今日も元気に走る医者 (輝×北見の場合)
病気は気から”というのは本当だ。気を引き締めてさえいれば、病気はかかりにくくなる。
だが、
「―――痛っ!」
ここのところずっと働きっぱなしで泊り込み。もう、家に1週間と3日戻っていない。
さすがの人間離れした体力と気力の持ち主でも、そろそろ限界だ。
「とうとう胃にきたか…くそっ!!」
北見柊一は今朝から胃痛に悩ませられていた。
この胃痛は、もちろんストレス性だろう。
日常生活や仕事に疲弊し、ストレスを感じるようになると、体の中では自律神経という体内のバランスを司る大きな神経が失調を起こした状態になる。
するとその神経の大きな柱、副交感神経と交感神経の天秤が副交感神経側に傾き、その作用により胃液の分泌が多くなる。
胃には物を溶かす胃酸と、その胃酸から胃が溶けるのを防ぐ粘液が同時に胃壁から出てくるが、自律神経の失調により胃酸が増加し、胃壁の防御機能が破綻を生じる。それが胃を溶かしてしまう原因だ。
そして一般的なストレス性の胃炎がそれにあたる。
…疲弊の原因は働きずくめな生活だけでなく、テルにもその責任の一端はあるのだろう。毎回毎回余計な仕事を増やしやがって…。
俺はモノを人に教えるのは柄じゃないが、院長の意向により指導担当になった。が、指導の担当となったからには、その責任も担当として負うようになるわけであり…。
新任医師の真東輝。
「あいつの失敗は、故意的にしか思えん…」
これで何度目のトラブルだろうか。回診台はひっくり返す、注射器は入れ物ごと破壊する、心電図モニターや超音波装置の回路やコンセントに足をひっかけて切断する。しかも、日常茶飯事にそれの繰り返し…。
いい加減うんざり来ていた所だが、
…―――何?。今度は蘇生に使う除細動器をショートさせてしまっただと!?。
「点検中に…両手に持ったLR電極をシンバルみたいに合わせちゃって…」
バカとしか言い様が無い!。カウンターショックを受けるような患者がいなかったから良かったものの、HOT患者で緊急蘇生が必要な患者がいたらどうするつもりだったんだ!。
まったく、予想だにしない事を次から次へと…。
「ぁっ!!。 …――― なんなんだこの痛さは。 … まさか、胃潰瘍でも起きているんじゃ … 」
早朝時には食欲が低下し体がだるいと思う程度だったが、 9:00 頃から胃がきりきり痛み出した。そのときには一過性ですぐに納まったのだが、その後から不定的に何度も、錐で突付かれるような疼痛が生じている。
「とりあえず、薬局からH2ブロッカーでも貰って飲んでおくか」
ヒスタミンH2は胃酸分泌作用がある。その作用を抑えるのが胃薬のH2ブロッカーだ。
内服すれば、胃痛症状も少しは改善するはずだ。
「う…グ…っっ !!!! 」廊下を少し歩くと、途端に吐気に襲われた。 更に心窩部(みぞおち)にも疝痛が走り、立っている事ができなくなった。痛みのせいで全身が震える。悪寒が走るっ。冷たい汗が全身を走り回る――っっ !!! 。
…やはり一過性で痛みは治まった。だが、吐気が残った。
「あれ、北見先生、どうしたんですか?。座り込んで…」
「テ…ぅ…」テルは丁度ロッカーから出てきたところだった。
くっ、ヘンな所で鉢合わせしてしまった…。
「うわっ!!、顔面まっさおっスよ!!。大丈夫 … なわけ、ないですよね」
テルはすぐに俺に寄り添い、背中をさする。…だんだん楽になってきた。
「…まさか…、ツワリっすか…?」
バキィ―――ッッ !!!! 。
俺はテルの一言に、反射的に殴っていた。
「痛ってぇ…。冗談ッスよ!。冗談!!。顔色戻ってきたから、もう少し元気になってもらおうとして…、ちょっとした茶目っ気ッスよぉ。なにも本気で殴んなくても…」
「…冗談に聞こえねーんだよ…」
後ろにテルを置き去りにするように俺は歩き出した。
「あれ〜♪。北見先生、顔が赤いッスよ〜〜〜v。…って、北見先生 !!! 」
犬っころのように後ろから付いて来たテルの表情が一瞬にして医者の表情にガラリと変わった。と、思うと俺の襟首を掴み、20cm低い自分の顔のほうへ引き寄せる。
