笑いがとならなかった。

 


                     ☆

 

「いっただっきま〜っす!!」
そうテルが言ったと同時に、すでにおかずはテルの口の中に消えていた。
テーブルの上には、ゴボウと人参の入ったニラ卵や、蒟蒻・真竹・ワカメのオカカ煮、ブタ肉のアスパラ巻き、とろろ昆布のすまし汁、こんもりと白魚の乗った冷奴が並べられている。
それとビール…。
「クッハ〜!。美味い!!」
ご飯茶碗と箸を片手にビールを飲みのみ、おかずをがっつく。その様は…
「…まるで欠食児のようだな…」
「ほへ?」
「…いや、何でもない」
口いっぱいに方張りながらキョトっとしているテルに、北見は「行儀が悪い」と、注意し様かと一瞬迷ったのだが、あまりにも美味そうに食べるので、それをあえて断念し、テルが食べる様子を半ば呆れて見ていた。
それに、その様子を見ながら食べるのも、北見にとって案外悪くは無いものだった。
「…ビール、好きなのか?」
「もヒろん、だヒフきっフ!!」
「おい。ちゃんと物を飲み込んでから喋れ」
「ン、ゴックン。…すんませんでした。あれ?、北見先生はビール飲まないんスか?」
北見の方にはビールは無く、代わりに緑茶が置いてあった。
「ああ、飲もうとはあまり思わないな。俺はワインとか、バーボン系の方が良い。…そういえば、業者からの貰い物で、1ダースのビールがあるが…、なんなら持っていくか?。テル」
「もらわせて頂きまッッス!!!。…じゃあ、ついでにもう一本良いっすか?」
ニカっと、テルは笑って空になったビール瓶を持ち上げた。

「クスッ、…ああ、今、もって来る」
けっこう飲むんだな、テルのやつ。
北見は、殻になったビンをキッチン卓の脇に置いた。
ビールが好きだとは以前、岩永先生に聞いたことがあったから、献立はアルコールに適したメニューにして正解だった。
それに、最近のテルは偏食のせいで顔色があまりよくなかったから、ついつい御節介をしてしまった。が、これで明後日の給料日までは少しはマシな感じになるだろう。
それがテルを食事に誘った一つめの理由だ。
そして、俺がテルを食事に誘ったもう2つめの理由は…。
「…これを知ったら、テルはきっと怒るだろうな…」
酔い潰させて、四宮と何をたくらんでいるのかを聞き出すこと。
直接聞いても四宮は話をそらそうとするし、テルは逃げ出す。
だが、何かをたくらんでいるのは明白だった。だから聞き出し易そうなテルを誘った(というか、四宮は…なんだか誘いたくない雰囲気があったからなのだが…)。
しかし…、はたしてテルは酔いつぶれただけで自白するだろうか?。

医者は患者さんのプライバシーを守る“守秘義務”というのがある。そう簡単に酔いつぶれてべらべらと患者さんの秘密を喋る医者はいない。

それと同じで、テルもある程度はセーブしてしまうことも考えられる。…なら、
「こんなのフェアじゃないんだが…」
そう呟くと、北見は錠剤を取り出し、それを指で粉状に砕いて、栓を抜いたビールの中にサラサラと入れるのだった。
短期作用型の睡眠導入剤―――レンドルミンだ。

この薬は視床下部や大脳辺縁系の抑制作用がある。

ちなみにアルコールでの内服投与は精神作用の増強があるので禁忌とされているのだが…、食事をとりながらの吸収なので危険性は少ないだろうし、中枢神経作用が現れやすいので、自白剤にはもってこいだ。(*←真似しないで下さい。医者じゃない人がやると、呼吸止まります。)
北見は何食わぬ顔で、薬入りのビールをテルに渡した。
「や〜〜。サンキュっす!。それにしても北見先生のことだから、てっきり病院食でも作ってくるんじゃないかと思ってたっスよ」
まさか、ビールまで頂けるなんて思っていませんでした。と、ほろ酔い加減のテルに向かって、
「…悪かったな…」

