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イラスト 今、考えていること
衆議院 総選挙を振り返って 《2003年12月1日》
 11月9日投票日だった衆議院総選挙終了後、15日に民主党県連三役会議・総支部長会議、20日に事務局会議、22日に三役会議・常任幹事会など会議を開催し、民主党県連選挙対策本部事務局長として総括のまとめを行なってきたが、おおむね下記のように取りまとめることが出来た。
今回の選挙戦での反省を生かし、来年の参院選で勝利し、さらに、次期衆議院総選挙で政権交代を実現させるべく懸命の努力を続けていきたい。

第43回衆議院選挙について
<はじめに>
 第43回衆議院議員選挙が10月28日告示11月9日投票で行われました。
 我々民主党はマニフェスト(政権公約)を掲げ、政権交代を実現するため全力で闘ってまいりましたが、残念ながら自民党をはじめとした政権与党の議席を上回る事が出来ませんでした。
 力不足を痛感するとともに国民の皆さんに実現できなかった事を率直にお詫び申し上げます。
 しかし、全国的には比例区においては2,200万票を得て比較第一党になるなど、改選前を40議席上回る評価を頂きました。
 全国的には比較第一党になりましたが、茨城県内では自民党に及ばず、県連として取り組み強化をさらに努力しなければなりません。
 以上の事から我々民主党茨城県連は、政権交代を実現できなかったことを率直に反省し、茨城においても複数選挙区での闘いで勝利し、政権交代が実現出来るよう懸命の努力を続けてまいります。
<全国の状況と結果>
 今回の選挙は、政権交代を目指しての闘いであり、自由党と合併した民主党と、自民・公明の与党勢力との対決でありました。
 また今回の選挙戦は政策が改めて注目されました。
 民主党のマニフェストが政党の公約として実施年度まで明記しての政策綱領として発表されましたが、予想以上の反響と共感を生みました。
 このような民主党の動きに触発され、各政党もマニフェストを発表し、これまでには無かった政策論争が起き国民に受け入れられた結果としての40議席の増加は一定の評価を得る事が出来ました。
<県内の状況と結果>
 県内では連合茨城の協力を得ながら選挙区に公認6名、推薦1名を立候補させ、社民党と選挙協力を進める事によって、どの選挙区も民主党の公認・推薦候補対自民との対立と言う判り易い対決の構図を作ることが出来ました。
 しかし6・7区の候補者決定が党本部の調整によって遅れたため、民主党県連全体の闘いに影響を与えた事は否めませんでした。
 選挙戦では各選挙区とも連合茨城を始めとして労働組合さらにボランティアの皆さんの協力をいただき、マニフェストを使っての政策提案型の選挙戦を闘った参りました。
 結果として2議席からの上積みは出来ませんでしたが、どの選挙区も前回より票を増やす事が出来、比例区でも大幅に票を伸ばす事が出来ました。
<今後の課題>
 第43回衆議院総選挙では民主党が目標としていた政権交代を達成できませんでした。
 しかし全国的には大きく議席を伸ばし、県内でも獲得票を伸ばしたことは二大政党制にむけて国民にその一翼を担う党として民主党が認知されたと考えます。<br>
 わたくしたちは2004年7月の参議院議員通常選挙において完全勝利する事で政権交代に王手をかけます。
 そして次期衆議院議員選挙では必ず政権交代を実現させます。
 その為には次の課題を克服しなければならず、今後、民主党県連の活動の中で対策を立ててまいります。
1) 民主党の地方組織がぜい弱であり、拠点を中心とした選挙戦が構築出来ませんでした。
党組織の支部づくりが急務であり、このため党員拡大に取り組みますと共に、各総支部は市町村支部の組織づくりに努めてまいります。
2) 選挙戦の核として地方議員の重要さがあらためて認識させられました。
県下各市町村の議員の育成に取り組みながら、無所属の現役議員との交流、政策研究会等を通じて地方基盤の拡大に努めます。
3) 民主党の情報が余りにも地域に少なすぎるため、各市町村の有志議員と交流・研修する事で地域の人たちに民主党の情報を伝えていきます。
4) 県連として地域の生活にねざした身近な課題を判りやすく取り入れるように本部に提言していきます。
5) 保守系支援組織・団体にも積極的に交流をはかり、民主党の理解を得られるよう努力します。
政権交代に対する県民の期待で目標は手の届くところにきました。
 今回の選挙で得た課題を必ずや克服し、県民の期待に応えるのが民主党の責任であります。
 今回の選挙戦でご協力いただいた連合茨城を始め労働組合の皆さん、そしてボランティアの皆さんを始め県民の皆さんに心より感謝を申し上げます。
激戦を振り返って 《2003年11月10日》
 11月9日 衆議院総選挙の投票が行なわれた。 民主党は今回の選挙戦において政権選択をせまる選挙と位置づけ、自由党との合併と社民党との選挙協力を県レベルですすめて政権担当能力をアピールしてきたが、選挙戦の結果は下記のようになった。