「テル!?」
すると、コツっと額を合わせた。
「やっぱり熱いッスよ、北見先生。… 37.0℃ 以上はあるんじゃないですか?」
「胃痛で体内の生体防御機構が亢進している為だ。H2ブロッカーでも飲めば治る」
「検査しないうちに薬を飲むのは、やめたほうが良いですよ。念のため診察を受けて下さい!。そして、しばらく休んだほうが…」
「…フン!」
テルの手を無理矢理離し、俺は薬局へ向かう。
「胃痛症状は狭心症でも起こりえるじゃないッスか!!。ダメです!。第一、北見先生の言っていることは単なるワガママ!、医者の不養生ッス!!」
「うるっせーよ!!。このクソ忙しい時に休むわけにはいかねーんだっ!!。…それに、今は休んでいる暇など無い」
「ダメです!。頼みますから、俺の言うことを聴いてくださいよ!!。―――…っぁああ、もうっ!!。わがまま言うのはガキっスよっ!!」
「…ガキにガキと言われてもな…」
「うぐっ!。ケド!、倒れたら元も子もないじゃないですかっ。俺、スッゲ〜心配してるんですよッ」
「狭心症も、胃穿孔も、腹膜炎も起きてはいない。もちろんヘルニアもイレウスも膵炎もだ。原因を強いてあげれば…テル!。お前の失敗の数々だッッ !!! 。俺に付きまとうんじゃねー !!! 。余計なストレスが増える。これ以上俺を苦しませるつもりか!?。去れ!。小僧 !!! 」
ギロリと、北見はテルを睨む。胃痛の痛みも手伝って、物凄い睨みがテルを射る。が、
「前駆症状で胃痛は、なんにでもあて嵌るじゃないですか !!! 。ダメです!。まずは外来で診察を受けてくださいっ。じゃないと俺……」
テルは俺の襟をまた強引に引くと、耳元で
「―――…ここでディープキス、かましますよ…?」
テルは飛んでもない事を囁いた。
「な!?。テル!!?」
不意打ちで食らったセリフに、俺は全身が赤面するのを感じた。
「俺のキスはしつこいですよ〜〜。誰かに途中で現場を見られちゃうかもしれませんねv。ね?。だから素直に従って下さい」
患者さんに諭すかのように優しく、でも、凶悪にニッコリv。
「貴様…っ!」
「知っているでしょう、俺のしつこさは。いっつも泣いていますからね―――…ムグ!!」
俺は驚いて左手でテルの口を塞いだ。
――そうだった、コイツはやると言ったら本気でやる奴だった…。でも、患者さんの目の前ではさすがに自粛するのでは…。
「ムググゥ…――プハッ!!。本気でしますよ!!。俺、本気で心配してるんですからッッ !!! 。わかってるんですか北見先生っっ!!」
医者の表情に変ったテルは、本気で怒っている様子だ、その証拠に、顔は睨み付けるような真剣な表情だった。
う…。コイツ、本気だ…。しょうがないな…。
俺はとうとう観念した。
「フ――…しかたねーな…。一応診察は受けるぜ。確か、外来は片岡先生担当だったな。忙しい中、手を煩わせるようで申し訳ないが、仕方が無い」
「何を言っているんスか。北見先生も今は立派な患者さんですよ。そんな顔して…俺まで辛くなってきます…。ホラ、いきましょう」
「ああ、だが…」
「“だが”もヘッタくれもないっスッ !!! 」
強引にテルに促がされて、結局俺は、一般外来に受診することになった。
「はぁ〜、…珍しいですね。まさか北見先生が受診するとは…あ!、いえ。すみません。そりゃ、人間ですから罹りますよね。ハハハ…」
片岡先生は俺が受診するなり、なにげに失礼なことを言ってきた。
「今まで既往歴は腕の開放骨折だけですね。消化器外科既往は特になし。で、体温は 37.4℃ 、倦怠感・疲労感・食欲不振・便秘傾向・不定の腹痛・嘔気・嘔吐あり。あ、すいません。先に採血しても宜しいですか?」
「あ!じゃあ、俺が…」
片岡先生の向かい側で、外来診療助手(診療を聞きながら、それをカルテ書きとる医者/書き手)をしていたテルが名乗りをあげた。
「片岡先生。お願いいたします」
後輩の採血の練習台になるのは、先輩の務めだが冗談じゃない!