と、北見は短く答える。
やや後ろめたい所為なのか、北見は箸をおき、無言でお茶をすすった。

傍から見ると、それはさっきの一言に気分を害したように見える。

だが、そんなことはお構いなしにテルは、
「なぁなぁ、北見先生♪北見先生♪」
「何だ?」
「これ、スッゲー美味いvv」

と、 満面の笑み。
「☆!」
  … いつもブスッとした表情しか俺には見せないテルが、こんな表情を俺に見せるとは。

ふーん、…意外に可愛いか。
自分らしからぬ思考に北見は、かすかに苦笑いしながら聞きだすタイミングを計っていた。
                    ☆
「でぇ〜…、俺は、絶対に産婦人科の医者にはなりたくないっ!!と、思ったんスよ〜〜」
テルはだいぶ酔っていた。
「だって、患者さんや妊婦さんかわいそうじゃないですか〜、知らない男の人に指とかクスコとか入れられて診察されるんすよー。特に研修に行った産科のデブ医者!!。お前の触診は、レイプだっつ―のっ!!。…やっぱり産婦人科は、女医さんにやってもらうべきッスよね―――ケタケタタ…♪」
笑い上戸となり呂律の回らなくなってきたテルだったが、更にビールをちびちび飲み、自分の研修医時代の話を楽しそうに北見にしていた。
こいつは、医療関係の話しかネタが無いのか?。

俺と一緒だな。まあ、職場の者が集まればその話をするに決まっているからな。
…それに、俺とテルの接点はそこにしか無い。
北見はテルのマシンガンのような喋りに対して、軽く頷きながら聞いていた。が、
「…?。どうしたんだ?、テル」
テルは急にうつむき、ぼたぼたと涙を流し始めた。
その様子にギョっとする北見。
「どうしたも、こうしたも無いッスよ〜〜〜。何でそんなに優しいんすかぁ〜。いつもいつも、…ぐす、…厳しいくせに。今日だって俺のオぺ、四宮にやらせようとして…俺、スッゲー悔しくって、スッゲー嫌で、スッゲー北見に嫌われた――っと思って…スゲー北見が…、うぐぅぅ〜〜〜…」
こいつ、本当は泣き上戸だったのか…(汗)。
「悪かった、悪かった」
子供みたいに泣くテルをなぐさめる為に、隣りのソファーに座り込んだ北見は、ポフポフと頭を父親のように優しくなでた。
どうやら脳の前頭前野の抑制作用が出たらしい…。だが、ちょうど良い。
「…なあ、テル。何でお前、そんなに四宮に対して食いかかっているんだ?」
「ン?」
情けなく涙でにじんだ顔を、テルは傾げた。
「四宮とお前、俺に対して一体何をたくらんでいるんだ?」
努めて優しい口調で、しかし、言い逃れはできないように顔を近づけて、目を見つめて問い質す。
「…ん、え…?。あ、あの、四宮が…」
ギクシャクながらテルは、ポツリポツリと今まであったことを北見に話した。

四宮の目的は北見だということ、ヤツは北見しか見ていない事、だから安田記念病院にやって来たということ、そのためテルに何かと突っかかっているということ、そして…、
「あいつは、お前の事が好きなんだって。だから…」

と、テルはシドロモドロに言った。
「だから、俺が邪魔なんだって。…それで、俺が持ち場を代えるように仕向けていて…俺は。俺は今の仕事場スッゲー好きだから、代えたくないし…。俺、優しい片岡先生好きだし、上手くやってけるっては思うけど、でも、俺の越えたい人物は北見で…。それに、四宮に北見を取られるのだけは、死んでも、…嫌だし……」
…、…何て事だ…。
北見はあきれ返っていた。
「…全く、馬鹿馬鹿しい。四宮のヤツ、何が悲しくて男なんかを恋愛の対象にしたがるんだ…」
そうか、それでか…。
北見はその話だけですべてを理解した。
「お前も四宮も、バカだとしかいいようが無い!。人を勝手に…、俺を何だと思っていやがるんだ!!」
そう北見が叫ぶと、テルがいきなり
「うっわ〜〜〜んっっ!!!」
泣き出した。
「☆!!テ、テル!?。…ああ、すまなかった。びっくりさせたな…。お前を怒っているわけじゃないから…。もう泣くな」
いきなり泣き出したテルを引き寄せ、また頭を撫でる。
「フ〜…、そうか、わかった。それで今までお前ら、指導医交換だの賭けだの、あんな理解不能な行動を行っていたのか…」
「指導医…。交換…?」
その言葉を聴くや否や、泣いていたはずのテルは途端に怒り出した。
「あ〜〜〜〜っっ!!!。そういえば、何でだよ!!。何であの時に俺を選んだんだよ!!!」
テルは北見の胸倉をグッと掴むと、殴りかかる勢いで北見をソファーに押し倒した。
「おっと !!! 。 … テル、もしかして、俺が四宮を選んだ方が良かったのか?」
怪訝な顔で北見は聞いた。
するとテルは全体重をかけて更に北見を押さえつけ、睨みつける。
「違う!違う!!。そうじゃないっ !!! 。 … そうじゃ … 」
また、テルは叫び出しボロボロと大量の涙を流し始めた。
「バカバカバカ〜〜〜っっ !!! 。やっぱり北見!、お前は嫌いだ〜〜っ。だいっ嫌いだぁぁ ―― ―っ!!」
「お、オイ!。テル!?」
テルはそう言うなり、下になっている北見の首に腕を回して抱きついてきた。