選挙区
1区
  77,420 福島 伸享 33 民新
128,349 赤城 徳彦 44 自前
  12,845 小島 修 41 共新
2区
  55,444 常井 美治 48 民新
127,364 額賀 福志郎 59 自前
  8,631 高原 務 53 共新
3区
92,306 小泉 俊明 46 民前
102,315 葉梨 康弘 44 自新
  14,546 上野 高志 39 共新
4区
  28,660 大嶋 修一 57 社新
119,047 梶山 弘志 48 自前
  13,015 川崎 篤子 50 共新
5区
74,407 大畠 章宏 56 民前
  59,090 岡部 英明 44 自新
  7,667 大内 智子 26 共新
6区
  74,915 二見 伸明 68 民元
130,525 丹羽 雄哉 59 自前
  17,471 佐藤 正剛 45 共新
7区
  44,543 五十嵐 弘子 59 民新
97,642 永岡 洋治 52 自前
  9,942 田谷 武夫 52 共新
比例区
政党等名 県計
民主党 441,977
自由民主党 529,271
公明党 186,803
日本共産党 68,985
社会民主党 54,472

 投票率が県平均で55.95%と史上最低を記録するほどの低投票率だったため、結果として、県内で比例当選を含めて2議席獲得と現状維持のままにおわった。
しかし、全国的には改選前を40議席上廻る177議席を確保し、民主党が2大政党の一翼を担うと国民に認知されたと考える。
 今後は党として地方組織の充実をはかるなど、体力をつけて、政権交代を可能にするため党勢拡大をめざしていきたい。
いよいよ総選挙に突入 《2003年10月10日》
 10月10日衆議院が解散。10月28日公示、11月9日投票の日程が確定し、いよいよ選挙戦に突入である。
 私はこの9月 自由党との合併、社民党との協力について時間をさいて努力してきたが、多くの皆さんの御協力の結果、県内7つの選挙区で公認候補を6名、推せん候補を1名擁立することが出来、県内のどの選挙区でも自民党候補対民主党の公認・推せん候補対共産党の候補という非常にわかりやすい闘いの構図となった。
 自由党と合併した新しい民主党が社民党の協力をいただきながら、選挙戦を闘うことで二大政党制をめざした緊張感のある政治を実現させたい。
 自由党との合併が政権交代の受け皿として認知され、マニフェストが多くの国民の皆さんに理解されて、民主党が多くの支援をいただき、政権交代が実現出来るよう最後まで懸命の努力を続けていきたい。
今、考えていること 《2003年9月3日》
 今、我々の1番の関心事は自由党と民主党の合流が国民にどのように受けとめられているかである。「両党の合流の目的は政権交代あるのみ」という小沢自由党党主の想いがきっかけで両党の合流が今月中に実現するわけだが、そのような中で埼玉県知事選が行なわれ、前民主党衆議院議員の上田清司が勝利した。自由党と民主党の合流が勝利の一因とされているが、このような動きを我々は大事にしていきたい。

 9月は20日まで自民党の総裁選でマスコミは一色になるだろうが、埼玉知事選のような勢いを今後の総選挙と来年の参院選に結びつけるため、この間に地方組織の合流が円滑にすすむよう汗をかいていきたい。
衆院選と自由党との合流について 《2003年8月5日》
 7月は5日と26日に民主党県連の3役会議と常任幹事会を開催したが、その都度、せまりくる衆院選への対応と自由党との合流問題等議論する課題が多かった。

  自由党との合流問題については一旦立ち消えとなったものの、存続政党は民主党、新政党の運営は現在の民主党執行部、新政党の規約、政策、マニュフェスト等は現在の民主党のものを継承というように、ここまで自由党に譲歩されれば単に数合せの問題だけではなく、政権交代への受け皿としてもつ意味が大きく今後は社民党をも巻き込んだ、二大政党制の議論のなかで、自民党・公明党対 新生民主党・社民党の選択を国民にせまる選挙戦にしていく必要があるだろう。

 そういうなかで、10月10日解散、10月28日公示、11月9日投票の日程で衆院選が行なわれるといわれているが、これまで候補擁立に努力し続けてきた、茨城1区の候補者に経済産業省出身の福島伸享【のぶゆき】氏(32才)の立候補を7月26日の常任幹事会で党本部に上申することに決定した。

 これまでは官僚出身者といえば自民党からの立候補と相場が決っていただけに、福島氏の民主党からのしかも県都の茨城1区からの立候補というのは大きな歴史の胎動を感じる。福島氏の活動を全力で支援していきたい。
今、考えていること 《2003年7月1日》
 第2回 定例県議会は6月18日閉会したが、暴力団の忘年会に出席した議員に対してどうやって県議会全体としてけじめをつけるかに終始した定例議会だったが、もうひとつ、覆面着用を禁止することも最終日の議会運営委員会で決定した。

 私も議会運営委員会の委員であるためNHKテレビに出てたよと何人もの方々から声をかけられたが、全国初の覆面禁止を決定した県議会としてマスコミに取り上げられたが、何ともこそばゆい限りである。

「今の厳しい経済状況を考えてみて、県議会としてもっと議論することがあるんじゃないの」と無言のうちに視線で皆さん方から批判の眼を向けられているように私は想える。

しかし、岩手県議会でこのような問題が発生し、場合によっては本県でも波及する可能性があるため事前にやっておく必要があるわけで、議会運営委員会の委員として出席しなければならない私の苦しい胸の内も察していただきたい。

 6月14日開催された全国幹事長会議では民主党として、10月解散11月総選挙で準備すべしとの指令が出たが、外見で競うのではなくマニュフェストの考え方を取り入れた政策的な中味の勝負で勝利出来るように努力していきたい。
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