「…あの…、ああ…そうですよね。早いほうがいいですし、では…」
俺の血管は出やすいが、それでもテルはきっと失敗するだろう。テルは、そのくらい下手だ。
「小僧、技術は見るのも勉強だ。よく片岡先生の採血手技を見ておけ」
「ははっ。そんなにたいそうなものじゃないけどね。やっぱり慣れだよ。慣れ。テル先生もそのうち上手くなるよ」
そう言っている内に採血は終了。
「はえ〜〜。習うより慣れろって事っスか?」
「うん、そうだね。…ちょっと御幣があるけど…」片岡先生はテルの素直な反応に笑いを漏らした。
「じゃあ北見先生、次は腹部の触診しますので、ベルトはずして診察台に横になってください」
俺はベルトをはずして診察台に横になった。
すると丁度その時、内線が入って来た。
「ハイ、片岡―――…。え!?。レントゲン撮っていた患者が大量吐血して倒れた!!?」
「何!?」片岡以外の医者2人は、その話に緊張した面持ちになる。
「わかりました。すぐに行きます…―――って、訳で、テル先生!!。スミマセンが行ってきます。外来お願いいたしますね!!!。ではっ!!!」
「!?。片岡先生っっ!!!」
「あ…、行っちゃった…大丈夫かな、患者さん…。ん〜〜…北見先生がいるのに外来をカラにする訳にはいかないから、俺に外来に残れっていう事かな…?。…じゃあとり合えず北見先生、仰臥位になってください。聴診と触診しますから」
「…。………行かなくていいのか?」
「俺が担当になったのは北見先生なんですけど…」
「………〜〜〜〜」
俺は仕方なしにテルに言われるまま仰向けになり膝を立てた。診察を断る訳にも行くまいし…。
「え〜と、まずはここ。どうっスか?。痛みは生じますか?」
聴診を済ませてから、テルは胃を思いっきり圧迫してきた。
「グゥゥ…。―――っバカ野郎!!!。嘔吐症状のある患者に胃部刺激を与えたら嘔吐反射が増強するだろうがっ!!」
「え!?。ああっ!!。すみません。…でも、今のは1 cm も圧迫していないッスよ」
気を取り直して、今度は肝臓の状態を調べる。その次は胆嚢と脾臓…。
そして最後に、骨盤の上の方に一番突出している骨、右上前腸骨棘と、ヘソを結ぶ直線状でヘソから2/3の部分点を押してパっと離す。
ここは医学用語でマックバーニーの圧痛点と呼ばれ、そこの腹壁を圧迫し、これを急に離した時に痛みが現われる事をブルンベルグ徴候といい虫垂炎(俗にいう盲腸)の特徴だ。が…、痛みは無い。
「どうやら胃炎のようだな…テル、いい加減、腹から手を離せ」
「…ちょっと待って下さい、北見先生。初発症状は、悪寒戦慄、発熱、発作性腹痛、胃部疼痛、嘔気・嘔吐、でしたよね…。そして、今の触診で腹壁緊張が見られたんですけど…。もしかして、これってやっぱりアッぺ(盲腸の略)じゃないっスか…?」
――ギクッ!!。
「ブルンベルグ徴候は無かったが?」
「でも、胃痛は進行と同時に次第に右下腹部に移行するじゃないですか。まだ、炎症が軽度だからマックバーニーに圧痛が無いのかも…」
「では、採血の結果で判定できるだろう。それまでは医薬でも飲んでいれば良い。早く処方箋を出せ。俺は暇じゃないんだ、病棟に戻る」
俺は腰まで下ろしていたズボンを戻しベルトを締めた。
「ふ〜〜〜ん…。き・た・み・先生♪。何を焦ってるんですか?」
―――ギクッ…。