言ってることとやっていることが矛盾しているテルに対して、北見は驚いて無理矢理体を引き剥がそうとする。
しかし、テルはその力にあがない、北見が力を込めれば込めるほど逆にギュ〜っと腕に力を込めて引っ付いてきた。
  ふと、北見は 耳元ですすり泣く声に、北見はかすかに苦笑いをもらす。
…こいつ、本当に29歳なのか … ?。
「テル、お前は不安だったんだな。自分が四宮に何もかも取られそうで…」
抱きしめられたまま、北見はテルの頭を優しく撫でた。
「ひ、っく…」
すると、テルは北見の首に甘えるように頬を摺り寄せ、キュッと腕の力を少し込めて、直接その熱を北見の素肌に送ってくる。
  … 俺に子供がいたら、こんな感じなのだろうか…。

ふと、北見はそう思った。
「それも、そうだけれど…」
「ン?」
しばらくすると、テルは北見の耳下で、消え入りそうな声で話し始めた。
「俺、本当は…。北見が四宮を選んだのなら…、そしたらそのときは俺。…―――北見が好きだって、言おうと思っていた…」
「テ、テル !!? 」
「…だって、仕方ねーじゃん。好きになっちまったモンはさー…。そして、好きだってコト言うだけ言って、笑われる前にオサラバしっちまおうと思ってたんだ。だって、北見と四宮がイチャついてるとこなんて見たくねーもん。いいチャンスだと思ったんだけどなぁ…。でも、俺を選んでくれたから、…くすくす…ま、いっか!。スッゲー嬉しかったし!!」
ケタケタケタ…また、テルは嬉しそうに笑い出した。
「あ―――でも、北見は俺のこと嫌ってんだよなー。いっつも“バカ”だの“小僧”だの“ガキ”だの、あまり俺のこと名前で呼んでくんねーし。まあ、いっつもいつも俺の尻拭いさせちゃっているからナ―――、けど俺は、それでも北見が好き。好きすきv ♪ 。だ〜い好き♪♪!」
「テ!。…… !!! 」
北見は酔っ払いを刺激しない様にする為、されるがままにしていたのだが、驚きのあまりベリっとテルの体を引き剥がしてしまった。
「…ほェ … ?。あれ??、北見、そんなとこで何してんの??」
とろ〜んとしたテルの目線は定まらず、涙で潤んだ目は赤く濡れていた。
―――ッ!!!。
北見の心臓に、わしずかみされたかのようなヤバイ動悸が現われた。
「ふ…ぇ?。もしかして北見がいるの?あ、北見だぁv…。北見、…北見ぃ〜〜〜っっ」
定まらなかった目線は、北見をその瞳にとどめるとまた、涙を流し始めした。

その涙とともに、北見はくらくらしてきた。

あまりにもこの現状についていけなくて…。

それに…。
「テル…すまないが、どいて欲しいのだが…」
なんだか状況が、どんどんヤバイ方向に流れているような気が…。
「やだ、嫌。ヤダヤダヤダヤダ。い・や・だ!!」

途端にテルはだだっ子のように北見に張り付いてきた。そして…。

チュ!。
「なっっ!!」
  テルは 軽く北見の唇にキスをした。
「せっかく北見に抱っこしてもらっているのに――、どいたらもったいないよ〜〜」
抱っこしているわけではなく、貴様が上に乗っかっているんだろぉがっっ!!。

