例えそれが <中>




あの怪しい謎の人物を追いかける甘寧は市井を通り過ぎてようやくその後ろ姿を捉えた。
どうやら城の方角へ向かっているらしい。
何者だ?と怪しがるより、まずあの強さに興味を持った。
度胸も良い。
一度手合わせをして底を見てみたいとも思う。
従軍していなければ自分の隊に入れたいぐらいだ。
後数メートルで追いつく所で、その人物が止まった。
ゆっくりと振り返る姿は堂々としていて、甘寧はほくそ笑む。
「よう、ちょっと相手してくんねぇか?」
帯剣している自分の愛刀に手を伸ばすと、その前に蹴りが飛んできた。
行き成り放たれた蹴りは甘寧の手によってあっさりと掴まる。
その足首の細さにポツリと漏れた。
「女、か・・・期待外れっちゃ期待外れだよな〜」
その一言が彼女を怒らせたのか今度は殴りにかかって来た。
思い切り振られた腕が伸び切ったところで、手首を掴み上げる。
「度胸は良いけどな、まだまだ甘いぜ」
「・・・っ!」
「その手を離せ甘寧!!」
やっと二人の追いついた凌統は目にした光景に怒りを覚える。
「またお前かよ凌統。あ、もしかしてお前の女だったり?」
「無礼だぞてめぇ、いいから離せ!」
「嫌だ、って言ったら?」
「本気で殺すしかねぇよ」
殺気立つ二人に、甘寧に手を掴まれたままの人は盛大に溜め息をついた。
「公績、落ち着きなさい」
「ですが!」
「公績ぃ?やっぱ凌統の女か?」
「貴様!!」
「あーもう、少し黙ってなさい」
呆れた様な声を出して、頭から被っていた布を取る。
「初めまして甘興覇、私の名前は孫尚香・・・よく覚えておいてね」
白滋の肌に翡翠の両眼、可憐な花の如き容姿。
しかしその瞳の強さは鬼気の如し。
「まま、まさか、孫家の姫君!?」
「そういう事。あぁ、そろそろ手を離してもらっても構わないかしら?」
にっこりと微笑むものの、その眼差しが怒っているのがわかるから余計に恐ろしい。
「・・・・・・」
「あら?さっきまでの威勢はどうしたの?」
「いや、・・・ふぅん、あんたが姫さんねぇ」
大分大人しくなったものの、口調の一つも変えない甘寧に、尚香の眉尻が動く。
「・・・っは、あはは、あなた気に入ったわ」
「は?」
怒られるか?と思った甘寧の予想を裏切って彼女は笑った。
「うん、やっぱり兄様良い目してるわね」
「何がどうなってんだ?」
ころころと秋の空の様に変わる表情と思考に追いつけない。
「あぁ、ここで立ち話もなんだし・・・とりあえず帰りましょう」
甘寧の腕を引っ張って歩き出す。
ほら公績も、と呼ばれて話題に入れなかった凌統も尚香の隣を歩く。
「それにしても、顔もわからない様にしてたのに公績にはバレてたみたいね?」
「当たり前でしょう?誰があなたに体術を教えたと思ってるんですか?」
「えー、でも結構自分流にもしてあるのよ」
「基本は同じなんですから、わかる人にはわかります」
そっかぁと考え込む尚香を余所に甘寧の方へ視線を向けると、案の定彼女を熱心に見つめている。
惚れやがったと感じ取り、尚香にわからないように後ろから蹴りを入れた。
「いて!」
「どうしたの?」
「てっめ、蹴りやがったな」
「は〜?知らねぇよ」
尚香を挟んで火花を散らす二人。
喧嘩が起こりそうな気配だったので、とりあえず二人の耳を引っ張って歩く。
「いてててて」
「ちょっ、姫!痛い」
「引っ張られるのが嫌ならちゃんと歩きなさい」
「わかった!わかったから!!」
やっと離された耳をさすって思い出した。
「あ、呂蒙殿忘れた」
「子明?子明も来てたの!?」
「えぇ、一緒に居たんですけど・・・置いてきちゃいました」
はは、と力なく笑う凌統に、尚香も乾いた笑いしか返せなく。
後で怒られるんだろうな〜と遠い目をした。