北見は怖いくらいに蒼白。そして、対するテルは怖いくらいに笑顔。
「血液の判定よりももっと早くに診断つくじゃないですか。急いでいるのなら、尚更診断は早いほうがいいですよね。ハイ、中を触診しますから、お尻出してください♪」
――……(汗)。
テルが言っているのは、虫垂炎の診断の中にある触診法だ。患者さんを左向きに横にさせ、直腸から直接、右方向に指で内臓を圧迫すると炎症を起こしている部分が痛みを発する。
「…いや。血液検査の結果が出てからで…」
「早く病棟に戻りたいんでしょう?。もしかして、俺にやられるのがいやなんスか?。だったら良いッスよ。ハイ、これ」
ぽんっと、テルは手袋と、オリーブオイルガーゼを俺に渡してきた。
「北見先生、御自分でどうぞ」
テルはカーテンを閉めると、ニコニコと俺のほうに近づいてきた。
「…もしかして、お前、俺が触診している間いるつもりか…?」
「もちろんッス!。北見先生は俺の患者さんですからね。ここでちゃんと出来るかどうか見守らせて頂きます♪♪」
ニコニコニコニコ―――…。と嬉しそうに笑うテルに対して。
きっ―――…究極の選択…―――。顔面蒼白に更に脂汗までかいている北見。
北見 VS テルの白熱戦。一触即発か!?。 … と思われたが、意外にも折れたのは北見だった。
「…見られるのは好きじゃない…」
「んじゃ、決定っ!」
「テル……嬉しそうだな……」
「もち…。んなわけないッスよ!。患者さん目の前にして発情していたらキリがないじゃなッスか」
「どうだか……」
北見はテルの反応に呆れながらも、診察台に座ったまま、お尻だけが見えるようにズボンを下着ごと下ろした。
……テルの、視線が痛い……。
その視線を今度は、背中に感じながら、北見は壁に向かって横になる。
テルはじっとその一部始終を見ていた。微動だにせずにじっと…。
「じゃあ、始めますね。まずオリーブオイルで濡らします。ちょっと冷たいですよ」
パサッとバスタオルで下半身を覆った後、テルはオリーブオイルで挿入部位を濡らした。
ピト…。
ンッ…。確かに冷たい。…そうか、これはけっこう不快だな。改善の余地がある…。
「指入れるので、腹圧をなるべく入れないでくださいね…」
冷静にそんなことを考えていたのだが、言うよりも早いテルの挿入に、思考は閉ざされた。
そして、ヌル…っと言う不快な感触に思わず、体が大きく震える。
「ぁっ……!!」
クス…。
今、発した小さな声に対してテルが笑みをもらす。
そして、その後も、テルが内壁をあちこち内診するために何度も指の位置を変えるたびに、俺はその度ビクっと震えてしまう。
くっ、屈辱―――…!!!。
俺はその震えを悟られないように、体を抱え込むようにキュッと丸めた。
「北見先生。これは診察ですから…そんなに意識しないで下さい。俺まで意識しちゃいますよ」
「バカ…っ!!。お前、わざとやっているだろう!?」
「あ…、やっぱりバレました?」
輝は 悪びれも無く暴露する。
「だって、 1 週間と 3 日おあずけ食らってるんスよ〜〜。それでこの状況は、かなり辛いモノがあるッスよぉ〜〜〜」
「…患者には発情しないんじゃなかったのか!?」
泣き言に対して、さっきのテルの言葉を突っ込みとして放った。のだが…。
「あ、北見先生は別っすよ。だって、この体、隅から隅まで愛していますから、俺」