と、突込みを入れようとしたのだが、

「ン、ンン…ン…」
テルが強引に塞いだ唇のおかげで、その発しようとした言葉は咽頭の奥に隠れてしまった。
「ん…。北、見…。お願いだから俺を見捨てないで…。見捨てられるのは嫌だよぉ…好きなんだ、好き。もう、自分でもどうしようもないくらい、好きになっちまったんだよぉ…。お願いだから、俺をお前のものにして…北見」
そう言うとテルは覆い被さり、まるでたこの吸盤のように北見の唇に吸い付いてくる。
吸啜するテルの唇は、笑えるほどに一生懸命だった。しかし…。
下手だな…こいつ…。
テルの力任せともいえるキスは、さっきから歯が当たりっぱなしだった。 

カツカツというその音が頭蓋骨内に響きわたる。
しかも、舌を入れてこない…。

無知だな。この調子なら、そのうち疲れて眠りこくだろう。
そう思って、北見は力を抜いてテルのキスに身を任せた。
  ―――… だが、その考えは少し甘かった。
力を抜いたのを O 、 K 、とでも思ったのだろうか。テルは手を北見の下肢の方に持っていった。
「テ!、テル!!。バカ野郎!。何を考えていやがる!?」
さすがにヤバイと危機を感じた北見は、テルの腕を強く握り静止をかける。
「四宮に取られるぐらいなら北見を俺のものにする!。それが駄目なら…俺、舌噛んで死んでやるっっ!!!」

制止を掛けられたテルは、ボロボロと涙をこぼしながら北見の襟をグッと掴み、自分の顔に近づけえると真剣な表情でそう訴えてきた。
「…テル…」
しまった…。自白剤が効き過ぎた…。と、思ったが後悔先にたたず。
「…良いのか、テル。俺はお前を恋愛感情で抱くことは無い。もし、お前を抱いたとしても…。それは仕方なしに抱くようなものだぞ」
するとテルは、腕を掴んでいる北見の手に、猫のように舌を出してちょっとだけ舐めた。
「!!」ゾクッ…!!。
「良い、それでも…。俺、さっきから言っているじゃないか。好きだって。俺が良いって言っているんだ。だから。お願い…抱いて…」
真っ赤な顔に潤んだ目。頼りなさげに緊張で震える肩が何故だか愛しくて…。
「抱く…、だけで良いんだな」
コクリ…。
その頷きは了承の証。北見は覆い被さるテルの唇に、軽く自分の唇を当てた。

