私が中学生の頃(昭和40年頃) 父 の仕事場であるずり山に登らせてもらったときの写真です。
ズリ山のてっぺんからぐるッと一回り撮影してあります。残念なことにネガを紛失してしまい、
アルバムにはってあった写真をスキャンしたものです。
撮影地点は北茨城市関本町八反です。
下図の航空写真で今は緑の木で覆われていますが
ズリ山と思われます。
画面の左端に南区、小高い岡の中腹に中区、その下に東区がありました。
もう一つズリ山が見えますがあれは関本炭鉱のズリ山です。
神の山は新西区、西区、南区、中区、南区と5区に分かれていました。
炭鉱住宅は更に一般住宅と職員住宅の違いがあります。
5区の中で新西区、南区は一番新しい住宅でした。
国土地理院1966(昭和41年)の航空写真です。
現在の(H25年5月)の世話所の姿です。警察の立ち寄り所となっていました。
場所は床屋の上のほうにありました。新西区でテレビが一番先に入ったところでもあります。
その時は子供から大人まで黒山のひとだかりでした。ただ、電波状態が悪く、アンテナの向き、
高さを調整するのに数時間かかっていました。そのときは大相撲の中継をやっていました。
これは昭和36年ごろのお祭りのときの写真で世話所前での記念撮影です。
住宅はかなり深い位置にあり、道路まで長い階段がありました。
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写真をスクロールする方法は「瀬戸の夜景」さんよりお借りしました。
関本から富士が丘の車窓風景は「MAKO Naka」さんの動画を参照ください。