「なっ☆ !!! 」テルはサラリと、とんでもない事を言ってきた。
「好きな人の前で、聖人君子なんてできないでしょう?。ね?…柊一…」
「うっ―――…ッッ!!」
横になった俺の耳元で囁くように、テルはどんどん痛いことを言ってくる。
「病院内では嫌だって言うから、我慢していたんですけど…さすがに限界です。だって、今の柊一、可愛い反応示すし、スッゲー色っぽいし、オイルの所為でいい感じにここはほぐれているし…」
更に胸元を撫でながら、とどめの一言。
「俺、めっちゃその気なんだけど…ダメ、かな?」
「…当たり前だばか者っっ!!!。虫垂炎患者にそういうことして負担をかけた場合、どうなることが予想される!?」
俺は、テルを睨みつけながら教育的指導を行う。
「う〜〜〜〜。圧迫刺激により、腹膜炎症状を有発することが考えられます。保存的療法を考えるのなら、安静療法が必要です。カラ……ダメって、事っスよね〜〜〜。また、おあずけスかぁ〜〜」
テルは心底残念そうに、泣き言を吐く。
「当たり前だばか者。―――ウッッぐ!!!」
また、吐気を伴ない胃痛が襲ってきた。
「北、北見先生!?」
「大丈夫だ…。また、すぐに落ち着く…」
テルは必死で背中をさする。
「…治まった…。コラ!、何しやがるっ、テル!!」
テルはまた、俺の中に指を入れてきた。
「大丈夫ですよ。北見先生。今度はイタズラはしませんから…。ここ、どうですか?」
「痛ッ!!」
指で圧迫された所ではなく、その上方から痛みは発していた。
「…やっぱり、アッペですね…」
「ああ、だが、軽度の虫垂炎だ。点滴で治る」
俺はテルの手が医者らしく出て行ったことに安堵し、体を起こした。が…、
「なっっ!!!」何だ!?この格好はっ!!!?。
ワイシャツをきっちり着ていたはずなのだが、そのワイシャツは、ネクタイはそのままで前ボタンが全部はずされており、チャックのはずされたズボンは前ががら空きで、とんでもなく淫らな格好を俺はさせられていたのだった。
「テル―――!!。バカ野郎!!!」
恥ずかしさのあまり、ここは患者さんが外で待機している外来だということも忘れ、顔面真っ赤にしてテルを怒鳴りつける。
「スンマセン!。スンマセン!!。うっわっ!!!。マジきついっスよ〜〜〜〜ッ!!。俺も、限界とおり超してるんすから…さすがに、これは。…あぅぅ〜〜〜っ!!!」
俺はワイシャツを掛け合わせ、怒りを込めて睨む。
睨んだテルは顔をゆがめて、泣き出しそうな表情をしていた。
その表情は、自分のイタズラを反省している子供のような表情なので思わず…“可愛い”…とか思ってしまう。
まったく、テメー犯則だぜ?それ。…ホントに29歳に見えん…。
「〜〜〜〜〜〜〜(脱力)。…しょうが無いな…」
俺はいつもいつも、この子供っぽさに、ついつい絆されてしまうのだった。
…これも、惚れた弱みか…。
「テル。一回だけの限定だ。ほら…」
しっかり掛け合わせていたワイシャツの合わせ目を、やや恥じ入った様子のまま、テルに向けて開示する。
「ダメっすよ!!。北見先生はこの病院の副将的存在じゃないですかっ!!。俺、北見先生に何かあったら、院長先生や他の先生方に面目がないッス !!!! 」
「クス…。さっきのテルとは大違いの発言だな…。最初はイタズラ程度で止め様としていたが、途中で本気になってしまった。…違うか?」
「うぅ。…サイコメトラー…」