まずは、強張っているテルの体の緊張を解く為に軽く。

でも、テルはそれじゃ満足しないのだろうか。自らガチガチになった唇を強く押し当ててきた。
クス…。また、歯が当たっている。しょうがないな…。
北見はテルの引き結んだ上下の唇の合わせ目に、くすぐるように舌を這わせた。
「ンァ…」
刺激でかすかに開いた唇に、這わせていた舌をもぐり込ませた。そして、テルの舌を自分の口腔内に捉える為に吸い出そうとする。
「ンンッ!!」
すると、テルの鼻からくぐもった声が漏れた。
甘く長く、テルの唇を味わった後、今度は首筋にキスを数回落とす。
「どうだ?。お前のへたくそなキスとは段違いだろう?」
「…ン…ばか、野郎…!」
キスでとろんとしたテルは、腕を突っ張り、熱い息を吐き出しながら憎まれ口を叩いた。
「何だと…ガキ」
北見はテルの着ている薄いTシャツの上から、突出している突起の片方に軽く歯を当てた。
「あっ、はっ…ン…」
…ほう…、男のクセに、いい声が出るじゃないか…。
  北見は ウエストからTシャツをめくり上げた。
すると、そこには…。
「おい、テル。お前の親父さんが見ているぞ」
胸骨下方1/3から上方にかけて、グラデーションのような心臓マッサージの痣が見えた。それは、テルの父親にして天才外科医、故・真東光介が自分の命の代わりに息子を救うべく残した手形だった。
「…ふん、俺の手の方が大きいな」
ピタ…。北見はテルの胸に残る手形に自分の手を合わせる。すると、指の長さが爪一つ分勝っていた。
「…親父は、…もう、いない…。そんなこと、関係ない。北見ぃ…」
覆い被さるテルは、北見の唇に触れるだけのキスを繰り返す。
「そんなこと言うと、親父さんが哀しむぞ」
胸の手形を指摘すれば制止するかと思ったが…。…仕方ない…。
トサ…。上に覆い被さっていたテルを下に押し倒すと、今度は、テルの着ているシャツはそのままに、ズボンをはずしに掛かる。
「えっ!?。あっっ!!。きっ、北見!!!」
性急なその様に、待ったをかけようとテルは動いたのだが、しかし、外気に触れたテルの下肢を躊躇せずに北見は掴む。すると、快感を味合わせる為につかんだ手を上下に動かし始めた。
さっさと、この不毛な行為を終わらせる為に…。
「あ、くっはぁ…ン!!。北見ぃ…」
いい顔をしている…。これで女なら、落ちない男はいないだろうな。
そんなことをテルを喘がせている一方で考えていた。
「!!、なっ、テル!!」
2つの事を同時に考えていた所為で、北見はテルの手が自分の下肢に伸びてくるのに気付くのが遅れた。
テルの触れた北見の下肢は…。テルとは違って無反応だった。
すると、テルは自分に快感を与えている北見の手を止めて、その手を胸にギュっと抱きしめた。
「ごめんっ、北見。…俺、北見にすごくひどいことさせている…。だって、お前は無駄なこととか利に適わないこととか、不毛なこととか大っ嫌いだもんな…。好きでもないヤツに、こんなこと…。北見はしたくないのに…俺っ。ごめんっ!、こんなことさせて…本当にごめんなさい…」
ごめんなさい…。消え入りそうに呟きながらがらテルは、またボロボロと涙を流しだした。
「テル…」
テルが抱きしめた腕からは、カタカタという震えが伝わってくる。
  眉根を寄せた 表情からは、不安と絶望が窺われた。
…テルは、
テルは、…俺を好きだといった。
好きだから、抱かれたいと言った。
だが、それは俺の策略にひっかかり、あおった自白剤の効果のせい。
きっと、明日には言ったことも、自分が抱かれてしまったことも覚えていないだろう。
そう、一夜限りの SEX でテルを抱くのは … 。
「北見!。ごめんなさい!!」
いきなりテルは一際大きく、吐き出すように叫んだ。
―――ズクン!!。
涙で潤んで赤くなった目に、北見の加虐心が煽られる。
そして、同時に罪悪感も…。
…!。…。そうか、俺は…。
北見は自分の思考にハッとした。
「どうやら俺は、どんどん大きくなってきていた罪悪感とこの感情を、今まで履き違えていたらしい…」
「え…?」
そう言うなり、北見はテルの上から体を退け、リビングから出て行ってしまった。
「嘘…、北、北見…」
北見は行ってしまった。テルを一人この広いリビングに置き去りにして。
天国から地獄へと絶望的に突き落とされたテルは、顔面蒼白。唇はチアノーゼを呈していた。
「…う、ええぇ…北、北見のばか〜〜〜〜!!!」
「オイ!。テル!!…うっ!」
泣き声を聞きつけて、速攻で北見は戻ってきたのだが…、
ソファーに横たわるテルの外観は、まくれたTシャツ一つ。

下肢は何もつけずに程よく伸びた足はだらんと気だるげに置いてあり、睨みつける濡れた眼は、煽情的なものでしかなく…その格好でしゃくり上げているのだった。
  ―――… テ、…テル……。
意を決心した男には嬉しいが、辛いものがあった。
「何で!?、何で俺を置いていくんだよ――っ!!。てっきり、俺、俺〜〜。っ、嫌われてあきれ返られたと思ったじゃないかっっ」

「悪かった、悪かった。…ほら、これを取りにいっていたんだ」

今にも暴走しそうな北見は、勤めて平静にテルに口づけた。
  ソファーに座った北見の体に、テルが腕を回す。どうやら戻ってきた北見に対して安堵した様子だ。
「何…。それって…キシロカインゼリー…?」
「ああ、そうだ」
淡い水色のチューブに入ったキシロカインゼリー。