どうやら図星のようだ。
「でもダメっすよ!!。早く良くなってもらいたいし、辛い思いして欲しくないし…っ !! 」
「ほら、優しく抱けばそんなに響かないから。そこでダダッコなんてしていないで…来い…」
俺は言葉だけで、テルを誘惑する。
「……柊一……」
すると、チュゥっと、テルが俺の唇にキスをした。
「ちぇ。何でもお見通しか。嫌んなっちゃいますね――。でも、俺、…超絶幸せvv」
テルに笑顔が戻った。それと同時に2人の距離がゼロになる。
「いっっ……」
「きつかったら言ってくださいね」
「そんなにきつくは…ない。ただ…声が出そうで…」
「ああ、そうッスよね。外の人たちにこんなイイ声聴かせたら、もったいないッスよね」
ちが――――うっっ!!!。と北見は思ったのだが、
「こうしてずっとキスしていましょう。そうすれば、声なんて消えてしまいますよ」
テルは強引にリードしていく。
「ン!…ンゥッツ!!!」
そして俺は、テルの提案をテルごと素直に受け入れた。
「まさか、こんな所で患者体験をすることになるとは…」
ここは内科病棟の個室。結局、北見柊一は入院することとなった。ただし、入院しながらも働くことに。…というか、点滴を行いながら仕事をするのは珍しくはない病気だ。特に病院関係の仕事の者は尚のこと。
強者の看護婦は、休職しないどころか痛いところに冷湿布をつけ、広域スペクトルの抗生物質を自分自身に自己投与しながら、更に麻痺患者を持ち上げていた。
…まあ、それはかなり特殊な例だが…。
「ホント――――に、すいませんでした!!!」
テルの勢いの良い平謝りに北見はふと、我に還る。
「…俺を抱いたことに対してか…?」
「それもあります!」
「…一回だけって言ったのに、 2 回も抱いたことか … ?」
「それもあります!!」
「…。ああ、自分だけ 2 回だったことか … 」
「うっ!!。……それもあります…。って、ゆーか、全部ひっくるめてです!!!。…ホント、スンマセン…」
消え入りそうな声に、俺は幽かに笑う。
最近、お預けが過ぎてテルは止らなかったのだろう…全く…。
まあ、その責任は俺にもあるがな。
「まぁ、俺も少しは、ストレス発散にはなった。…今回だけ特別にチャラにしよう」
「え…!?」
テルは心底驚いたように眼を見広く。そして徐に
「え〜〜〜っ!!。北見先生でも溜まるんすか!?。じゃあ、遠慮なく今度からヤラせて…」
なんて言いやがったから、
バフッッ☆。
皆まで言う前に、枕をテルの顔面に叩きつけてやった。
「とっとと持ち場に戻れっ!!!。ヒョッ子ッッ!!!」
「うっわぁ!!。――痛ったぁ…失礼しました !!! 」
俺に殴られたテルは急いで出口から出て行った。
ふう。これでしばしゆっくり休める。
「あ、北見先生!」
ひょこっと、またテルが顔を出した。
「寂しかったらナースコールでいつでも呼んでくださいネv。必ず飛んできますから♪」
「早く、持ち場に戻れ―――――っっっ!!!」
「だはははははは♪!!!」
今度は枕が飛んでくる前に、テルは嬉しそうに笑いながらバタバタと廊下を駆けて行く。
「ったく、エロガキが…」
―――バフッ☆。
しばらくドアを睨んでいた北見は、顔面の赤い顔を隠すように、頭から布団をかぶって寝
てしまった。
(ま、ラブラブって事で…)
ふえふく猫/水鹿
H14.9.15 |