その薬効は表面麻酔。気管内挿管や胃チューブを入れるのに使う、疼痛の緩和と潤滑作用のある薬剤だ。
「あっ……冷っ!」
トロトロとした中のゼリーを、抱きついたテルの下肢にチューブから滴らせる。
「痛くはしたくない。…痛いのは嫌だろう、テル」
「う…うん…」
「だから…。気持ち良くしてやる…」
テルの耳に優しく囁く。その声に、テルは促がされるように北見の首に腕を巻きつけていた。
「う…、んん…」
くぐもった声と、卑猥な音がリビングを支配している。
北見はその音と、耳元で熱とともに吐き出される吐息、更にテルの心音を身近に感じて、相乗的に下肢に熱が生じてくるのがわかった。
「あ、はぁ…北見、も、もういいから…」
熱い息を吐きながら身をよじり、テルは北見の手を止めようとした。
「何が、もういいんだ?、ん?」
前と後ろから内股を流れていく、ゼリーと混合した粘稠性のその生暖かい液体の流れが、汗ばんだ大腿のヒフに筋を作っている。北見はその筋を楽しそうに指でのばした。
「ァ、北見…。もういいから…。抱かなくても、いいから…」
「何?」

テルはまた、泣き出している…。
はた、と、北見はテルの言葉に手を止めた。

そして、思い出したのだ。自分がまだテルに対して何も言っていない事を…。
「…。テル、お前は嫌でも、俺はお前を抱きたくなったんだが?」
「…え……?」
キョトンとしたテルに、愛しそうに優しくキスをした。
「言っていなかったな。すまない。俺は常識に囚われていて大切なことを見落としていた…」
低く、重くその言葉を語る。
「…テル。…愛している……」
「…北見…?。それ本当?、なあ、ホントウ…?」
「フ…疑り深いな。まあ、さっきは悪かったな。酷い事をして済まなかった」
そう言うと、北見はテルの体をトサッとソファーに沈めた。
「テル…力を抜いていろ…」
「うん…」

とは言うものの、テルの体はガチガチに固まったまま。
「テル、…スコープ(内視鏡)の時、腹圧を軽減させるには患者さんにどういうふうに示指を出す?」
「…え…と、口呼吸させる…」
「そう、正解だ。ほら、唇は噛むんじゃない。舌を出してみろ」
素直にテルは小さく舌を出した。その舌に北見は舌を這わせ、テルの口腔内をも犯すように自らの舌を潜り込ませる。するとテルはビクッと反応を示した。

「あっ……んっ」
「そのまま俺に舌を見せるようにして、口呼吸していろ。…入るぞ」
テルは、ギュッと眼を瞑り北見を受け入れる。
「う、ぐぐ……」
キシロカインの潤滑と疼痛軽減作用で、予想していた衝撃は無く、北見はテルにすんなりと受け入れられた。
「あ・アァァ…。き、北見―――っ!!」
北見が動くとテルは泣いているような甘い悲鳴を上げる。
その声に煽られて、北見は更にテルの奥深くに抉り込んだ。
「あああっ!!」
ヌル…。
!!。しまった!俺としたことがっ!。
えぐり込んだ拍子に、どうやらテルの静脈血管網を切ってしまったらしい。
「テル、すまん。キツくした。…辛くはないか?」
流血が痛々しく両者を濡らす。
「ゥン…、平気…。平気だから…北見、頼む…。頼むから…そのまま続けて。お願い、最後まで…」
「わかった。…だが、もう優しくはできんぞ…」
ギュ…。テルは北見を強く抱くことで、了解を示した。
後は…。
後は淡い照明の下、熱に溺れた2人の体が、新たな熱を求めて蠢くのだった。

 


                ☆

 

  プ・プルルルルルルルルルルルルル … !!。
「はい、北見です」
  リビングで充電中の携帯電話を取り上げると、ミネラルウォーターのボトルを片手に持ち、北見は寝室に入っていった。
  寝室の時計の針は3:32を示している。

『北見先生、夜勤リーダーの綾乃です。3:15に玉突き事故が起こり HOT が入りました。外傷者が多くて、人手が足りませんので至急病院にいらしてください』
「わかった、すぐに行こう」
  それだけを言い、携帯を切った。すると入れ代わりに、
ぴろりんぴっぴ♪、ぴろりんぴっぴ♪、ぴろぴろぴろろろ♪、ぴろりんぴっぴ♪…。
テルのズボンを掛けたハンガーの方向から、携帯のチャクメロの音が鳴った。すると…。

ガバ―――!!!。ドテッ☆。

ベッドから跳ね起き、携帯の方向に向かって突進したテルは、そのままベットから落ちた。

「……何をやっているんだ、お前は…」
「いっっつ〜〜。え!?。あれ、なんで俺…。ここは???」
「俺の寝室だ」
ポン、とテルにミネラルウォーターのボトルを渡す。
「へ?。…寝室って…」
…???…。未だに混乱中のテルは、自分の置いてある状況が良く飲み込めていないらしい。
ピっ!。…北見はテルのズポンのポケットか携帯を取り出すと、徐に電源を切った。
「あ〜〜〜っ!!。ひでぇ!。俺の携帯勝、手…にって、……えっ…?」
どうやら状況を飲み込んだらしい。
「な…、なんだよ、これ…。何で立てないんだ?。それに何でこんなに、…こんなとこが痛いんだ…?」
自分の素っ裸の体を、恐る恐る見る。そこには転々とした情事の名残が残っていた。

「…!?。っうわぁぁぁ―――っっ !!!? 」
テルは自分の身に何があったのか認識すると、体をギュッと抱き、ガタガタといきなり湧き出してきた訳のわからない恐怖で震え出した。
「なっ。…なっ…」
「テル…。ほら、こっちを向け」

「い・やっ!。嫌だっ、見るなぁぁっ !!! 」

パニックを起こして暴れるテルを、北見は難なく自分の腕の中に封じてしまった。
「北っ……ン…」
北見はテルの顎を捉えてキスをした。しかも恐怖をも蕩かすような甘いキスを…。
  俺…、 キス、されている…???。え…!?ええぇぇ!!!?。

自白剤の効果も消え、素に戻ったテルはキスの気持ち良さと、嫌われているとばかり思っていた相手からのいきなりのキスで、何がなんだかわからなくなった。
「はぁふ…。あ、あの北見…これって一体。…俺、一体どう…?」
「お前は、俺が好きか?」
「え!?」
テルは、訳わからぬまま至近距離にある北見の顔を、真っ赤になってじっと凝視している。
「フン…。酔うとお前、涙腺弱くなるんだな…。俺以外の奴のところで酔うんじゃないぞ。絶対誰かに犯される」
「なぁっ!!」
テルはその言い様に反論し様としたが、北見は反論の自由を与えず、すかさず唇で塞いだ。
「ンゥ…。…あ・あの、俺…、何も覚えてねーんだけど…。あの、俺達、もしかして…その、…そ、そういうコト…したのか?」
途端に北見は破顔した。
「した」

「!!」
すると、テルはますます赤くなり…その後、ますます青くなった。
面白い…。だが、いつまでも楽しんではいられない。
「テル、今のは HOT の助っ人に、召集をかけている TEL だ」
「なに〜〜!!。それを早く言え!それをっっ」
ベットのシーツを引っぺがし、それをキスマークだらけの体を隠すように巻きつけたテルは、立ち上がろうと悪戦苦闘する。が、今まで体験したことのない筋肉疲労状態で立ち上がろうとするため、かくっとまた膝がかけ、またまた床に座り込んだ。

「う…っ、くっ……」

それを何回か繰り返す。
「テル…無理をするんじゃない」
  北見は ヒョイっとテルを抱き上げると、ベッドに静かに下ろした。
「今は休め。…行っても仕事にはならん」
「…う〜〜〜 /////… 」
軽くテルの頬に、北見が口付ける。
「安心しろ。四宮に俺は誘惑されたりしない。…だが、俺はお前にならまた、誘惑されてもいい」
「へ…?」
チュッ…
北見はテルの胸元に口付けながら、ゆっくりとベットに寝かせた。

そして、大きいな手を当てて瞼を閉じさせる。
「北…見――…?」
30秒もしない内にテルは夢の国の住人となった。
「――…テル…」
無防備なその寝顔に軽くキスをして、北見は寝室を後にする。
パタン…。
  寝室のドアを閉めた北見の顔からは、甘さは欠片も無く消えていた。
  そこには、命の尊さを重んじ、神のみわざとも言うべく医療をマスターしようとする一人の男の姿が、戦場へと向かうロードをただひたすらに歩いていた。


 (…なんだか自分、只今反省中…/汗)

 

終 : H 14.6.16  丁度、指導医交換のときに書いた小説なので、内容がちと古いです…(笑えねー…)